嵐は止まない
宿舎。百鬼囚人部屋。
「な、なななんと美しい姫君じゃぁああ!あのくたびれたばぁさんがこの姫!?嘘も休み休みに言わんかさくら!」
「いや嘘じゃないからマジだから。ていうかみんなしておばあちゃんに近付き過ぎだよ。それにここにも可愛い女の子いるよ。もっとほめてもいいんだよ」
「儂と獄中結婚…いや、文通から始めてもらえねぇか!?」
「いやわしと手紙交換から!」
「いーや俺とメールから!」
「お前ら引っ込んでろ、僕とLINEから!」
「…」
聞いちゃいねぇ。何だこの惨めな感じ。ちょっと全員はっ倒していいかな。おばあちゃん困ってるじゃんか。ていうか、連絡の取り方でその囚人たちの年代がわかるな。
英雄との騒動があり傷だらけの私達を見て戻ってきた看守たちは何があったと不可解な顔をしていたが、百鬼にやられたと伝えてことを丸く収めた。あれからというもの、英雄による女囚人狩りは姿を消した。おばあちゃんはもうおばあちゃんのフリをする必要はなくなったのだ。散々ひどいことをしてきた奴らしいけど…少しだけ考えてくれたのかなと嬉しくなった。
「紫太夫さん!文通が無理なら毎日のお話からでも…!」
「じじい抜け駆けすんなよ!」
あぁ…あれまだ続いてたのか。おばあちゃんの救済に動こうとしたら、私の前に大きな影が現れる。
「おい。邪魔だ、退け」
「ひ、ひぃ!英雄さん…!」
英雄だ。囚人たちとおばあちゃんの間に割って入って、睨みを利かせる。英雄に睨まれた囚人たちは一瞬で大人しくなり、自然とおばあちゃんから距離をとった。
「…ここ通れるようにしとけよ、クソどもが」
そう暴言を吐き捨ててトイレの方へと去っていく英雄。ここは本来通路なんかじゃない。…もしかして今、助けた?おばあちゃんを。
「……不器用な男だねぇ」
「おばあちゃん?」
「あいつなりに、きっと私の事助けてくれたのさ。目も合わせてきやしないがね」
…英雄。私は遠ざかっていく大きな背中を見つめる。心なしか、前よりも凛とした背中に見えた。そういえばさっき見たあいつの眼は、何だか清々しい眼だったなぁ。
「おばあちゃん」
「何だい?」
「百鬼って、ずっとこの地獄にいるのかな」
「え?」
一体この子は何を言い出すのやら。と言いたげな眼をするおばあちゃん。だから、どうして。と聞き返される前に理由を話してしまうことにした。
「百鬼の眼もさ…この間までの英雄と同じだったんだよね。暗くて、寂しくて救いがない。英雄がそうだったみたいに…もしかしたら百鬼も何か抱えてたりするのかなーって。ひどい事ばっかりするから嫌いだけど」
「……あんたみたいな奴のことも、不器用っていうんだよ、さくら」
不器用?頭にハテナを浮かべているとおばあちゃんが困ったように笑った。
「自分を虐げる相手でどれだけ嫌いな奴でも、悲しそうにしてたら放っておけない。馬鹿で不器用だよ、あんたは」
「いやいやいや、全然あんな鬼の事なんて気にもしてないんだけどね!?あいつとの勝負に勝って絶対人間界帰るし!ただ、地獄にいすぎて根性腐ったからあんな眼なのかと…」
「ふ、さくら。あちきはそういう馬鹿で不器用なあんたが好きだよ」
だから誤魔化さなくていい。そんな言葉が続いてきそうだった。おばあちゃんの言葉に少し顔が熱くなって、視線を逸らす。
「そうね…あちきが地獄に来た150年前にはもう地獄にいたらしいね。ただ、番人ではなかったようだよ」
「へぇ…。じゃぁ、看守だったのかな」
「いや…あちきも聞いたことがあるだけなんだが…噂によるとあちきらと同じ囚人だったとか」
「……………………ふぉっ!?」
「すごい声出したね今」
ひゃ、百鬼が、あの冷徹無慈悲鬼畜阿保無関心無愛想の百鬼が、かつては囚人!?もしそれが本当なら、もっと囚人の気持ち汲んで罰を軽くしてくれてもいいんじゃない!?それともあれか、やられたらやり返す…倍返しだ!的な令和のノリ受け継いでいこうとしてるのか!?
