第7話 王都の外へ

 数日後、ヘンドリック様から報告を受けた。


 彼らは、武装国家アルマの間諜かんちょうだったと分かったが、協力した貴族は分からなかったそうだ。良く喋ったなと感心していたら、なんと自白させる薬があるらしい。


「ほお~、そんな薬があるのですか。犯罪者に、簡単に口を割らせることが出来るとは良い時代になった」


「ハハ、面白いことを言いますな。ソフィア様、良い時代とは……昔を知っているかのようにおっしゃいますな」


「うん? あぁ……」


 前世の記憶があると言っても、信じてもらえないだろうな。必要になったら話そうか。


「ヘンドリック様、自白させる薬を飲ませたのに、手引きした貴族が分からなかった……ということは、他にも不穏な輩がいるのでしょうか?」


「どうでしょうな。宰相の思い過ごしかもしれませんし、もう数回、出かけたら分かると思いますぞ。次は、乗馬の練習を兼ねて、馬で遠出などしてみたらいかがでしょうか?」


 それは良い提案だ。誘拐犯や間諜はどうでも良い。ただ、ブランに乗って遠出をしたい。フフ。


「それは楽しそうですね。ヘンドリック様、近いうちにブランで遠出をしようと思います」

「ソフィア様、勿論、私も遠出にお供しますぞ。フフ」


 又、ローザとジーナに私が出かけると情報を流してもらおうか。しかし、武装国家アルマは留学先の候補の1つにしていたのだが……今回の件で消えたな。残るは北の国か……まだ女王には言わないが、ほぼ決まりだな。



 数日後、ブランに乗って街の北にある湖に出かけた。

王都の辺りは草原が続き遠くに森や高い山々が見えた。気持ち良いな……街の外に出るのは何時以来だろう……などと思いながら馬を歩かせた。魔物は数体出たが、それ以外は何事もなかった。


 ◇◇◇

 久しぶりに、アリシアお姉様からお茶会のお誘いがあり中庭へ向かう。ドレスを着て、髪も結い上げてもらった。ドレスだと歩くのも大変で、スカートの裾を中から蹴りながら歩くのだ。


 中庭に行くと、綺麗なアリシアお姉様が出迎えてくれた。


「婚約が決まってから、国政の勉強が忙しくてね。ソフィア、中々お茶に誘えなくてごめんなさいね」


「いえ、アリシアお姉様、お気遣い頂いてありがとうございます。婚約者だけではなく、アリシアお姉様も国政の勉強をするのですか?」


 まだ、アリシアお姉様とミランダお姉様のどちらが女王になるか決まっていない。だから、選ばれる為に勉強するのだと言うが、私はアリシアお姉様だと思うがな。


「そうそう、ウイリアム様は、お父様と同じ金髪碧眼なのよ……ソフィアは、お父様を覚えていないかしら?」


「はい、アリシアお姉様、私にはお父様の記憶はありません」


「そうなのね……お父様はとても能力のある方だったのよ。いつも宰相のラヴァール侯爵と議論していたそうよ。私達には、とても優しいお父様だったわ。フフ」


 そうか、どのような方だったのか会ってみたかったな。

アリシアお姉様は、婚約者の北の国のウイリアム王子にもお父様のようにこの国を支えて欲しいと言う。婚約成立後、ウイリアム王子がフローレス王国に来られて、今は宰相の補佐をしているそうだ。


「婚約期間の間は、波風を立てずに宰相と上手くやって欲しいと思っているのよ」


 結婚したら? と聞くと、笑いながら「存分に、宰相や他の貴族とも議論すれば良いと思うわ。ウイリアム様にも言ってあるのよ。ふふふ」


 ああ、アリシアお姉様に任せたらこの国は安泰だな。


 ◇ ◇ ◇

 北の湖に出かけた後、定期的に乗馬の練習をするようになった。今日も、ブランに乗って街の外に行く。


「ソフィア様、乗馬はもう完璧ですな」

「ヘンドリック様、人前でブランに乗るのには、まだ踏み台がいるのです。完全に一人で乗る為には……もう少し身長が欲しい」

「ハハハ。ソフィア様、貴族の令嬢や婦人が馬に乗る時は、踏み台を使うのが普通ですぞ」


 普通はそうだが、女性騎士は使わない。ブランの背中に1度、腹を乗せれば乗れるのだが、王女が人前で見せるには品位が損なわれるらしい……だから、踏み台を使っているのだ。


