第2話 恋敵現る

「はぁ…」

光がため息をついた。

「重かった…」



咲羽の後ろで重い重い袋を玄関口に置くと、


「さーちゃん、一緒にゆっくり歩いてくれてありがとう」

「別に。これがあたしのペース」

「嘘だ。さーちゃん優しいから、合わせてくれてるの、分かるよ」


(優しいのはどっちだか…)


「じゃあ、さーちゃん、また明日ね」

「うん。お疲れ」


と、それぞれ玄関に入ろうとして、光は一袋ずつ丁寧に家の中まで運んでいる。

その姿に微笑ましい気分になった…。その一秒後、咲羽が、毎日言っている言葉を、言い忘れていたのを思い出した。


「光!言っとくけど、あたしの事、て学校で絶対言わないでよ」

「あぁ…うん。でも…」

「でも…何?あんたはそんなに大ごとだと思ってないかも知れないけど、あんたがあたしの事と呼んだ瞬間、サメがうようよいる海に裸で放り投げられるはめになるんだからね!」

「う、うん…でもやりにくいよ…」

「じゃあ、光はあたしの靴に画びょう山ほど入れられても良いんだ?トイレで頭から水ぶっかけられても良いんだ?誰に話しかけても無視されて友達一人もいなくなっても良いんだ?それでも”さーちゃん”て呼べるんだ?」

「う…はい。絶対呼びません!」

「よし。じゃあね。お休み」



こんな風に毎日言わなければ、光は約束を一日で忘れる。だから、登下校時、一緒に帰るのだ。



次の日

咲羽は毎朝、光を玄関で待つが、光が出てくると、さっさと得意の早足で、二、三十メートル先を歩く。



光は、咲羽に追いつけない。



追いついちゃいけない。



校門で、咲羽と合流するのは、三上准平みかみじゅんぺい。中学三年生から付き合っている。生徒会で、仲よしになった。卒業式の時、准平から告白し、咲羽がそれを受け入れた…。というのが、二人が付き合いだしたきっかけだ。




「准ちゃん、おはよ!」

「おっす、咲羽。今日遅くない?」

「お察しの通り寝坊しました(笑)」

「やっぱな!」

「あはは」



会えば、すぐ冗談を言ったり、手を繋いだり…。



その姿を高1から見ていた光。



胸が、潰れそうに痛い。

そのことに、光は徐々に自覚し始めた。


痛いのは何故なんだ。

苦しいのは何故なんだ。



学校で”さーちゃん”と呼ばせないのは、本当に女子にハブられるのが怖いだけなのだろうか…。


答えは、分かってる。


本当は准平に誤解されたくないからなんだ…。



(あ――――…これ、さーちゃんに言っちゃダメなやつだ)


中三の時、光の胸に小さな腫れ物が出来た。

咲羽が、准平と付き合いだした、その事を知った瞬間、腫れ物の根は、心の裏側に隠れて、どんどん大きくなって光を雁字搦がんじがらめにした。



今じゃ、まるで鉛の塊を背負って…。心にダーツの針が刺さって…。



その塊と痛みは、只、一緒に登下校する時だけ、ちょっと心が反応する。





『奪ってしまえばいい』




そして、我に返り、汚いやり方で奪い取った恋に愛はない。


そう言い聞かせる。


(さーちゃんは、そう言うの、絶対嫌がる子だ。絶対…そんなの絶対嫌だ)


どんなに咲羽が好きでも、嘘や、出鱈目で築かれた罠で、手に入れようとした時、咲羽に見抜かれたが最後。もう、二人で登下校も出来ない。幼馴染の称号も消えてなくなる。




そんな時、ある噂が飛び交った。

咲羽と准平が別れたと言うのだ。



「さー…村山さん、ちょっと聞きたいことあるから、屋上に来てもらっていい?」

〔何?もしかして光君村山さんの事好きとか!?〕

〔えー…私たちのじゃないじゃんね?〕

女子達の囁き声が反応が咲羽を不快にさせた。


〔もう…多分だろうけど、放課後まで待っていられないの?光のアホ〕


屋上に咲羽を連れだした光は、何も躊躇もなく、聞きたかったことを前置きもなく咲羽に聴いた。

「さーちゃん、三上君と別れたって本当?」

「うん。本当」

「なんで?」

「んー…お互い受験生だし、勉強に集中したいって言ったら、良いって言うから」

「…それだけ?」

「うん。それだけ」

「そ…か…。さーちゃんが酷い事されたとか、そうじゃないんだ…。良かった…」

「…」

(自分の気持ちより私の事気にしてくれてたんだ…。もう本当に笑ちゃう)


強い風が吹いた。

咲羽の涙も連れて。


咲羽は、どんなに速い足取りでも、光の目が咲羽をはっきり把握できる速さで歩く。

そして、それを、もうと呼べない時が来たら、何か大きなものが崩れ落ちる。


光には、それが分かっている。それだけは分かっている。


分かっているのに、時々、無性に咲羽を彼女に位置付ける、そんな妄想をする。




元気で、笑った顔が可愛くて、僕の親より僕を知ってくれている…そんな姿さえ勝手に確信している。



一年一年子供から大人に育ってゆく中、咲羽は、どんどん見ためも、心も、普通に違っていった。他人と一緒に育っていった。


なのに、光は、顔が良いのと、小さなころから背が高くて、小学校に入学して、人気は、爆発し、一気に光のモテモテ街道一直線。


咲羽は、そんな事気にする様子もなく、光に厳しくも優しい、光のファンたちに気付かれないよに、いつでも見で味方でいてくれた。




『あんたはもう、色々大事な人がいっぱいいるから、それを裏切っちゃいけない』


そんな女子達にさえ気を使っていた咲羽。

そんな咲羽に、幼馴染としてではなく、多分、特別な女の子として見るようになったら、胸の痛みは計り知れない。



だって、光は泣き虫で、気が弱くて、体もへろへろで、学力も咲羽の様にはいかなかった。


だって咲羽は、明るくて、元気で、女子からも男子からも、そして、博学でもあったため、先生にまで、高評価だった。



だから、知っている。だから、分かっている。



咲羽は光の事をまるっきり幼馴染としか思っていない。



さーちゃんと一緒に居た時間は、誰より多いのに、さーちゃんと誰より近いのは僕なのに…。




高校最後の日、卒業式の後、人気者のさーちゃんに告白した人はたくさんいた。



そして、咲羽は、告白の嵐から逃れて、と思い、帰ろうとしたら、



「さーちゃん」



その声に、咲羽は慌てて振り返った。



「ひ…!」




「…准ちゃん…」



非常にか細い声で、准平の名を呟いた。

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