第2話 志士との遭遇

 帝国軍の二等兵・ヨハン=君鹿=カターンは、焦っていた。

 ワープ走行を続け、おうし座群ローンベルト宇宙空域を進軍していたはずが、いつの間にか目標地点とは大幅に離れた惑星へと不時着していた。


 宇宙歴653年。

 果ての銀河系で反乱を続けるゲリラ軍を、帝国警備隊として一掃する作戦の最中だった。ヨハンは沖合に機巧兵を停止させ、急いで装備をチェックした。よく晴れた夜だった。波は高くない。操縦席のパノラマスクリーンに、自動整備の結果が続々と表示される。


 帝国軍用機巧兵。

 全長約20メートル。全備重量約60トン。

 出力約745,700kW(100万馬力)。


 全身黒で統一された装甲。暗闇の中で、顔のに当たる部分が赤く輝き、一際異彩を放っている。

 23世紀の中心センター・銀河ユニバースで製造された、最新の二足歩行型・軍事用機巧兵カラクリ・マシーンであった。


 反重力装置アンチグラヴィティ、停止。右機関銃ガトリング、問題なし。左四◯ポンド施条砲ライフル、問題なし。

 その他外装に損傷あり、内部構造に至っては……


「ダメだ……」


 ヨハンは絶句した。

 エネルギー源である、背中側のタンクが破損していた。これでは重力下で飛び回ることはできても、宇宙空間を渡ることはできない。小さくため息を漏らし、金色の長髪を搔き上げる。普段は丸っこい淡いブルーの瞳が、疲れたように細められていた。


「通信兵、応答願います。こちらはヨハン二等兵、機械に損傷あり。直ちに救援を求めます。こちらの現在地は……」


 16Gの通信機器も壊れていた。仕方なく、暗黒物質ダークマターを利用した2世代前の「宇宙Wi-Fi」なるものを使う。必死に言葉を紡ぎながら、ヨハンは途方に暮れる思いだった。化石に近い技術で、果たして本部が救援要請を受信してくれるかどうかは、謎だった。


「こちらの現在地は……」

 言葉に詰まった。ここは……何処だろう。彼は首をひねった。


「地球〜? 何だよそれ、聞いたこともないよ……!」

 かろうじて生きていた辞典ソフトウェアで、自分が不時着した星について調べ、検索する。出てきた検索結果は、全く聞いたこともない惑星だった。

地球。

太陽系第3惑星、しかも『宇宙5万年全辞典』によれば、1866年だという。

ヨハンは目を白黒させた。どうやら光速ワープ中に、時間軸がねじ曲がり、全く見知らぬ星の、聞き知らぬ時代に飛ばされたようだった。彼が今生活している時代空間より、およそ500年ほど前である。過去に戻るとは思いもしなかった。酸素はある。だが銀色の宇宙服ラバースーツを脱ぐわけにはいかない。生物は、かろうじて存在しているようだが、果たして理性や知性が芽生えているかどうか、怪しいところだった。


「とにかく、燃料を探さなきゃ」


 未開拓の惑星の利点は、まだ化石燃料などが荒らされておらず、大量に保存されていることである。ヨハンは前向きに考えることにした。ワープは絶望的だが、装甲に問題はない。なるべくエネルギーは無駄にしたくないが、軽く近場を探索するくらいなら出来そうだった。


「ん? あれは……」


 そんな時だった。目の前のパノラマスクリーンに、暗視カメラが極小の熱源を捉え、映し出された。


 高杉晋作の乗る、丙寅丸である。


 丙寅丸。

 全長約37メートル。全備重量約94トン。

 ただその出力は、ほんの30馬力であった。

 

 写真は残っていない。高杉が英国商人グラバーから独断で購入した。

 のちに長州藩は、億単位の請求に絶句したと言われる。

 アームストロング砲を備えていた。


「撃て」


 しばしの逡巡ののち、高杉は迷いなく言い放った。

 好戦的な性格である。

 異国の船と見れば、問答無用で大砲を打ち込む男だった。たとえ未来の宇宙からの来訪者といえ、目の前に突如現れた機巧兵も、例外ではなかった。のちに高杉は、この日本史上初の『23世紀の巨大ロボット』との戦闘を「黒船の図体を大きくしただけ」、「アメリカかイギリスの新しい軍艦だと思った」と語っている。


 だが部下の山田顕義や、田中光顕の方はそうではなかった。彼らは絶句したまま、しばらく動けなかった。目の前に、丙寅丸の10倍はあろうかという大きさの「新しい軍艦」が出現したのである。これにはど肝を抜かれた。西洋は、日本に比べ一歩も二歩も先を行っているとは思ってはいたが、まさかこれほどとは想像だにしていなかった。田中光顕が維新後、収賄疑惑の批判を浴びて政界を去ったのち、密かに『巨大人型搭乗兵器』の開発に当たったという噂は、あながち見当違いではないだろう。


「撃て!」

「しかし……」


 丙寅丸の備砲は6門である。もともと幕府の軍艦に対しても、沈めるほどの威力はなかった。史実大島口の戦いは、この『巨大ロボ』との戦闘の後に、高杉晋作が奇襲をかけ成功したのだが、その内実も敵機撃退ではなく、威嚇射撃による動揺を誘うものであった。


 丙寅丸は大島口の戦いで、その小ささを生かし、幕府の軍艦の間を高速で走り回り砲撃を浴びせ続けた。その攻撃は軍艦に損傷を与えるようなものではなかった。


 だが幕府軍は、軍艦のボイラー機関を止めていたため対応に遅れ、また闇夜で相手の姿が見えず、てっきり薩摩藩が大群で攻めてきたと思い込み震え上がった。ようやくボイラーが動き出した時には、すでに丙寅丸は久賀村沖を離れ、帰っていくところだった。圧倒的戦力差を誇る幕府相手に対し、奇才・高杉が、心理的勝利を納めた戦いであった。


 その前哨戦となった。


 高杉にせっつかれ、部下たちは慌てて巨大機巧兵に砲弾を浴びせた。もちろん機巧兵は、ビクともしない。打って出た。足元から轟音を吹き出し、ロボットが空を飛んで、丙寅丸に迫ってきたのである。これには搭乗員も、文字通り仰天した。


 ライト兄弟が飛行機を開発したのが1903年である。日本人が、日本初の動力飛行に成功したのは、1910年。明治以降である。そのおよそ半世紀前に、高杉晋作は、空飛ぶ巨大兵器と遭遇していた。


「こいつ……動くぞ!」


 高杉は息を飲んだ。

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