第5話 街に出かけたい

 ある日、女王に呼ばれた。謁見の場に行くと、宰相のカーティス・ラヴァール侯爵が、女王のそばで控えていた。切れ長の目でこちらの様子を伺っている。


「ソフィア、貴族たちが『聖剣』の王女に会いたいと言うの。あなたに夜会なんて、まだ早いと思うのだけど……宰相まで勧めるのよ」


 昼のお茶会ではなく夜会……? 私はまだ10歳だぞ。それに、夜は筋トレと剣の訓練で忙しいのだ。


「はい。『聖剣』であるソフィア殿下に、是非、ご挨拶をしたいと言う貴族が多いのですよ。フフ」


 微笑みながら言う宰相の言葉は本当のようだが、私は見世物ではないのだがな。幼い私が人前に出ると良からぬ輩が動く……この私でもわかるぞ。宰相は、それが狙いか? もしかして……、


「うん? 宰相は、この王国を裏切って他国と手を結んでいる貴族がいるかも知れないとお思いですか? その貴族をあぶり出したいのでしたら、喜んで歳の私が餌になりましょう」


 私の後ろにいるマークとレオスが緊張するのが分かった。私の言葉使いは大丈夫だろう? ローザにお小言を言われないと思うが……。女王は嬉しそうに眼を見開き、宰相の顔から笑みが消えた。


「ソフィア様、何を仰います。そのようなことは思っておりません」


 あっ、その言葉は嘘だな。頭の中で、ブーッと音が鳴った気がするぞ。宰相は平然と嘘をつくのだな。


「思っていないのでしたらお断りします。女王、デビュタントは15歳ですから、お断りしてもよろしいですよね?」


 まあ、13歳になったら他国に留学するが。


「ええ、ソフィアの言う通りね。宰相、あきらめなさい。ふふふ」


「女王……」


 宰相、まつりごとの世界では駆け引きは必要なのだろうが、私は「嘘」は好きではないのだ。


 謁見の場から退出すると、マークとレオスが近寄って来た。


「宰相は何を考えておられるのか……ソフィア様を餌にするとは」

「ソフィア様、餌とはどういうことでしょうか?」


 レオスに簡単に説明する。今、この国には、『聖剣』の私を攫おうと不穏分子が入り込んでいる。きっと、その計画に関与している貴族がいると情報が入ったのだろうと。


「正直に、餌になって欲しいと言われたら協力したのだが……」


 マークもレオスも協力するなと言うが、3人いれば誘拐は防げると思うぞ。それに、私に会いたいと申し出た貴族と話せば、嘘をつく怪しい貴族を選別できると思うのだ。何かのギフト持ちだったら見分けられないかも知れないが……。


 ◇

 午後からの剣の稽古けいこで、ヘンドリック様に午前中の会見の話をした。


「ソフィア様、面白そうではないですか。お受けになれば良ろしかったのに……私が警備に参加しましたぞ。フフ」


「ヘンドリック様、私は嘘をつく者に協力したくないのです。それに、わざわざ夜会に参加しなくても、街を出歩けば問題は解決するのではないですか?」


 そう言うと、ヘンドリック様は目を輝かせて「ワハハ、宰相は嘘つきですか。ソフィア様、その作戦……街に行かれる時は、是非、声を掛けて下さい」と言われた。


 記憶が戻ってからずっと王宮にいるので、そろそろ街中に出たくなった。フローレス王国の街がどんな様子なのか知りたいし、街の武器屋を見て回りたい。馬にも乗りたいのだが……そうだ、女王におねだりしてみようか。


 王女教育の教師に手紙の書き方を教えてもらって、女王に乗馬をする許可が欲しいとお願いしてみた。直ぐに女王から『ソフィア、あなたの王族費が余っているそうですが、私から馬をプレゼントします。楽しみに待っていなさい。』と返事が来た。


 なんでも、私に充てられている王族費が、毎年増えるばかりで余り減っていないそうだ。王族の品位保持の予算で、私が自由に使えるそうなのだが、ドレスや宝石は欲しくないからな。


◇◇

 間もなく、私に馬が用意された。


「ソフィア様、女王からのプレゼントが届きました。雄の駿馬だそうですよ」


 マークが厩舎から連れて来てくれた馬は、艶やかな栗毛で、大きな黒い目で優しげに私を見る。賢そうだな。


「マーク、素晴らしい馬だな! 駿馬を贈って下さるとは、女王にお礼を言わなければ」

「ソフィア様、馬の名前を付けてあげて下さい」


 レオスが名前を付けろと言う。名前か……綺麗な栗毛だな。馬の首を撫でながら考える……。


「よし、決めた。お前はブランと名付ける。ブラン、これからよろしく頼む。フフ」


「ブルルルッ!」


 マークに手を添えてもらいブランに乗ると……視界が高くなり広がる。ああ、何て気持ちが高揚するのだろう。マークにブランを引いてもらいながら王宮の庭を回った。一人でブランに乗るにはもう少し身長がいるな。


 その後、女王に馬のお礼で謁見した時に、街にお忍びで出かけたいとお願いした。


「あら、ソフィアは許可を取るのね。真面目なソフィアらしいけど……ふふ、私の時は、勝手に出かけたわよ。でも、ソフィアがウロウロしたら、ローザだけでは手が足りないわね」


 勝手に出かけても良いのか……次回からはそうしよう。わざわざ、女王に時間を空けてもらうのも申し訳ないからな。


 街に出る許可は下りたのだが、専属の侍女を追加されることになった。王宮の侍女が交代で世話をしてくれるから、専属はローザだけでも問題ないのだがな。


 翌日、新しく私付きになった侍女が挨拶に来た。


「ソフィア殿下、ジーナと申します。よろしくお願いします」


 茶色の髪の侍女は、成人したばかりの15歳だそうだ。若いな……かえってローザが忙しくなったのでは? ローザが新人の教育をしないといけないからな。


 ◇

 剣の稽古の時、ヘンドリック様に王女の許可が下りたので街に出かける事を伝えた。


「ソフィア様、いつ出掛けられますか? 勿論、私も行きますが、私は少し離れて護衛につきます。離れた方が色々と見えて来ますからな~。フフ」


 ヘンドリック様の顔から、楽しそうな笑みがこぼれた。


「ヘンドリック様、直ぐには引っ掛かってくれないと思いますが……あぁ、侍女に私がお忍びで出かけると情報を流してもらいましょうか」


 そうすれば、怪しい奴らが様子を見に来るかも知れない。


「フフ。ソフィア様は、策士ですな」


「どこかの本に書いていたような話ですよ。マークとレオスだけではなく、ヘンドリック様も警護してくれるなら好きに動けますからね。フフ」


 ヘンドリック様のおすすめの武器屋を教えてもらった。街に行くのは、街の様子を知るのが1番の目的で、2番は武器屋。不穏なやからの炙り出しはついでだ。


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