バレたもんは仕方ない

「ほんと、君たちの記憶の無さには驚きだけど…羨ましいよ~…。怖い思い出、思い出さなくて済むじゃないですか」



団寿曰く、輪廻転生の方法は、はっきりとは分かっていないらしい。こうすれば輪廻転生させられる、という確固たる方法が見つかっていないのだとか。そんな中番人の中で一番輪廻転生させてきたのが百鬼だという。百鬼の罰の行い方は実に無残極まりないことから、最も囚人に酷な罰を与えれば輪廻転生させられるのではという情報が今のところ一番有力な説というわけだ。



更に百鬼は、今の番人5人の中では2番目に若いのだという。1番の古株は私を助けてくれた黄緑。実年齢不詳。百鬼に次ぐ実力者で、秘密主義。優しい笑みからは想像もできないが、黄緑のところへ送られた囚人は一瞬にして精気を失うのだとか。次に長く番人を務めるのは歳ノ成という科学者兼番人。直接手を下す罰し方ではなく、科学の力で囚人を苦しめるとう。次は与太造というガテン系番人。看守たちもムキムキになるほど、力技での罰を好む。そして一番若くし番人になったのは、久須郎という蛇を首に巻いた男らしい。どうやらさっき団寿に絡んでいたカーキ色の看守服は、この久須郎という番人の島の者らしい。


久須郎が番人になったのはつい20年前のことだそうだ。地獄の囚人としてやってきた僅か15歳の少年、それが久須郎。世の中を食い殺すような鋭い目つきに、どんな相手にも食って掛かる恐れのない性格。人間界では自分の集落の人間を皆殺しにした重罪人だったそうだ。不運にもその後転落死をした久須郎が行きついた先は勿論地獄。しかし久須郎は罰を恐れず、針の山にも血だるまになって登りきったという。



「…それは本当に人間かい?」


「ひっ…み、みんな、本物の悪魔が地獄に来たって、言っていたそうですっ…」


「あんたいい加減あちきにびびるのやめれるかい?」


「は、はい、ごめんなさい…君たちは僕を助けるっていう御伽噺の中の事をしてくれたのは頭で分かってるんだけど…体が」



久須郎も、その看守もタチが悪い。怖いものなしといった感じで、周りの人間に横暴に振る舞う。一度蛇に睨まれたら、地獄の果てまで追い回されるのだ。



「…ただ、そんな久須郎様が喧嘩を売って唯一敵わなかった相手…それが百鬼様らしいです」


「百鬼…様?」


「はい…まだ看守だった久須郎様は、既に番人だった百鬼様にも食い掛かった。しかし、百鬼様の圧に圧倒されて、逆に蛇が睨み殺されたという話があります」


「百鬼…百鬼様って、」


「はい。最強最悪の番人と呼ばれる所以がちゃんとあります」



道理で久須郎の島の看守たちも…私達が百鬼の看守だって分かると一目置いたわけか…。



「ちなみに…団寿は看守になって寂しくないの?」


「え…寂、しい?ですか?」


「だって…二度と輪廻転生はできないんだよ」


「……。そう、ですね…。考えたこともありませんでした…僕は毎日の罰が耐えられなくて、自ら百鬼様に首を差し出したので…」


「え…」


「ほとんどの看守がそうだと思います。あの苦しみから解放されるなら、一生地獄でいいって…。…だから僕は逆に、百鬼様に感謝しています」



もう二度と、太陽を拝めないのは寂しいですけど。


団寿はそう言って苦笑いをし、俯いた。おばあちゃんも複雑な顔をする。



「…団寿、ありがとうね。色々記憶が蘇ってきたよ」


「え…何処に行くの?二人とも…もしかして繁華街の方に?やめた方がいいですよ、今さっき連絡が入ったように、今地獄墓石門の鍵がどっかの囚人に取られたってみんな荒立ってるから…」


「さくら…どうするつもりだい?これ以上輪廻転生の事は探っても何も出てこなさそうだよ、なんせ番人たちですら方法が分からないそうだし」


「…百鬼に会いに行く」


「、はぁ!?あんた正気かい!?」


「ひぃいっ!」


「あんたに言ってないよ団寿!」


「ゴメンナサイ!!」



輪廻転生を一番してる百鬼ならきっと何か知ってる。それに、団寿の話を聞いて百鬼と直接話をしたくなった。いつもの罰の時間じゃだめだ。どうしてもあの暗闇の眼を変えたい。無駄に終わるかもしれない正義感だろうけど、やっぱり放っておけない。



「よし!気合入れていくよ!このよく分かんない鍵もゲットしたことだし、何とか百鬼のところまで辿り着く!」


「わぁ、すごいですさくらさん。それは選ばれた看守しか開けることを許されていない地獄墓石門の鍵で………………………………………………………………、」



私の取り出した黄金の鍵を見せた途端、団寿は感動を見せたと思ったら石のように固まった。横を見ると、おばあちゃんも口をあんぐりと開けて石のように固まっていた。ん?二人ともどうしたんだ?この鍵に何かあるのか…。…………………………ん?



