第3話魔王の末裔
ログネンコ家は魔王の末裔だった。
300年前、わたくしの先祖である魔王はこの国の勇者に敗れ、敗北を余儀なくされた。
ただ不幸中の幸いにも魔王を完全に滅ぼす手段が人類にはなかった。
だからこそ、そのときの勇者とその仲間たちが総力を上げて魔王を封印したのだ。
封じられた魔王やその仲間たちは勇者らと変わらぬただの人間となった。
それでもただの一般民衆の中に放り込むのには抵抗があったのだろう。
勇者らは魔族の監視に加え、その魔石の活用に関する知識を得ようとわたくしの先祖に高い地位────公爵の地位を与えた。
よほど魔石エネルギーの力に期待していたのであろう。
封印は魔王が唯一操れるという魔物たちが二度と人間たちを襲わないようにさせるほか、人を襲わないことと人を裏切らないこと。
主にその2点を主軸とした。
だからこそログネンコのものはみな清廉潔白な真面目なものばかりだといわれるようになったのだ。
人を裏切るためにあるような貴族社会においては異端であった。
「そしてその魔王を倒した勇者。その末裔があなたですわ、王太子殿下」
アルノーはわたくしの話を聞き、目を見開いた。
まだ信じることが出来ないのだろう。
まあいい。
わたくしは続けた。
「そう、もう一つ言い忘れていたことがありましたわ」
「ま、まだあるというのか」
アルノーの言葉にわたくしはにっこりと微笑みを浮かべた。
彼の隣にいたリサは小さく「ヒィッ」と悲鳴をあげる。
それをアルノーは優しく抱きしめた。
わたくしはそのような茶番のような光景を見て内心呆れ返っていた。
別に目の前でイチャイチャされるのはいい。
わたくしはアルノーの元婚約者ではあるが、好意という気持ちは微塵もなかった。
むしろせいせいしているといっても過言ではない。
ただ、状況をいまいち理解していないことに呆れてモノが言えなかった。
彼らはこれからこの国が今まで通り存続していくことを信じているのだ。
そんなことありえないというのに。
わたくしは真実を口にする。
「わたくしは魔王の先祖返りなのです。そして勇者に封印された魔王の記憶を持っている」
「ま、魔王の先祖返り? じ、冗談をいうな」
「いいえ、冗談なんかではございません。まごうことなき真実でございます」
わたくしには遠い昔の魔王がどのように暮らし、生きてきたかの記憶があった。
昔、魔王の仲間である魔族たちは人と干渉することなく過ごしていた。
だがあるとき人間が突如現れ魔物を殺すようになった。
魔物の心臓は魔石で出来ており、その力は革新的だったらしい。
人間は魔物を襲い始めた。
そしてさらに魔物と似姿が近い幼い魔族の子を襲った。
魔族の心臓も魔物と同様に魔石でできていたのだ。
その上魔物以上の魔石のエネルギー量だった。
そしてそれを狙った人間どもはわたくしたちの魔族を標的とし、勇者とは名ばかりの簒奪者によって封印されたのだ。
今も記憶の中で魔族の仲間たちの叫び声や鳴き声が聞こえる。
「つまり、魔王は今この瞬間に復活したということです。……ただ、ひとつだけ約束をして差し上げましょう。わたくしは直接この国に手を出すことは致しません」
呆然とするアルノーやリサ、そして卒業パーティーに来ていた面々を置いてわたくしは会場をあとにした。
***
途中何度か王宮の警備兵に剣を向けられたが難なくかわし、傷つけることなく気を失わせるだけにとどめた。
同情があったわけではない。
すでにわたくしは人間ではない。
むしろ人間に対しては憎しみが感情の多くを占めた。
ただここで剣を向けて感情的に人を殺せば、あのとき己の欲望のままに魔族を殲滅した人間と同じになってしまうと思ったからだ。
それにわたくしが直接手にかけなくてもこの国の者たちは滅びることが決まっている。
かつての王国であればそれも回避できた可能性はあるが、今のこの腑抜けた王国ではそれももう難しい。
魔石のお陰でこの国は金の旨さを知った。
そのため今では軍事費よりも商売に国費を割いている。
つまり何が言いたいかというと、この国の兵士たちは弱い。
「お嬢様、いえ……魔王様、おめでとうございます!」
「ありがとう」
わたくしは外にいたログネンコ家の御者に微笑んだ。
パーティー会場の中にいたログネンコの侍従も満面の笑みを浮かべている。
彼らログネンコの使用人など関わる者たちは全て魔の力を封印されたかつての魔族たちの子孫だ。
まだ彼らはかつての力を取り戻してはいないが、わたくしの力さえあればすぐにでも彼らにもかかっている封印を破棄できる。
「ひとりひとり封印を解くのは時間がかかるから、あとでみんなまとめて解くわ。馬車を出して」
「かしこまりました、魔王様」
わたくしは王都にあるログネンコの自宅へと戻った。
お父様は笑顔で出迎えてくれて、使用人らは皆涙を浮かべてよろこんでくれた。
これで我々は自由だと!
「警備兵を少しばかり眠らせてきましたが、王宮から追っ手がかかるのも時間の問題です。すぐにかつての魔族の住処へと向かいます。みな、準備をしなさい」
わたくしたちはこうして国を捨てた。
そしてその1週間後。
マローネフ王国は死者、負傷者合わせて100万人をも超える被害を出すこととなった。
そのせいで民衆による革命が起こる。
革命の際にこの被害の原因とも言える王太子アルノーとその恋人であるリサは殺されることとなった。
彼らの遺言はいずれも「こんなはずじゃなかった」とのことだった。
革命の火はどんどん大きくなり、その手は王にも及ぶ。
王は民衆を率いた武の際を持つ英雄の男に打ち取られ、王国の長い歴史は幕を閉じた。
これからはその民衆によって民主主義の政治が行われるのだろう。
その知らせを聞いた際、わたくしがほろりと一筋の涙をこぼしたことを知るものは誰もいなかった。
婚約破棄されたので国を滅ぼします 雪井しい @pekori_shai
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