4-4. 言葉の続き
条件をつけたはいいものの、ランスロットの考えることといえば、まぁ、彼の考えることなわけで。困ったことになかなか「よし」と言える案はあがってこないのが実情で。
アッシュはアーサー経由で報告されるランスロットの案に、頭を抱えた。
敵地の場所も分からないのに奇襲をかける、商隊を襲っているところを抑える。
前者はまずどこで、という問題があり、後者は下手をすればテオドールに疑いがかかる。
こんなところで時間を食っている場合ではないというのに、このままではいつになっても話が動かないではないか。
最近ではフォッグから「何者かにつけられている気がする」という報告も受けている。
敵がもしテオドールメンバーに直接害を成すようになってからでは遅い。
アッシュは、アーサーに具体的な案を教え、それをあたかもランスロットが考えたことのように誘導するように指示を出した。
一度でいい。一度でもランスロットに汚名返上させれば、あとは自分が動かせる。
小言の一つも言いたくなるのを抑え、アッシュはひとまずは結果を待つことにした。
アーサーが呆れ顔で部屋から出ていった直後のことだ。
下の広間で突然声が上がり、ガヤガヤと騒がしくなる。悲鳴にも近い声もあり、明らかにただ事ではないと部屋から出、
「──フォッグ」
アッシュが声を上げるよりも先に、部屋から出てきたランスロットが呆然と呟いた。
慌てて階段を駆け下り、アッシュは血だまりも気にせず倒れ伏すフォッグへと近づいた。
騒ぎを聞きつけ彼を囲んでいたメンバー達が、さっとアッシュに道を開ける。
「フォッグ!」
後ろから、部屋から出てきたイーリスの悲鳴が聞こえたが、アッシュは構わずフォッグに触れた。
ほとんど死体と変わらない格好で血にまみれた彼は、火を吐けないように喉が潰され、体中に穴が空いていた。
辛うじて息をしているが、もう既に助からないことは明白だった。
よくぞこの状態でここまで帰って来れたものだ。
「ボス、だめです!」
慌てて駆け寄ろうとするイーリスを、リチュエルが止める。
フォッグはアッシュに気がつくと、最期の気力を振り絞り手を上げた。アッシュは即座に手袋を外し、手の甲を彼の指に近づける。
震える指が、アッシュの手の甲をなぞる。
「は……な?」
書かれた文字を声に出すと、フォッグが視線でそうだと頷く。そして、懇願するようにアッシュをまっすぐ見つめた。
「……わかった」
他の誰にも聞こえないくらい小さな声で返事をして、アッシュが振り返りざまに立ち上がる。
「ランスロット、お前がやれ」
呆然としていたランスロットが、虚をつかれて「え」と声を漏らした。
リチュエルが、恐る恐るアッシュに自分のナイフを手渡し、アッシュはそれをランスロットに差し出す。
「これはお前が取るべき責任だ」
後ずさるランスロットに引導を渡せと、アッシュが無理矢理ナイフを握らせる。
すっかり血の気の引いた彼は、表情を強張らせたまま血の池で震えるフォッグを見た。
「ランスロット、よく覚えとけ。これがお前の甘さの代償だ」
数十人といるメンバーは固唾を呑み、誰一人としてアッシュの選択に口を出す者はいない。
「そんな……俺は、ただ……」
「早くやれ!」
アッシュが声を荒げた。
ランスロットが震えながらフォッグへと近づいていく。
「お前がやらないと、フォッグはもっと苦しむことになる」
すれ違いざまに、アッシュが耳元で囁いた。
その声は果たして届いたのかはからないまま、ランスロットがフォッグの前に膝をつく。
フォッグが最期に、もう見えていないであろう視線をイーリスに向け、口元だけで微笑んだ。
「あぁぁぁぁぁぁ!」
絶叫に交じるのは、仲間を手にかける恐怖と後悔と──。
ランスロットがナイフを振り上げ、横たわる彼の全てを、文字通り終わらせた。
静まり返った屋敷に、ピアノの音が降り積もる。
ルーヴだ。
皆が思い思いに家族の死を昇華しようと過ごしている中、たまたま彼女にとってその方法がピアノを奏でることだっただけである。
すっかり沈みこんだ皆の心を包み込むように、ピアノの旋律が屋敷中に浸透していく。
