第4話 父の真柏

 父のことが漸く片付いた時のこと。お隣の方とお互いの庭からフェンス越しに話をした。私は、父から受け継いだ庭をどうにかしなくてはいけないと悩んでいた。


「片付けしてるの?盆栽の剪定とかできるの?」

「いや、できるというかこれだけあったらやらないとどうにもならないから。」


 お隣の方は、とても気さくなおじさん。60代くらいかな。ボサボサになった庭はお互い様で、丁度お子さんが来てチェーンソーで庭木を滅多切りにして帰ったばかりだった。スッキリされたご様子。庭の木や草花の名前を聞かれたり、あっちの方が日当たりがいいでしょうと、いろいろと注文が…。


 お隣との堺に、一年前鉢植えから地植えにした真柏がある。


「それはなに?」


と聞かれて目をやると、日陰になっていたため弱っていた。


「このままだと枯れてしまう!」


慌てて鉢植えに戻すことにした。

真柏も忙しい。お隣の方との交流がなかったら今頃は朽ちていたかもしれない。父がいなくなった途端に口うるさく言ってくるおじさんだな、などと思っていたことが少し恥ずかしくなった。


 いざとなって、鉢上げをする時、私の不注意で枝を一本折ってしまった。バチが当たったのだと落胆し、哀れな折れた枝を花瓶にそっと挿した。


それから何ごとも無く日々が過ぎ、ある時ふと目をやると挿した枝の下の方にふわふわとした白いカビのようなものが生えていた。ついにダメかと諦めて花瓶から出して外の棚に置いた。可哀そうなことをした。次の日に、カビた枝は腐らないからコンポストではなく燃えるゴミ行きかなぁと手にしたら。


「おや?」


細いけどしっかりとした白いものが1センチくらい生えている。


「根だ。これ、きっと根っこだ。」


慌ててもう一度花瓶に水を入れて挿した。なんという生命力。真柏は、確かに幹がえぐられても育つしそれが姿にもなると知ってはいたけれど…


「まさか私が生けて根が出るとは!」


びっくりです。

老木になっても、意地だけは人一倍。新しい根を生やし立派に生きようとする真柏に、


「ごめんなさい」


と心の中で謝った。古木になるまで生きられるのだから当たり前なのかもと、後から気が付いた。老練。何故かこんな言葉が頭に浮かんだ。


父も亡くなる寸前まで、まだまだ生きてやるそんな気持ちでいただろうなぁと思う。

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こころの旅と記憶を辿る 短編集 さくらもち @sakuramochi_875

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