“今さっき連絡が入ったように、今地獄墓石門の鍵がどっかの囚人に取られたってみんな荒立ってるから…。”



「………………………………………………………………あ。もしかして…これ?」


「っ、じ、じじじじ!じ、地獄墓石門の、鍵っ…もがぁあっ!」


「おばあちゃんんんん!?」



わなわなと奮える指で鍵を指し、大声で叫びかけた団寿の口を後ろから塞いだのは鬼の形相をしたおばあちゃんだ。団寿はもがぁあと可愛くない声を出した。



「これさっきボコ…眠らせた看守のポケットに入ってたから…そのまま持ってきたけど」


「ええええ!じゃ、じゃぁまさかさくらさんもおばあちゃんさんも、もしかして囚人っ…!?」


「おばあちゃんさんって何だい!紫太夫だよ!全く、囚人だったら悪いのかい!?畜生!」



言ったぁああ!おばあちゃんヤケクソになって言ったぁああ!結局この人がばらしたよ!団寿混乱して目がぐるぐる回ってんじゃん!



「ひえっ…じゃ、じゃぁどうしてこんなところにぃっ…」



団寿がそう言った途端、団寿と私の間に、一匹の白蛇が地を張っているのを見付けた。地獄にも蛇はいるのか…と呑気な思考が頭を過ったが、その蛇と目が合った瞬間、私は体中から汗が噴き出るような感覚に襲われた。


駄目だ。これはただの蛇じゃない。



「お、おばあちゃん、団寿!逃げて!」


「え?」



そう叫んだ時には遅かった。地面に這いつくばっていた白蛇は、突然威嚇声を上げて長い体を立ち上らせ、呆気にとられている団寿に牙を光らせて襲い掛かった。



「っ…!」


「っ、さっ…さくらさん!!」



団寿を護るためには、こうするしかなかった。白蛇に攻撃する時間は勿論なかった。せめて代わりに噛まれることくらいしか、咄嗟には思い付かなかった。幸いにも噛まれたのは肩だ。まだ致命傷は負っていない。蛇に噛まれたのは初めてだが、こんなに鋭い牙を持っていたとは驚きだ。右肩が、尋常でなく痛い。



「さくら!あんた肩がっ…!」


「大丈夫…それよりおばあちゃん、ここを早く離れよう。団寿も…怪我はない?」


「さ、さくら、さん…どうして…囚人が看守を助けるなんて…御伽噺どころじゃない、ですよ…」


「そんなの関係ない。私が助けたいと思ったから助けた、それだけだよ」


「……え、……太、陽…」



団寿は私の眼をじっと見つめて、ポツリとそう言った。そして、はっと何かを思いついたかのように、負傷した私の肩に自分の首に巻いていたスカーフをぐるぐるときつく巻いていく。



「団寿…?」


「…昔、僕は医者をしていたんです…。でもこの臆病な性格故に致命的な医療ミスをしてしまって…人を殺めてしまった。それがずっと心残りで……。さくらさん…あなたはこんな僕を二度も助けてくれた。僕も…さくらさんを助けたいです」


「…団寿…。看守が囚人を助けるのは、いいの?」


「…僕は、看守である前に、僕は……僕は、医者ですから!」



…力強い眼。光の宿った、綺麗な眼。つい口元がそっと緩んだ。そんな最中、一人の男の出現により一瞬で空気が変わる。



「みーつけたっ。よくやったっての、さりちゃん」



蛇。まるで蛇だ。この男が歩く様は、まるで蛇が地面を這う姿を思わせ、喋るたびに見える舌は長くて素早いそれを彷彿とさせる。何より、眼。眼が合っただけなのに、体中に蛇が巻き付いて捕えられているかのような恐怖と焦りが汗となって伝う。あの眼は捕食者の眼だ。そして間違いなく、それは私達を餌として捉えた。



「あ…あぁ…く、久須郎、様…!」



団寿が、がたがたと震え出した。



「あれが…番人の、久須郎…!」



おばあちゃんも、震える体を必死に両手で押さえている。空気がピリつくほどの圧は、やはり先程の看守たちとは比べものにもならない。さっき私に噛みついた白蛇はこいつのだ。でも、どうしてこんなところに…。ここは人気の一切ない路地裏。目的は私達を見付けることに他ならない。



「蛇の嗅覚は人間よりも遥かに鋭いんだっての…。倒れてた俺の看守たちの場所にはそいつらを倒した女の匂いが残ってたからなぁ…」


「そ、そんな!さくらさんは血も流してないのに!?」


「さくら…あぁ、やっぱり。お前風篠さくらだろ。重罪人の囚人。ラッキー。俺ってやっぱり運がいいんだよなぁ」



何…?運がいいだと?私を探してたのか?それとも、鍵を持ってるのが私だと既にばれてる…?



「…あ、あんたの目的は、これでしょ?地獄墓石…?門の、鍵。これは渡すから、その道を開けてくれない?」


「…あぁ?ぷ、ぎゃははは!噂通り大した囚人だっての!あの百鬼にも盾突いてんだって?やるじゃねぇか…俺は嫌いじゃねぇっての」


「っ…?」


「だが…その鍵を持ってるのがお前だってことも、お前がこの鬼ノ街道に侵入してることも俺は今知ったところだっての…。俺の目的はそこじゃない」


「じゃ、じゃぁ、何…?私に用なんて、他にないでしょ?そもそも私はあんたの島の囚人じゃない」



そう言うと、久須郎は再び高笑いをした。嫌な汗が背中を止めどなく伝う。



「俺の目的ははなからお前だっての…風篠さくら。お前は俺が殺してやらぁ!」



ドッ…



地獄の番人の信じられないほど大きな圧が、一気に私達に襲い掛かってきた。

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