第3話 奇兵隊 vs 機巧兵

 機巧兵が飛んで来た。空に浮かんだ巨影で、小型の丙寅丸はすっぽりと覆われてしまった。


 音の世界マッハの速さで近づかれて、改めてその異様さに、乗組員全員が震え上がった。遠目には分からなかった。『大仏兵器』が両手に掲げていたのは、今彼らの手元にあるミニエー銃や火縄銃の何十倍はあろうかと言う、巨大な重火器だった。あれを輸入するのに、果たして何億円かかるだろうか。迫り来る危機を前に、高杉はぼんやりとそんなことを思っていた。

買おう。

数秒後には、すでに決めていた。たとえ何十億、いや何兆かかろうとも、この新手の『大仏軍艦』を手に入れたい。費用は全額、長州藩に背負わせればいい。そう思った。


「危ない!」

 目をキラキラ輝かせ、少年のように笑う高杉の頭を、山田が慌てて押さえ込んだ。機巧兵の展開した弾幕が、丙寅丸の頭上を束になってかすめ飛んだ。


 海に穴が空いた。海から火の手が上がった。

 そんな印象だった。後に山田は、興奮気味にそう語っている。のちの民間伝承では、この威嚇射撃が瀬戸内海の渦潮の始まりだとさえ言われた。砲煙弾雨の猛攻が、乗組員を震え上がらせた。


 弾幕はたっぷり数分間は続いた。水面が激しく波打ち、夜襲前の静寂は、あっという間に遠い過去の話になってしまった。やがて山田が恐る恐るその顔を上げた時、『大仏軍艦』は、足の裏から煙炎えんえんを上げ元の位置まで戻っていた。その距離、およそ50マイルほど。


「……下がりましたね」


 山田は、自分の声が裏返っているのが分かった。空飛ぶ『大仏軍艦』は静まり返っていたが、その能面のような顔を向け、まだこちらを睨んでいた。今しがた起こったことが信じられなかった。夢でも見ているのか。おとぎ話の中にでも迷い込んでいる気分だった。


「威嚇だったのだろうか」

「逃げますか? 回り込みますか?」


 機関長の田中がかろうじて掠れた声を発した。田中は腰を抜かし、甲板に尻餅をついたままだった。もっとも他の乗組員たちも、田中を笑えるほどの肝は持ち合わせていなかった。ある者は海に飛び込んで逃げ、またある者は気絶したままその場に突っ伏していた。


 そんな中、

「そんな時間は無え」

 高杉晋作がただ一人、船の上ですっくと立ち上がり、


 笑っていた。


「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し」と謳われた幕末の奇才が、「23世紀の巨大ロボット」を不敵な表情で見上げていた。その姿に、船員たちは雷に打たれたような思いだった。皆怯えきっていた。当然である。一瞬で士気を奪われた。想像を遥かに超える巨大兵器。終わることを知らない攻撃の雨。なのに、あんな化け物を前にして、まだ戦う意思があると言うのか。世界広しといえども、この状況で笑っていられるのは、高杉晋作くらいであろう。


「今すぐ大島に飛んで行って、夜が明けないうちに奇襲をかけねばならねえんだ。あの程度に怖気付いていては、攘夷などならんぞ」

「提督」

 船員の一部は最早呆れていた。果たしてと言えるほどの代物なのかは置いといて、高杉は、俄然やる気のようだった。一体彼の何処から、その鬼神のごとき行動力が湧き上がって来るのだろうか。


「高杉さん……」

「だけど……どうやってあんなデカブツを倒すんですか?」

「策ならある。奇策がたっぷり、とな」


 高杉はペロリと舌をなめ、腕をまくった。その腰には安芸国佐伯あきのくにさえき荘藤原しょうふじわらの貞安さだやす。引きずるほどの長刀であった。「奇道を持って虚をつき、敵を制する」、これが奇兵隊の真骨頂である。


「奇兵隊の戦いを見せてやるぜ」


 こうして月夜に照らされた巨神兵と、攘夷に燃える幕末志士の戦いが幕を開けた。

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