女の体に触れる時はご注意を
石膏を運べと言われ連れて来られた場所はひどく煙たかった。囚人たちが休む暇なく重すぎる石材を運ばされ続ける。こんなに重たい物を何往復も運び込む経験なんてしたことがない。普段使う筋肉とは別のところに力を入れる必要があるため、私の腰は悲鳴を上げていた。一体何のための石だ。
「墓地を作るための石やよぉ…」
心の中の疑問に、返答が返ってきた。弱々しい、高い声だ。声の主を探すため重い石を持ちながら辺りをきょろきょろと見渡すと、いた。私の真後ろに。重たい石を振るえる体で運ぶおばあちゃんが。
「ちょ、おばあちゃん!大丈夫!?」
思わずぎょっとして自分が持っていた石を落としておばあちゃんの持っている石を反対側から持つ。おばあちゃんの割に身長は高くて腕はしっかりしているけど、いつ転んだり石が自分の上に落ちてきたりしてもおかしくはない。
「あら、大丈夫や。そんなことより自分の心配をせぇ…。ここでは思いやりは命取りになるよ」
「でも、」
「親切ついでに一つだけ教えておくよぉ。さっき御嬢さんに絡んできたあの男…英雄(あやお)には逆らっちゃぁあかん。あの男は私達百鬼様囚人グループを恐怖で支配しておるよぉ。恐ろしく強い故、囚人は奴の言いなりよ。逆らったらひどい仕打ちが待っておるからのぉ」
英雄…さっき宿舎で私に突っかかってきた猿山の大将だ。おばあちゃんの言う通り、囚人のみんなはあいつの言いなりだった。でもどうして、同じ囚人同士で支配するなんてそんなことをするんだろう。
「奴は百鬼様に気に入られたいんじゃよぉ…。輪廻転生をするためにのぉ。力を持った囚人を輪廻転生させればさせるほど、番人の評価が上がる。奴は力の誇示をするために…囚人たちを力でねじ伏せたんじゃよぉ」
「ちぇ、やっぱり卑劣な奴…。っておばあちゃんさっきから私の心の中読んでない!?何で考えてることが分かるの!?」
私が今更になって驚くとおばあちゃんは重たそうな腰を回して、自分よりも重いであろう石をもう一度持ち上げた。
「昔の仕事のクセさねぇ…。人の考えてることは顔を見れば大概わかる。御嬢さん、年寄りの忠告はちゃんと聞くんじゃよぉ…」
おばあちゃんはまた一歩一歩石を持ちながら進んでいった。
「あ、おばあちゃん!待っ…、」
おばあちゃんを追いかけるため石を持ちあげようと屈んだとき、自分に影が覆いかぶさる。振り返ると、さっき見たばかりの、いや、今話していたばかりの男の姿があった。何かを企んでいるのだろう、そんな表情だ。
「よぉ…慣れない石膏運びはきついか?女」
「……英雄」
「俺の名前を覚えたとァ、優秀じゃァねぇか」
英雄は相変わらず下世話な笑みで私を見下ろした。後ろには囚人二人を仕わせている。
「何の用?今は石膏運びのはずだけど…。さぼっていいの?」
「はっ、強気な女だ。まぁいい。すぐにその生意気な口利けなくしてやる。おい、やれ」
「っ!?」
英雄が後ろ二人に合図を出すと、男たちは私の両手をロープで拘束した。何かと思い蹴りを入れようとするも、英雄に足を掴まれてそのまま足も縛られて俵担ぎにされてしまう。
「っ、にすんの!離せ!こんなことしてただで済むと…!」
「あー今は看守たち、打ち合わせの時間なんだよナァ」
打ち合わせ!?確かに見る限りさっきまで見張っていた看守の姿がない。その隙をついて私に何かする気だこいつ…!
「30分で看守たちが帰ってきちまう。おいお前ら、手短に済ませ」
「いだっ!」
ロープを外され放り投げられた先は、岩山に囲まれた場所だった。こいつの取り巻きなのだろう、ヤクザグループのような囚人たちが何人もいる。どいつもこいつも英雄と同じように下種な笑いを浮かべている。
「何すんのよ!」
「クク…せいぜいここで身体も心も汚されることだ。二度と立ち上がれなくなるほどにな」
「っ!?」
はっと気が付いた。囚人たちの眼。これは闘争心のある眼じゃない、欲にまみれた獣の眼だ。囚人たちは私を見るなり、興奮して息を荒げ、頬を染めた。
ゾクリ。背筋に虫唾が走る。
「けけけ…女だ、若い女だぁ…。こりゃさぞかしウマいんだろぉなぁ」
「俺が先だぞ…地獄でこんな上玉な女食えることなんてそうそうねぇ」
「ばばあばっかりだと流石にこっちも萎えてくるもんでねぇ…。英雄さんありがとうございます」
よく見ると、岩陰の向こうに、何人もの女の人が裸で倒れていた。血が滲んでいる人、引き裂かれた囚人服がかろうじて残っている人、打撲の跡がある人。間違いない、集団強制わいせつだ。あそこで倒れている人たちはみんなこいつらに犯され、暴行されたんだ。
「っこの、下種野郎がっ…!」
「女が汚い言葉を使うんじゃねぇ。質が落ちるだろうが」
「何でこんなことを…!」
「はっ…お前の汚れた姿は百鬼様へのいい土産物になりそうだ」
「お前っ…!」
一気に襲いかかってくる囚人たち。捕まったらだめだ。30分…看守が戻ってくるまで、逃げ切らなくては。くるりと体の向きを変えて英雄の横を通り抜けようとするも、英雄がそれを阻んだ。
「おっと逃がさねぇよ」
しまった。足を取られた。バランスを崩して地面に倒れ込むと、上から囚人たちに覆い被される。重い。動かせない。
「っ、やめ、やめろ!」
薄いワンピース状の囚人服を引き裂かれる。正面から見えるようになった下着に複数の囚人の手がかかった。
ヒュンヒュン、!
「「「ぐあっ!?」」」
____男たちの手が、私から離れる。
_____________クナイ、?
「…ほら、だから言ったろ。年寄りの忠告はちゃんと聞けって…」
「てめぇ…誰だ」
英雄の表情が変わる。私を取り押さえていた囚人たちの腕には、小さなクナイが一本一本刺さっていた。とにかく、その隙に立ち上がり男達から離れる。
ちょっと待って。年寄りの忠告はちゃんと聞け?そう、それを言われたのは私だ。間違いない。紛れもなくさっき、あのおばあちゃんから言われた。英雄に逆らうなと。そうだ。おばあちゃんだ。私が忠告を受けたのは、岩を持って震えていたおばあちゃんだ。
「誰かって?ひどいねぇ、あれほど愛した女の顔を忘れたのかい」
クナイを投げた本人は、俯いていた顔をゆっくりと上げた。
「ま…、金で買える愛じゃ、仕方ないね。私は紫太夫……花魁さ」
でも、違う。おばあちゃんじゃない。さっきの白髪のおばあちゃんじゃない。今私の前にいるのは、おばあちゃんとは程遠い、紫の髪と顔が地獄と不釣り合いに美しい女性だ。
「花魁道中だ…道を開けぬか、下種ども」
女性は不敵に笑い、煙管を吹かせた。
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