「おっと、そろそろ消灯時間だよさくら。明日の刑もきついだろうし、消灯に間に合わなかったらペナルティだ。気になるなら、明日本人に聞くがいいさ」
「いや絶対血の池に沈められるからやめとくけどさ」
舌を出せば、看守のけたたましい消灯!という声と共に、一気に電気が落ちた。寒さなんて凌げない布団に入り込んで、目を閉じる。あと1ヶ月…いや、25日後。私は人間界へ必ず帰る…。あの番人を蹴散らして。
:
「へぇ…この重罪人、やっぱりなかなかウマそうじゃん。地獄に来てからこれだけ罪を重ねた奴も少ねぇし、輪廻転生させたら閻魔に近付きそうだっての」
「んほほ…相変わらずあなたという人は汚い男だ。ほんとに男は汚くて汚くて消滅しませんかねほんとに」
「うるっせぇっての変態仮面野郎!おめぇの方が汚ねぇ男だろっての!今日も気持ち悪ぃ液体ボコボコさせやがって、ちゃんと囚人虐げられてんのかおめぇは?」
「んほほ…私はあなたや百鬼クンや与太造クンのような野蛮で暴力的な罰は好き好みません。自分の手を下さなくとも、科学でいくらでも囚人たちを苦しみの最中へ連れて行くことができるのですよ。毒が体内に回り囚人たちが呻き苦しむあの姿…んほほ、思い出しただけでよだれが出ますね」
「気ん持ち悪ぃ、変態仮面野郎」
番人である歳ノ成と久須郎は、番人や看守の宿舎などがある“鬼ノ街道”と呼ばれる通りの甘味処で会合を開いていた。いや、会合というよりも、本日の罰を終え甘味処に来ていた歳ノ成の元に、同じく罰を終えた久須郎が現れ、更に並んでいた三食団子を手に取り頬へ運んだ。勿論歳ノ成への確認など皆無、久須郎はそういう男だ。首に巻いた2匹の蛇同様、人の物だろうが関係なく、捕食する。しかし、久須郎の性格が仇となる。口に含んだ団子を2秒後、まず!と言って吐き出すことになったのだ。
「まんず!お前何つうもん食ってんだっての!」
「…それが人の物を無断で食べておいて言う言葉ですかね久須郎クン。これは私専用に作ってもらっている無添加無農薬100%オーガニックの団子ですよ。私は信用のない人工物は口にしないことにしているんです」
「科学者のくせに何言ってんだってのお前っ…!おえっ」
「んほほ、知っているからこそ、ですよ。知れば知るほど、科学とは未知で危険なものだ」
「お前の考えが未知だってのぉ!」
というやり取りの末、何だかんだ同席していた二人。話はさくらの話題へ移り変わり、やっと久須郎の荒かった息が収まる。
「残り14日…閻魔筆頭候補の百鬼クンに重罪人の女を輪廻転生されては、競っている私達としては芳しくはありませんねぇ…んほほ。しかし、百鬼クンを狙うのならば、今しかないでしょうねぇ」
「あ?何でだっての」
「どうも百鬼クンの気持ちに揺らぎを感じるんですよ。原因はきっとあの重罪人の囚人でしょう。どうしましょうね久須郎クン、んほほ」
「選定期間が短くなったって関係ねぇ…閻魔になんのはこの俺に決まってるっての…!百鬼なんかに譲るかよ。残り14日であいつを貶めてやるっての。あ、邪魔するってんなら勿論お前ぇも例外じゃねぇからな、変態仮面野郎」
「んほほ…ま、私はさして閻魔の座には興味ありませんが…お手並み拝見といかせてもらいましょうか」
長い下結びの髪を揺らして、口を吊り上げる歳ノ成に、久須郎の首にいるヘビが、シャー!と舌を長くして威嚇した。動物的な本能で、歳ノ成から危険を察知したのだろう。久須郎も同じように歳ノ成に挑発した表情を向けて、甘味処を去って行った。
「んほほ…風篠…さくらさん。実験はこれからですよ…楽しみですねぇ」
一人そう呟いた歳ノ成は、残りの団子を口に運び、真っ赤な空を見上げた。
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