◆ 愚か者め

『人間は愚かだ。同じ人間同士で命を奪い合う』


 眠りから覚めたある日、森で無垢な魂を持つ人間の幼子に出会った。


「どうしたの? お兄さん迷子なの?」

『お前が迷子なのではないか? ここは森の中だぞ』

「うん、私も迷子なの。ふふふ」


 小さな幼子が、皆から魔王と恐れられる私に怖がることもなくニコニコと笑いかける。


『バカ者! 私は迷子ではないぞ。お前が迷子なのだ』

「そっか~。ねえ、お兄さん、どっちに街があるか知っている?」

『東だ』


 街のある方角を指差してやった。


「あっちか~。お兄さん、教えてくれてありがとう。ふふ、またね」


 無垢な魂は笑顔で手を振って歩き出したが、お前の足では日が暮れるぞ。そもそも、どうやってここまで来たのだ。魔物が住む森に……「またね」はないぞ。


 幼子の様子を見ていると――夜になり、歩くのに疲れたのか近くにある木に寄り掛かって寝ようとしている。


『お前、そんな所で寝たら魔物に食われるぞ』

「あっ! さっきのお兄さん。そうね~、魔物がお腹を空かせていたら食べられちゃうわね。私は『イケニエ』だから、食べられてもしかたないの。街まで行けたら良いんだけどね~」

『そうか、お前は生贄いけにえとしてこの森に投げ込まれたのだな』


 魔物が村を襲わないように、口減らしも兼ねて生贄を森に捧げる村があるのだ。この幼子は、村人から生きたければ森の中を抜けて街へ行くように言われたそうだ。


『フム、森を出るまでついて行ってやろう。寝るが良い』

「えっ、良いの? ふふふ。お兄さん、優しいね。おやすみなさい」

『……』


 魔王と言われる私が優しい……? 可笑しなことを言う幼子だ。



 翌朝、幼子はニコニコしながら私と手を繋ぐ……プクプクした小さな手だな。少し力を入れるだけで壊れてしまいそうだ。


 森を抜け、街道をしばらく行くと大きな街の門が見えた。


「お兄さん、送ってくれてありがとう。一人で森に行けるようになったら会いに行くね。またね~!」

『……会いに来なくて良いぞ』


 幼子は嬉しそうに私に手を振った。フム、人間に2度も『ありがとう』と言われるとは……変な感じだ。


 ◆◆◆

 ある日、ふわふわと何かが近付いて来た……無垢な幼子の魂だった。折角、無事に森を抜けたのに死んでしまったのか。人間は弱い生き物だからな。手を伸ばすと無垢な魂がてのひらに乗った。


『お兄さん、会いに来たよ。あの時、街まで送ってくれてありがとう~』


 無垢な魂はそう伝えて来た。幼子の身に起きたのか、残像を読み取ると……あの後、街の門番に身元を聞かれ、生贄の子供だと分かると森から逃げたのかと牢にいれられたのか。冷たい牢で、ろくな食事も与えられず……。


 無垢な魂は淡く光って消えた。


 あぁ、別れた時の言葉が心残りで私に会いに来たのか。私が気まぐれで手助けしたのに……愚かな人間どもめ。


 不愉快だったので、子どもを送った街の門まで行き、ありったけの魔法を撃ちこんでやった。フン! 焼け野原になった跡を見ていたらモヤモヤする。寝ようか。


 ◆◆

 次に目覚めた時、偶然にも、あの無垢な魂を持つ『聖剣』に出会ったのだ。私のことなど覚えていなかった。当たり前なのだが……私だけ覚えているのが面白くない。


『お前は……ほお、綺麗な太刀筋だな。お前は聖剣だな? 気に入った。お前に、面白い「呪い」を掛けてやろう。呪いを解いて欲しければ私を探せ。フフッ、私に会いに来い。聖剣の娘よ』


 私を探せ……無垢な魂よ。



 ◆◆◆

 ファ~、良く寝た。ん? 無垢な魂……聖剣が起こしに来なかったぞ。起こしに来いと言ったのだが……どこにいる?


 自分が掛けた魔法の痕跡を探すと……ほお、今の聖剣は王女か。過去の人生はと……ふむ、成人する前に終わっているのだな。聖剣よ、運が良ければ今回は長く生きられそうだな。しかし、何故探しに来ないのだ……私の言葉を忘れたのか?


 つまらん。


 王都に、魔族の血が少し流れている騎士を見つけた。あの人間が強くなれば、聖剣の近くまで登り詰めるだろう。あの者の目を借りて、たまに様子を見ようか。目を借りる代わりに、少し力を与えれば文句はないだろう。


 聖剣が乗馬で出掛けると聞こえた……暇つぶしに様子を見に行ってみようか。私の姿は普通の人間と変わらぬから、魔王だとは思わないだろう。どこかの貴族に成り済ますのも良いが……いや、このまま見に行こう。無垢な魂が、私を覚えているかも知れないからな。フフ。


 先回りして、フローレス王国の王都が見える川のそばで待つと、聖剣と3人の騎士が馬に乗って現れた。幼いな……初めて森で見た幼子よりは育っているようだが、姿かたちは別人だ。


『お前は……魔王だな!?』


 聖剣よ、私を覚えていたか……フフ、私を知る者がいるのは嬉しいな。この場に水を差す愚かな人間どもは片付けて、聖剣との会話を楽しんだ。


『魔王、お前は恐れられる強大な力を持っているが、理不尽にその力を使ったりしなかっただろう? 今のは……少し理不尽にも思えるが、魔王が手を出さなくても、私が手を出したからな』


『今も、顔を見せに来ただけで、私を殺しに来たのではないのだろう?』


 聖剣の言葉を聞くと、何だかムズムズする。戦いの中で互いを挑発する言葉を交わすことはあるが、こういうのはなかった……。


 聖剣に楽しそうなことがあれば呼べと言ったら、私が面白いと思うことが分からないと困っているようだ。別に何もなくても呼び出してくれて良いのだが……仕方がないので、聖剣の所へ行き紅茶が飲みたいと言ってやった。


 聖剣の動きが止まった。私が現れて驚いたのか? フフ、お前の驚いた顔を見るのは面白い。最初に会ったお前は、ニコニコした顔しか見せなかったからな。


『ああ、色んな意味で……私にとって貴方が1番だ』


 なっ、お前は私のことを女王より大事で1番だと言うのか……ぬけぬけと恥ずかしいではないか! 聖剣よ……それは、人間で言う愛を告白しているのと同じなのだぞ。分かっているのか?


 分かっていないのだろうな……愚か者め。


 仕方ない、もう少し側にいてやろう。時間はいくらでもあるからな。





——————————————————

※あとがき※

読んで頂いてありがとうございます。


短編の続きがこんな展開になりました。「思っていたのと違う」「相変わらずぬるい」等々、聞こえてきそうですが……のんびりな話を書きたい(読みたい)と思っていますのでご了承ください。


この魔王視線のエピソードで、「拝啓、魔王様」編を完結とさせて頂きます。次話から「帝国へ留学」編(タイトル仮)を投稿します。


コメント・ハートを贈って頂いてありがとうございます。


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