第3話 約束
「…准ちゃん…」
「ごめん、こんな時間に」
「あ、それは良いんだけど…」
「咲羽、俺たち、やり直せない?」
「准ちゃん…」
「絶対大事にする。頼む。もう一回付き合って。もう受験もお互い上手く行ったし、咲羽とは幸せになれると思うんだ」
そう言うと、准平は、咲羽を抱きしめた。その次、止まる事も知らず、キスをしようとした。
すると、准平の右頬に一応殴ったとみられる、ヨワヨワパンチが炸裂した。
「光…!」
「何すんだよ」
殴られたのか、よくわからないけれど、准平は立ったままくるっと振り返り、光を殴った。
これは本当に痛い奴。
二人には、誰にも言えない秘密があった。
それは、お互い…、
五歳の時、二人は一つ約束をした。
みんながグランドでドッジボールをしている時、光は貧血で倒れた。その付き添いで、咲羽も保健室で光の回復を待っていると、
光が、光を放って、嘘みたいに輝いた。
男の中の男になった瞬間だった。
その先、小学校でも、中学校でも、高校生になっても、あんな光は、咲羽も初めてだった。
ベッドに寝ていた光が半分体を起こすと、咲羽もまさかと思った。
「さーちゃん、僕のコイビトになってくれる?」
ヘロヘロの光が、男らしさなんて何処にもなかった光が、咲羽に告白したのだ。
咲羽は、顔を真っ赤にしたが、すぐOKとは言わなかった。
「高校生になって、今よりずっと強くなって泣き虫じゃなくなったらね。それから、光の気持ちが変わってなかったら、卒業式の放課後、午後六時ぴったりに告白しに来てくれたら、光を好きになってあげる。ただし、何があっても、六時ぴったりだよ?」
「本当!?」
咲羽の告白の答えの真意は、光は幼稚園の光が高校まで自分を好きでいてくれたら…。
光がコイビトになって、という気持ちが変わらなかったら…。
咲羽は、五歳ながら、将来を冷静に考えていたこと。どこまでもしっかりした咲羽に、「光は高校生まで待て」と言う咲羽の曖昧な返事に、少し困惑した。
けれど、「分かった!絶対告白するよ!」
この時が光の一番男らしかった瞬間だったかも知れない。
そうして、高三の卒業式、誰もいなくなった教室で、光は五歳の自分を思い出し、きっと、恐らく、多分、もしかしたら、咲羽と両思いかもしれない…。そんな希望に心がドキドキで死にそうだった。
そして、六時十五分前、光は教室を出た。
しかし、思いもよらない邪魔が入った。
玄関に集まったのは、光の信者だった。
「光君!第二ボタン頂戴!」
「何それ!あたしがもらうぅ!」
「あ…の…」
「じゃあ、三番ボタンでもいい!」
約束した時間が刻一刻迫っている。
「みんな。、嬉しいんだけど、僕、好きな人がいるんだ」
「え―――!!!」
「誰ー!?」
「あ…とあの…さ…」
言おうとして、咄嗟に口を継ぐんだ。
そんな一触即発な女子達に、「さーちゃん」と答えれば、最終的に、咲羽がひどい目に合うかも知れない。
「みんな、ごめん!!」
と叫ぶと、光はボロボロになった制服を脱ぎ捨て、約束の二分後に何とか女子を振り切った。
「さー!…ちゃん?」
「良いよ。でも浮気したらすぐ別れるから」
「ありがとう。もうしない。絶対しない」
「…」
光は、愕然とした。ほんの二分の遅れで、咲羽は…さーちゃんは、僕の特等席、咲羽の後ろ三十メートルの居場所を失ってしまった。
「さーちゃん…」
二度目の告白をOKしてくれた咲羽とまた一緒に歩く准平の二人は、また咲羽と付き合えるとなった笑顔の准平と、なのに、それに似合わない少し青ざめた顔で准平の二メートルくらい後ろを歩いていた咲羽。
「さーちゃーん!!!」
光は玄関へ行こうとする咲羽に大声で咲羽の名前を呼んだ。
追いかけようとした光に、立ちはだかったのは、准平だった。
「天童、俺、今咲羽に告白して付き合う事になったんだ。幼馴染ってだけで勝手にさーちゃんて言うのやめろよ」
「さーちゃん…」
「…」
咲羽は、准平の隣で顔を隠していたけれど、ゆっくり顔を上げると、咲羽は涙目だった。
「優しくして、優しくして…優しくしまくって…約束も果たせない奴…大っ嫌い!!」
「待ってよ!さーちゃん!」
准平の手を握ったまま、光の特等席より近い距離で、咲羽は逃げるように光の視界から姿を消した。
「さーちゃん…」
そして、光はやっぱり、泣くのだった。
「咲羽、約束って?」
「…くだらない約束だよ。只、信じてたかった約束だったんだけどな…」
そう言うと、咲羽はぽろぽろ涙をこぼした。
「咲羽?大丈夫か?」
「…ごめん…今日は帰るね…」
「咲羽!」
准平の静止を振り切って、咲羽は猛ダッシュで家に帰った。
(バカバカバカバカバカ!!!!光のバカ!!!)
只々、涙が止まらない咲羽は、部屋にこもった。
それは、光が約束に遅れたわけじゃない。
准平にまた付き合う事になった、と本当は知られたくない唯一無二の光に聞かれたことだ。
口では光を突き放す咲羽は、年々格好よくなってゆく光の魅力に、あの約束は、光をずっと、ずっと、咲羽を好きでいさせると言う、束縛の一種だった。
そんな風に自分がいつも余裕があるふりをしていながら、光がいつ、何のきっかけで、どんな風に、誰かを好きになるのか、本当に苦しかったのは咲羽の方だった。
それでも、高校生になっても、さーちゃんを連発する光に、あの約束はきっと果たされる…そう信じていた。
けれど、約束の時間をたった二分遅れただけで、光への当てつけのように、准平の告白をOKしてしまった。
後悔が襲った。
十三年の恋は終わった―――…。
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