冷酷無慈悲な番人の冷酷無慈悲さ

「へぇ、あの冷酷無慈悲鬼畜阿保無関心無愛想の百鬼がねぇ」


「……」



…地獄に来てから1日、まだまだ地獄は未知の世界すぎます。


百鬼に虐げられた昨日、去って行った百鬼の代わりに部下たちが地獄の制度について説明をした。どうやら、私が生きていた頃に聞いていた地獄の噂話とはいくらか違うところが多いようだ。


まず、よく謳われている針山地獄や血の池地獄、あれは存在するものの、常に囚人たちに強いているわけではないこと。基本自分の担当の番人によって罰を受けること。内容はその時々、番人によって変わること。その時間以外は囚人たちに与えられた宿舎(トイレやお風呂等基本的な物はある意外とちゃんとしたもの)にいてもよいという。勿論、言いつけられていたことがあればそれに取り組まなくてはいけない。


まるで刑務所みたいだなと思えば、それがつい口に出ていたようだった。どうやら綺麗好きな閻魔の意向らしい。私が聞かされていた都市伝説地獄とは大きく異なる部分も多いが、血の池や針山に常に行かされることを思えば寧ろ得した気分である。


昨日はその女子寮宿舎で一晩休み、毎朝7時と決められた朝食会場に行けば、囚人の中で一際目立っていた栗色の髪の毛の男に呼び止められた。私達が着ている朝の服とは比べものにならない良い生地のスーツに身を包んでいれば嫌でも目に付く。その男は私を見付けると手招きをしておびき寄せ、昨日百鬼にされた出来事を説明してほしいと言った。周りの囚人たちだけではなくて、宿舎の看守たちもその様子を見て驚きを隠せない様子だったのは、この男が誰なのかを知っているからなのだろう。



「…ん?めちゃくちゃ警戒している眼を向けるんだね」


「…そりゃぁ、ここは腐っても地獄、だから」


「ふふ…利口じゃないか。僕は百鬼と同じ地獄の番人の黄緑だよ」


「ば、番人…!ってことはあの鬼畜みたいに私を虐げにっ…!?」



一気に黄緑という番人から距離を取ると、黄緑は吹き出して笑った。よく見ると整った顔をしているものの、目の下のクマが病的なイメージを彷彿とさせる。捕まったらやばそうだ。



「君は僕の島の囚人じゃない。説明した通り、基本自分の管轄以外の囚人に手を上げることは無しになっているんだ。君は百鬼の担当」


「…へ…じゃぁ、敵じゃ、ない…?」


「僕はあの冷徹無慈悲鬼畜阿保無関心無愛想の百鬼に盾突いた大型新人囚人がどんな人物か確認しに来ただけなんだ。もともと25歳の若い女の重罪人っていうだけで話題にもなっていたしね」


「(さっきからさらっと悪口も混ざってる気が…。)だから、私は重罪人じゃなくってっ…!」


「え?昨日の時点でまた罪を上塗りしてるみたいじゃない。案内人の看守に飛び蹴り、他の看守を血の池に落とし踏み台にする、それから担当番人の百鬼に数々の暴言を吐く…とか。刑期延ばすの好きなのかい?」


「えぇえええちょ、そんなんで刑期延びるのぉお!?いろいろ誤解ですって!そもそも罪のない人間を地獄送りにしたのはそちらのミスでしょ!?」


「さぁ?少なくとも僕の番人帳にはそう追記されていたから」



番人帳!?閻魔帳ならぬ番人帳というものがこの地獄には存在するのか…!とにかく、あの番人帳には罪が重なったら追記で記される仕組みで、そうなれば刑期が伸びるというわけだ。下手なことをしたら無駄に苦しむことになる。囚人たちが死んだ眼でただただ虐げられるのは、これが原因になっている部分もあるのかもしれない。



「…まぁ、心を蝕んでしまおうと思えばいつでもやれたはずなのに、それをしなかった百鬼が不可解だったけれど…少しは納得できたかな」


「え?」


「いいや何でも。さくらちゃん…だっけ。君がこの地獄で目立つ原因は、ただ若くて可愛らしい女だから…というだけではないようだね。そんな眼は、ここ数百年見たことがない。」


「かわっ…!?って、…眼、?」


「ま、百鬼はこの地獄で鬼畜外道と有名な番人だから、とりあえず頑張ってね。辛くなったら僕のところにおいで。その光を簡単に消してしまうのは惜しいから」



そう言うと黄緑はこの場を後にした。基本的には、意味のわからないことを言われた気がする。自分の担当ではないというだけで、百鬼と同じ番人なのに味方だというような態度を取るものなのだろうか。信用をしてもいいのか?いやいやここは地獄、そうでなくても私はついこの間あの男に裏切られ、騙されてこの地獄にいるんじゃないか。私の悪い所はこうやってすぐに人を信用しようとしてしまう所だ。私は自分の目を覚ますように顔を左右に振って、両頬をビンタした。





