第6話 お忍び
女王に出かける許可をもらって数日後、午前の王女教育が終わってから街に出かけることにした。マークとレオスを連れて、何故かジーナもついて来る。
「ジーナ、来ない方が良いのだが……」
「ソフィア様をお一人で街になど行かせられません! 何かあったらどうするんですか」
いや、護衛騎士が2人もいるから心配ないのだが……まぁ、良いか。ローザに用意してもらった、庶民の子どもが着るようなシンプルなワンピースを着て、肩から下げたポーチに果物ナイフを忍ばせる。果物ナイフでは心もとないが、ワンピースに片手剣をぶら下げるのはいただけないからな。今日、目的の店でダガーを買おうか。
「では、ジーナ。街で1番人気のお菓子の店を教えてもらおうか、店内で飲食できる店が良いな。それと買い物の支払いを頼んだぞ」
街の様子を見たいので、先ずは昼食を兼ねて人気の店へ行こうか。
「ソフィア様、お任せください! フルーツタルトで人気のカフェがあるんですよ。ふふふ」
ジーナおすすめのカフェに向かうと、人気店だけあって、店の前に女の子達が並んでいる。私もその後ろに並ぶと、マークがお店に直ぐに入れないか問い合わせて来ると言う。
「マーク、私はお忍びで来ているのだ。このまま並ぶぞ」
「ソフィア様……了解しました」
小さい頃から傍にいるマークは、何かと気を使ってくれるが……ん? 微かに視線を感じる。殺気ではないから分かりにくいが、見られているな。
人気のカフェに入り、嫌がるマークとレオスも一緒に座らせ食事を取るように命令した。今食べないと昼食抜きになってしまうからな。この後、美味しそうな屋台があれば買い食いしても良いな。フフ。
「お前達、昼抜きだと何かあった時、反応が悪くなるぞ。もしかして、私が勉強している間に食事は済ませたのか? まあ、命令だから気にせず食べると良い。デザートくらい食べられるだろう?」
それに、護衛として後ろに控えられたら、どこかの高貴な令嬢のお忍びだとばれてしまうではないか。
「「ソフィア様……」
ジーナは遠慮なく隣に座り、ニコニコとご機嫌でメニューを見ながら人気のタルトを教えてくれる。
「ソフィア様~、これと……これ、あっ、こっちのタルトも美味しいと聞きましたよ。ふふふ」
ジーナ、そんなに食べられないぞ。おすすめの中から季節のタルトを頼んだ。
持って来られたタルトの上には、赤や黄色の果物が飾られている。口に入れると甘い果物と酸味のある果物が交互に主張して来るではないか……う~む、その下にあるカスタードの甘さ加減が絶妙で……やるな! 美味しいではないか。ローザにお土産を買って帰ろう。
◇
カフェを出た後、ヘンドリック様に教えてもらった武器屋へと向かった。大通りから奥に入った裏通りをしばらく歩いて行くと、剣のマークが掛かった看板が見えて来た。古ぼけた店の扉を開けると……片手剣や両手剣など、色々な武器が並べられている。
「いらっしゃい」
体格の良い厳ついオヤジが、カウンター奥に座って何か作業をしていた。こちらをチラッと見て作業を続ける。子どもが来るような場所ではないからな、客だと思われなかったようだ……それとも、護衛を見て、相手をするのが面倒だと思ったか……。
「ダガーを見せて欲しい」
「右の棚にあるぞ……」
オヤジから声が飛んで来た。フフ、下手に
右の棚に向かう前に、つい片手剣を見てしまう……もう少し身体を鍛えたら大人用の片手剣を買おうか。今日は、果物ナイフではなく戦闘で使えるダガーが欲しいのだ。
右棚の短剣が並べてある所で、ダガーを眺めてギフトの『鑑定』が働いてくれるか試す。特に文字が出て来るとかは無いのだが、どれが1番良いダガーかと考えながら眺めると、1本のダガーに目が留まった。
