第3話 用務員さん

 私が通う小学校には用務員さんがいた。牛乳瓶の底のような分厚いガラスのメガネ。水色のジャージを着ていた。肩から手首にかけて三本のストライプは、紺色。それから、ニット帽。痩せぎすの短髪の白髪混じりのおじさん。花壇の手入れや用具の修復、なんでもこなしていたように思う。見た目は地味で寡黙なイメージだったけど、挨拶をすると柔かな笑顔を傾けてくれた。なんとなく、この人は子供の味方だ、そう思っていた。


 校庭の壇上で演説をする、校長先生や教頭先生。その後ろでコツコツと作業をしてる。毎日会うのが当たり前だった。だからいない日があると、あれ?どうしたんだろうと気になった。


小学6年生になり、卒業を迎えた。今では、卒業式で何をしたかはすっかり忘れてしまっている。ただ植木鉢が沢山並んでそこから芽が出ていたことは未だに印象に残っている。


「皆さん、これは用務員さんが学校の藤棚の種から育ててくださった苗です。」


確かこんなことを担任の先生は、おっしゃっていたように思う。聞いた時はビックリした。藤棚からぶら下がる種欲しさに、よくぴょんぴょん飛びついていた。あの藤が種から芽を出している。皆んなのために、こんなに沢山用意してくれた。いつも寡黙でひたすら作業してる人。こんなに皆んなのことを思っていてくれた。ありがたくて嬉しくてお礼を言いたかったけど姿は見えなかった。一鉢受け取り家に帰った。自分と一緒に成長していく藤。小学校を卒業しても用務員さんが見守ってくれてるようだった。


しかし現実は、父がほとんどお世話をしていた。

呆れた娘だ。


埼玉に引っ越し、社宅から一軒家に住んだ時鉢から地植えにした。なかなか花が咲かずみるみるうちに大きくなり邪魔になった。仕方ない、あちこち剪定して鉢植えに戻した。とても大きな鉢。しかし、やっと花が咲いた。私が25歳を過ぎた頃だった。背景は紺色のビロードの布で、父が写真を撮ってくれた。


ふと、小学校に行ってみたくなった。そうだ、写真を持って行こう!今はどんな先生がいるんだろう。校舎は改築されたのは知ってる。楽しみだった。


 車で行ったのか、電車で行ったのか忘れてしまったけれど。小学校を見て呆然としたのは覚えてる。県道路沿いの小学校。プールは外部から人が侵入できないように高い壁に覆われている。校門の横に小さな鉄格子のドアがある。警備会社のシールが貼られていた。インターホンを押す。どちら様でしょうか、何のご用意でしょうかと…カクカクシカジカ。あまり通じてないようで…中から人が出てきた。今は卒業生でも門の外で立たされん坊。立ち入り禁止。現在の学校の様子をお話ししてくださった。私のことは一応理解はしていただけたようで中へ「どうぞ」と通してもらえた。卒業年を聞かれても答えられない有様で、それでも何とか写真を渡した。校庭を見ると藤棚は場所が移動していた。


「ご覧になりますか?」


と言われ、藤棚の方へ向かった。休みの日だけど何人かは校庭にいた。


「あー人がいるー!」


私はビックリした。ああ、そうか、私が子供の頃も知らない人が入ってくると興味を示したな。当時の面影と言ったら、私が在校していた頃に新しかった建物が残っている。音楽教室や理科室などがあったような…他は立派な多目的教室が沢山ある新しい建物。小学校が子供たちに利用されなくなったら、区の施設として運営するためだ。先程小学校の人は地区に大きなマンションが建って、そこの子供たちが来ているから急遽増築したと話してくれた。藤棚は場所を変えて私を迎えてくれた。あって良かった。まだ大切にされている。私は帰ろうと思い校庭をぐるっと見回してから校門近くまで来た。先程の方に声をかけ外へ出た。


「さようなら。」


そう思って、背中を向けた。

小学校の隣りにある高校との間の道を歩いた。


あの頃の先生がいる訳じゃなし、写真渡したの迷惑だったかな。


商店街を歩いた。同級生の生魚店があった。今も営んでいる。受け継いだのかな、しっかりした子だったなぁ。と、よく考えたら、中学の同級生だ。


年齢は、用務員さんに近づいているけれど…



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