 ブランに乗り、ヘンドリック様についてゆっくりと城から出る。マークとレオスも一緒に、街中を南門に向かって進んだ。


「ソフィア様、今日は王都の南にある川に向かいます。川沿いを東に進むと森がありますが、森には入らず、その手前で王都に戻りましょう」

「ヘンドリック様、了解した」


 草原にいる魔物は弱いが、森には少し強い魔物がいるそうだ。その魔物に出くわすと、ブランが慣れていないので怯えるかもしれないと言われた。ブランは賢そうなので大丈夫だと思うが、初めて向かう場所なのでヘンドリック様の指示に従う。


 門を出ると、王都に入ろうとする馬車が何台か並んでいた。辺りは草原が続き遠くまで見渡せる。やはり、外は気持ち良いな……早く独りで出掛けられるようになれば良いのに……などと思いながら南へ向かって馬を歩かせた。


「ソフィア様、少し走りましょうか」

「ヘンドリック様、了解した」


 しばらく、馬を走らせると川が見えて来た。

川の近くまで来ると、川の向こう側に一人の男が静かに立っていた。その存在感に圧倒される……オーラと言うか、あれは魔力だな……駄々洩れだ。


「誰かいますな……」

「ああ……」


 20代後半くらいか? 背が高く、漆黒の髪に褐色の肌……赤い瞳……整った顔で私を見て微笑んでいる。見覚えがある……まさか! 自分ののどがゴクリと鳴った。


「ブルルル! ヒヒ――ン!!」

「ブラン、大丈夫だ……」


 怯えるブランをなだめて、たてがみをゆっくり撫でてやると大人しくなった。ブランはやはり賢いな……私も落ち着こう。


『フフ、聖剣よ、呪いを解いて欲しければ私を探せと言ったのに。私が先に目が覚めてしまったではないか』


「お前は……魔王……」


『忘れたのかと思ったぞ。私を知る者がいるのは嬉しいな……フフ』


 魔王が微笑んでいる……。


「マオウ? ソフィア様……お知り合いですか?」


 隣にいるヘンドリック様が、声を落として聞いて来た。後ろにいるマークとレオスも緊張しているのが分かる。あの姿を見て……溢れ出る魔力を感じて畏怖いふしない者はいないだろう。


「ああ、知り合いだ。手を出すな……お前達が束になっても敵う相手ではない。遥か昔……『魔王』と呼ばれた者だ」

「なっ! なんと……」

「「魔王!?」」


 覚悟を決めてブランから降り、ブランをレオスに預けた。軽く息を吸って、振り向いて川にゆっくり近付く。ヘンドリック様も私の後ろに続いた。


 近寄る私に、魔王は笑みを浮かべながら話し掛けて来る。


『フフ、いつでもお前を見ることは出来るのだが、いつまで経っても私を探そうとしないから、忘れたのかと思って会いに来てやったぞ』


 いつでも私を見られる……呪いが掛かっているからか?


『聖剣、私を探しに来ないとはどういうことだ?』


「あぁ、それは……」


 前世の2回は生きるのに必死で直ぐに死んだことと、今はまだ子供なので自由に動けないのだと説明した。そして今回、ギフトを調べたら再び『聖剣』のギフトと他のギフトもあり、魔王の「呪い」のお陰で貴重な体験が出来て感謝していると伝えた。


『フハハッ! 感謝とは、面白い奴だな。ギフトが増えたのか……お前は、私と戦えるほどに強くなれるのか?』


「魔王よ、それは分からないが……ギフトがこのまま増え続ければ可能ではないか?」


『ほお~、それは楽しみだな。では、私と戦えるようになるまで、呪いはそのままにしておこうか』


 ん……私を倒しに来たのではないのか? 確かに、自分より格下の相手をするのは楽しくない。挑むなら、格上が心躍こころおどるな。魔王は、対等に戦える相手が欲しいのか?


「魔王よ、いつになるか分からないぞ。今の私では、後ろにいる護衛にも負けるのだ……」


 レオスを軽く見て言うと、


『ああ、そいつには魔族の血が少し入っている。そいつの目を借りる代わりに、力を少し与えたのだ』


「なっ! レオスに力を与えた……」

「「……!」」

「えっ、私の目……力を?」


 なんと! 魔王は、レオスの目から私の様子を見ることが出来るそうだ。レオスはかなりショックを受けているが、力を与えられて良かったではないか。羨ましいぞ! だから、なかなかレオスに勝てないのか……納得した。


 ブルルル! ヒヒ――ン!!


 遠くから、馬のいななきと共に複数の馬の蹄の音が聞こえた。川の上流から、剣を掲げた盗賊みたいな団体が走って来た。明らかに騎士っぽいヤツも数人いる……20人ほどいるかな?


「うん? 又、釣れたのか……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る