第8話 魔王

「娘は、傷を付けるな――! 他は殺しても構わん!」

「「「おお――!」」」


 こんな時に……魔王との話が終わってからにして欲しい。明らかに、私を狙っている。


『聖剣との再会を邪魔するとは、不躾ぶしつけな奴らだ』


 魔王はそう言って、指をパチンと鳴らすと同時に炎の渦が空高く巻き上がった。なっ!


 ボオワァァ――!! ゴゴゴォォ――!!


「「「「ぐあぁ――!!」」」」「「「ヒヒーン!!」」」


 騎士と盗賊の一団が、激しい炎の渦に包まれる。これが……あの時の魔法か?


「ぐっ、魔王よ、凄まじい魔法だな……」

「何だ、これは!!」

「「うわっ!!」」


 一瞬の、圧倒的な力を見て釘付けになる。この魔王に、勝てる者がいるのだろうか……。


 目の前で、盗賊の一団があっという間に消し炭になった。これだけ大きな魔法を放ったのに魔王は余裕の表情だ。昔、行動を共にした魔法使いは、大きな魔法を撃つと息切れしていた。


『これで愚か者達はいなくなった。フフ、私の魔法を受けて生きているのは聖剣だけだな』


 ん? 魔王よ、私はあの時に死んだぞ。記憶があるだけで……ふむ、魔王にとっては些細なことかも知れないな。あぁっ、盗賊は捕まえて誰の差し金か聞きたかったのだが……。


『聖剣よ、楽しそうなことがある時は呼べ。フフ、遊びに来てやるぞ? そこの、黒髪の目を見て話せば私に声が届くからな』


「何と魔王に!? こちらから話しかけることが出来るのか……凄いな」

「何と「レオスの……」」

「私の目……!?」


『聖剣は、可笑しなヤツだ。普通の人間は、私を見ると恐れるか敵意を剝き出しにするのだがな。フフ』


 魔王は私を見て嬉しそうに言う。


 私が魔王に対して思うのは、恐れでも敵意でもないな……魔王に挑んでも1%も勝てる見込みがない。足掻あがいても無駄だと分かっているからな。


 1番の理由はあれだ――魔王のお陰で、再び『聖剣』のギフトを授かったのが嬉しいのだ。魔王、対等に戦えるまで待っていて欲しい。フフ。


 それに……あの時、魔王が復活したと噂が流れたが、魔王がどこかで惨殺したと言う話は聞かなかった。だから、魔王を探すのに何年も掛かったのだ。


 帝国が、魔王討伐に向けて勇者一行を向かわせたが、魔王は剣を向けて来た勇者……私達を一掃しただけで、所謂いわゆる、正当防衛なのだ。


「魔王……あなたは、皆から恐れられる強大な力を持っているが、理不尽にその力を使ったりしなかっただろう? 今のは……少し理不尽にも思えるが、魔王が手を出さなくても、私が手を出したからな」


 私の勝手な思い込みかも知れないが、そんなに悪い者ではないように思うのだ。今のは、私を助けたようにも見える。


「今も、顔を見せに来ただけで、私を殺しに来たのではないのだろう? 魔王、何に興味があるのか教えてもらえれば招待するぞ?」


『フンッ、何とでも言え……又な、聖剣よ』


 魔王はそう言って、顔をプイッと背けたと同時に黒い霧に包まれて消えた。まさか、照れたのか?