地獄でもパンが食べられると思わなかった。味気のないただの食パンだったが、地獄での朝食にしたら高級ホテルのビュッフェ以上の贅沢品だろう。口の中でパサつく食パンを2枚頬張ると、突然館内放送がかかる。その音に、囚人たちがビクッと肩を振動させた。



≪番人百鬼様の囚人グループは8時に百鬼様の島の地獄門前に集合するように。繰り返す__…。≫



「あ…これって、私?」



そう呟いたのは私だけだった。この放送がかかるや否や、周りの囚人たちは言葉を発する暇もないほど勢いよく朝食を無理矢理口に放り込み出し、慌てて出口へと駆け出して行ったのだ。そんな様子に呆気にとられていると、私の左肩に誰かの手が力強く乗った。



「お前昨日百鬼様に盾突いてた末恐ろしい女じゃろ…!?何してる、お前も早く行かんと惨いことになるぞ…!」



老人の男性だ。切羽詰った表情で私にそう訴えかけると、彼もおぼつく足で出口へと駆け出して行った。惨いことになる?一体何のことかは分からないが、とりあえず早く行った方がよさそうだ。時計を見ると、時刻は7時56分を指している。大方、遅刻者には罰が与えられる、というようなものだろう。それならばこんなギリギリの時間を設定するのも囚人たちが焦り散らしているのも頷ける。私も残りの食パンを口に詰め込んで、駆けていった囚人たちの後を必死に追いかけた。相変わらずでこぼこの地面を素足で走るのは、痛いが今はそんなことも言ってられない。



「あ、おじいちゃん!」


「!」



地獄の朝にはやはり太陽は出ていなかった。昨日と同じ、赤い血のような塊と、赤い雲が空に浮かんでいる。全速力で駆け出していると、先程私に声を掛けてくれたおじいちゃんが数メートル先で息を切らしながら走っているのを発見した。体力的に限界が近いのだろう、地面に汗か体に水分かわからない液体をポタポタと落としながら、必死に門へ向かっている。



「おじいちゃん、行こう!」


「、おい!?」



私はそんなおじいちゃんを見ていられなくておじいちゃんの手を引いて必死に走った。このおじいちゃんがいなければ私は訳が分からず未だに食堂でパンを頬張っていただろう。体感的に、きっともうすぐ4分経つ。まだ体力の残ってる私がこのおじいちゃんと一緒に間に合えば問題ないはずだ。



「っ、はぁ、はぁ…。つい、た」



囚人たちが息を切らして地面に横たわっている鬼の顔をした大きな門の前に到着する。私も全速力で走り続けた反動で、体中から汗が噴き出して多くの酸素を吸い込んだ。



「…8時だな」



5メートルほどある門の上に座っていたらしい百鬼が、そこから地面に飛び降りてきてそう言った。



よかった。間に合った。


私は安堵の気持ちから顔に笑みが生まれて、一緒に走り抜けたおじいちゃんの方を見た。しかしおじいちゃんは、一向に顔を上げる様子はなかった。隙間から見えたおじいちゃんの表情はとても時間に間に合った者の顔じゃない。絶望だ。言葉で表すのなら、それは絶望を捉えた顔だ。



__何で?一体今から何が起こる?



「…罰を与えるものが決まった。」



いつの間にか私とおじいちゃんの目の前に来ていた百鬼は、昨日と同じ表情のない顔で淡々とそう言った。周りの囚人たちは、息を乱す音すら消して百鬼の言葉を待つ。



「…2975番、お前だ。」



百鬼は私ではなく、絶望し地面に伏せいているおじいちゃんの方を向いてそう言い放った。


_いや、どうして。確かに私もおじいちゃんも時間には間に合ったはず。それなのにどうしておじいちゃんが罰を受けなくてはならないんだ。



「…ちょっと待って。8時には間に合った、なのにどうしておじいちゃんが罰を受けなくちゃならないの!?」



私の言葉に、百鬼は光のない眼を私に向ける。何度見ても、ゾクッとするほど闇の深い眼に鳥肌が立った。ぐっと今吐き出した言葉を喉の奥に戻したくなるが、歯を噛みしめて食いしばる。



「…生意気な。」


「っぐ!」



百鬼に左頬を叩かれ、体が地面に飛ぶ。



「…俺がいつ、遅刻者に罰を与えると言った。」


「…………、え、」


「罰を与えるのは、その日最後尾で集合場所に到着した者だ。」



私の中で、何かが崩れる音がした。

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