「……これか」
他のダガーと見た目は変わらないのだが、柄の部分に模様が彫ってある。よし、これにしよう。
「ほお~。お前さん、なかなか良い目をしているな」
厳ついオヤジが声を掛けて来た。良かった、私の『鑑定』はちゃんと働いたのだな。
「店主、これをもらおう」
「お嬢ちゃん、誰かへのプレゼントか?」
「いや、私が使うのだ」
「何! お嬢ちゃんがダガーを使うのか……」
オヤジが驚くのも無理はない。普通の女の子はダガーなど欲しがらないからな。
「ああ、自分の身を守る為には必要だろう?」
「ハハ、違いねえ! お嬢ちゃんが、大きくなったら手放せねぇかもな」
今も必要な状況だぞ。それに、ギフトに『聖剣』を賜ったのだから、いつでも剣を身に付けておきたいのだ。
フフ、良い買い物が出来た。店を出て大通りへと歩いて行くと、複数の強い視線が近付いて来る……おっ、掛かったか? 前と後ろに男達が現れた……7人、囲まれたか。
「何者だ!」
マークが、私を
「お前達はどこの者だ? 私を攫う気か?」
「「「「……」」」」
これは……裏にいる貴族をあぶり出すには攫われた方が良いのか? それとも、こいつらを取り押さえようか悩むな。ん? ヘンドリック様の気配が、勢い良く近付いて来る……ということは、捕まえるのだな。了解した。
人数的には負けているが問題ないだろう。さっき買ったダガーを取り出して、戦闘態勢を取る。
「マーク、レオス、ノルマは2人ずつだ。捕まえるぞ。ジーナ、危ないから離れておけ」
「「ハッ!」」
「ソフィア様は私が守ります!」
ジーナ、その気持ちは嬉しいが怪我をさせる訳にはいかない。
「ジーナ、私は『聖剣』だ。私の前には出るな。邪魔をするなら二度と連れて来ないぞ。ジーナはローザのケーキを守ってくれ、頼んだぞ」
「えっ! ソフィア様……」
私に向かって来たヤツを相手にしたら、かなり訓練されているようで動きに無駄がない。フフ、楽しめそうだ。直ぐにヘンドリック様も駆けつけ、派手な乱闘騒ぎになった。
「ソフィア様は見ているだけで構いませんぞ! マーク、レオス、一人も逃がすな!」
「えっ……」
「「ハッ!」」
ヘンドリック様が楽しそうにはしゃいでいる……。まあ、ヘンドリック様をはじめマークとレオスに敵う者などそうはいないだろう。こちらは誰も怪我をすることもなく、一人残らず取り押さえることが出来た。
街に出た初日に釣れるとは思わなかったが、後は手引きした貴族の名前を教えてもらうだけだ。これもローザとジーナに情報を流してもらったお陰だな。フフ。
乱闘騒ぎで駆けつけて来た警備兵に、誘拐犯達の身柄を宮殿まで連れて行くのを手伝ってもらい、後はヘンドリック様とマークに任せて部屋に戻った。
ローザに、お土産の季節のタルトケーキを渡すとニコニコと嬉しそうだ。
「まあ、私に? ソフィア様、ありがとうございます。ふふ」
「タルトが美味しかったから、ローザにも食べさせたかったのだ。それに、ローザとジーナが噂を流してくれたお陰で、早速、怪しい奴らを捕らえることが出来たからな。ジーナが、そのタルトを守ってくれたのだ」
「ローザ様、ソフィア様が凄かったんですよ~! 騎士顔負けの動きで、悪党どもを軽く縛り上げたんです!」
ジーナ、それは違うだろう。私が相手をしたのは1人だけで、縛り上げたのはマークだ。
「えっ……ソフィア様、詳しく話を聞かせてもらえますか?」
ローザの顔が引きつっているように見えるのだが……私は何か不味いことをしたのか? 今日の出来事を話すと、何故がローザの説教が始まった。おかしい……。
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