 魔王が消えると、後ろの3人から質問攻めだ。


「さっきの火柱は……何ですか!? ソフィア様は、魔王と呼んでいましたな……まさか、あれが魔法!? どういうことでしょうか?」

「ソフィア様! どこで知り合ったんですか! 私を連れずにコッソリ出掛けられたんですか?」

「何故、私の目が……魔王と……」


「お前達、騒ぐな。今から話すから落ち着け……」


 他言無用だと断りを入れてから、私の『呪い』について話をした。前世とギフトについても簡単に説明したが、みんな理解できないと言う顔をしている。


「ふむ。前世で魔王から『呪い』を受けたと……ソフィア様には、前世の記憶があるのですか……信じられない話ですな」

「ヘンドリック様、私も人から聞かされたら信じられないと思う。ですが、レオスに勝てない理由には納得しました!」

「「ソフィア様……」」


 魔王が力を与えたのなら、『聖剣Ⅱ』の私でもそう簡単に勝てるはずはない。フッ、悔しがる必要などなかったのだ。


「ソフィア様には、3つもギフトがあるんですか? 他のギフトは……秘密ですか?」

「マーク、たぶん……良いギフトなのだが、使いこなせていないから言うのが恥ずかしいのだ」


 マーク、目を輝かせて……「教えてください」と、目で物を言うんじゃない。


「ソフィア様、私はどうすればよろしいのでしょうか?」


 レオスの、褐色の瞳が揺らいでいる。魔王が言ったことが気になっているのか。


「ん? レオス、どうもしなくて良いぞ。ただ、魔王が見ていると分かっていれば良いのではないか? もらった力は気にせず使えば良い。目を貸す対価としてもらい受けたのだからな。そして、私が強くなる為に力をかせ。フフ」


「ソフィア様……」


「レオス、例えば……魔王がこの国を滅ぼそうと思ったら一瞬で消し飛ばすだろう。それだけの力がある相手だ。私達にどうこう出来る相手ではないから受け入れろ。考えるだけ無駄だと思うぞ」


 世の中には、どうしようもないことなどいくらでもある。自分の生まれた環境とかな……もがくのも良いが、受け入れることが出来れば前に進みやすいのだ。


「ソフィア様、魔王はそんなに強いんですか!?」

「ああ、さっきの魔法を見ただろう……」


 マークが目をいて聞くが、『聖剣』や『勇者』が何人いようが倒すことなど出来ないだろう。あの時、誰も……傷一つ付けることが出来なかったのだ。


「ソフィア様、話して頂いてありがとうございます。誰にも話さないことを誓います。マークとレオスも今の話は……ソフィア様の許可が出るまで、魔王のことも誰にも話すな。レオスは、今まで通りにソフィア様を守れば良い」


「「ハッ! 了解しました」」


 呪いやギフトのことは、別に知られても良いのだが信じてもらえないだろう。魔王は……剣を向けなければ何もしないと思うのだ。最強の存在として人間から怖がられ、うとまれただけだ。ただ、魔王と言うだけで……寂しいな。


 目の前の……辺り一面の焼け跡には、黒い灰の塊があちこちにある。ここに盗賊がいたとは思えないな……報告しても、確認出来ないだろうから放っておこう。何か聞かれたら……火柱が見えたとだけ答えよう。


「ソフィア様、戻りましょうか……」

「はい、ヘンドリック様。しかし、盗賊を捕まえられなかったのが残念だ」

「ソフィア様、あれは……捕まえるのは無理でしょう。なあ、レオス」

「ええ、マークの言う通りです。一瞬のことで、一歩も動けませんでした……」


 あれは誰も動けないだろう……ん? 私が勇者一行と魔王に挑んだ時、一瞬で終わらせることが出来るのに相手をしてくれた……魔王の気分次第なのか?


「ところで、私には男性が楽しいと喜ぶことなど分からない。みんな、魔王が……喜びそうなことを教えてくれ」


 私がそう言うと、3人がビクッとした。


「ソフィア様、私には……年寄りには思い浮かびませんな。若いマークとレオスに聞いて下さい」

「「ヘンドリック様……」ズルい」


 ん? 魔王は長く生きているから、どちらかと言えばヘンドリック様の方が分かるのではないか?


 まあ、良いが……通りすがりの騎士や貴族を捕まえて、何が楽しいと思うのか聞いてみようか。侍女のローザやジーナにも手伝ってもらおう。


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