仲が良いか良くないかでいえば、明確に良くないと答えるであろうアッシュも、この時ばかりは彼女の音楽に身を委ねることにしていた。この音色が聞こえる間は、悲しむことが許されているような、そんな優しさに満ちているのだ。
しかし、今日に関してはそうゆっくり落ち込んでもいられない。
フォッグの亡骸は現在地下室に運ばれ、リチュエルが生前と同じ姿を保とうと繕ってくれている最中だ。
アッシュは湯あみで血を流し着替えを終えると、髪も乾かす間もなく部屋を出た。向かったのは、三つ隣──ランスロットの部屋だ。ドアをノックするが、返事がない。寝ているのかとドアを開いて中を覗き見るも、彼の姿は見当たらなかった。
おおよその居場所に検討をつけたアッシュはそこへ向かおうと振り返り、困ったように目を細めた。
「あの、わたし、その」
立っていたのは、ルクレツィアだった。今日は早く寝るように伝えていたのだが、彼女のような年の子には、やはり先程の件は衝撃が強かったか。
「寝れない?」
アッシュが聞いた。ルクレツィアはぶんぶんと首を振り否定する。
「……一人は、いや?」
アッシュは極力彼女に対して、イエスかノーかで答えられるように尋ねることにしていた。少しずつ自己主張を覚えてきたとはいえ、まだまだ彼女は自分の意思を伝えることが難しい。問いを二択にすることで、選択の余地を与え、極端に悩まないようにしているのだ。
ルクレツィアはしばらく考えた後、曖昧に首肯した。当たらずも遠からずと言ったところか。
「ツィア、悪いんだけど、今日は」
「違うんです」
「違う?」
色素の薄い赤色の瞳を伏せると、白い睫毛がぱさりと覆い被さる。
今まで持つことが許されなかった自分の意思を、彼女は必死に形にしようと考えているのだ。きゅっとワンピースの裾を両手で握り締め、何度か口を開こうとして。
「ツィア?」
アッシュが名前を呼ぶと、ルクレツィアは顔を上げ──アッシュに思いきり抱き着いた。
突然ことにアッシュが、一瞬思考を止める。
「……ツィア?」
腰の辺りに抱き着いたまま、少女は動かない。震える腕は、彼女が相応に覚悟をした上での行動である証だろう。
アッシュは想定外の出来事にしばし困惑をした後、腰を落とした。
「怖い?」
目線を合わせ、おずおずと顔を上げる少女に再度尋ねる。
「そうじゃ、なくて」
アッシュは何も言わない。
「……こうしなきゃ、だめだって、思ったから」
「こうしなきゃ?」
「アッシュさんが、さびしそうだった、から」
どんな顔をしたらいいのかわからないとはこのことか。
アッシュはルクレツィアの言葉に、咄嗟に表情を作り損ね、目を丸くした。
「それは……誰かに、言われて?」
我ながらいやらしい質問だと思う。
もしかするとリチュエル辺りに言われたのかもしれない。
それを期待したわけではないが、重要なことではあった。
ルクレツィアは目をぎゅっと瞑り、ぶんぶんと首を横に振る。そして、恐る恐る目を開き、上目遣いにアッシュを見上げる。
「わたしが、そうしたいと、思いました」
──彼女は。
「アッシュさんの、力に、なりたくて」
自分だって何も思わなかったわけではないだろうに。
「でも、わたし、何もできないから」
それなのに、自分の為にこうして勇気を振り絞ってやって来たのか。
伝え方もわからないままに、ただその気持ちを伝える為に。
「おかあさんが、むかし、そうしてくれて。あの……」
アッシュは静かに少女を抱き締めた。
「……言っただろ。お前はお前がやりたいと思うことは我慢しなくていいって」
いつかイーリスが自分に言ったことを思い出しながら、アッシュはぎゅうと力を込める。
「……ありがとう」
聞こえるか聞こえないかの本当に小さな声で、アッシュが言った。
少女が彼の腕の中で身じろぎ、顔を上げる。いつになく強い光を宿して、
「わたし、テオドールに、いたいです」
発したのは、あの日遮られた言葉の続きだった。
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