第23話

「ううん、早く会いたかった。早くお話したい。だから、私も、子供みたいに走っていきたいくらいよ」

 手を前に出すと、一度離れたエミリーの手が私の手をつかんだ。

「じゃぁ、行きましょう!」

「ええ!」

 手をつないで、あづまやに走って向かう。

 貴族令嬢が走るなんてみっともない。貴族令息が女性の手を引っ張るなんてマナー違反だ。

 だけど、そんなことをいう人は誰もいない。

 私とエミリー、二人だけの秘密だもの。

 あづまやに着くと、二人で横並びに座った。

「リリー会いたかったわ。ああ、色々話したいことがあったんだけれど、でも、まず最初に言わせて」

 エミリーがすぐ横で私の顔を見て興奮気味に声を上げる。

「そのドレス、なんて素敵なの!きゅんです、きゅんっ!ああ、もう、オレンジ色のドレスなんて見たくもないなんて思っていた私の馬鹿って感じよ!リリー、とっても素敵!これを何て表現すればいいのかしら?リリーの肌の色に、濃すぎず薄すぎない、ちょうどいいオレンジの色、それに」

 次々と出てくるエミリーのドレスを褒める言葉に、嬉しくなる。

「ありがとうエミリー。ふふ、スカートの下の方のフワフワ、かわいいでしょ?こうして座って話せば、フワフワでフリフリが目に入るようにと、仕立屋にお願いしたの。前のようにフリルをたくさんつけると悪目立ちすると行けないから付けられなかったんだけど。でも、エミリーにかわいい物見せたくて」

「私のために?嬉しいわ。嬉しい。本当にかわいい。オーガンジーが重なっているのがラナンキュラスみたいね」

「え?ラナンキュラス?」

 言われてスカートを見下ろしてみれば、確かに座って円状に広がったスカートは花のようで、幾重にも重ねたオーガンジーの優しい色は、ラナンキュラスの花のような柔らかさがある。

「私、さっき、エミリーを見たときにラナンキュラスみたいって持ったの。垣根の隙間からのぞいたエミリーの顔が、ラナンキュラスの花みたいだって思って」

 エミリーが私の言葉に、ぱぁっとまさに満開の花のような美しい表情を浮かべる。

「まぁ、本当?嬉しい。私、花に例えられたのなんて初めてよ!感激!」

 感極まり、エミリーが両手で私の手を握った。

「そうなの?エミリーのオレンジ色の髪は、とても美しくて花の色のようなのに……」

 光の加減で、黄色っぽくも見える。美しい色だ。よく手入れもされているのだろう。つややかだし、ふわりと柔らかそう。

「ああ、もう、リリー好き、大好き!嬉しくて泣きそうよ!そうね、私の髪の毛を褒めるときって、みぃーんな口をそろえたようにライオンのたてがみのようだとか言うのよ!」

 エミリーがちょっとぷんぷんとむくれたように頬を膨らます。かわいい。

「百獣の王であるライオンのような髪ですって。失礼しちゃうでしょ?私のどこがライオンなのよ!がおーっ!って噛みついてやろうかと思ったわよっ!」

「くすくす。エミリーに噛みつかれても喜んじゃうんじゃない?」

「あら?リリーは私に?みつかれたいのかしら?」

「え?」

 ビックリして目が丸くなる。

「やだ、リリーを傷つけるようなこと私がするわけないじゃない。ねぇ、それよりも……ラナンキュラスの花言葉知っているかしら?」

「確か花の色によって違うのよね。白は純潔、紫は幸福、オレンジは……」

 そこで言葉が止まった。

 エミリーが私の止めた言葉先を口にする。

「秘密主義」

 そう。オレンジ色のラナンキュラスの花言葉は「秘密主義」だ。

「ふふふ、私たちにピッタリよね。秘密を抱え、そして、こうして二人で秘密の逢引をしているんだもの」

「逢引っ?」

 逢引って言葉って、愛し合う男女が合うって意味だったんじゃ……。

 真っ赤になると、エミリーが楽しそうに笑った。

「他の人が見たら、きっとそう思うでしょうねって、いうことよ。リリー。本当は、女子会なのにね」

「あ、そうね。うん、そうだわ。他の人が見れば、秘密の逢引に見えるわね……特に、今日は迷路の奥が垣根でふさがれていて、ここは本当に秘密の場所のようになっていたもの」

 エミリーがぺろっといたずらっ子のように下を出した。

「あれ、私がやったのよ。ロイホール夫人にお願いしたの」

「え、エミリーが?」

 エミリーが恥ずかしそうに頬っぺたを両手で挟んでもじもじっとする。

「だって、この間は他の人の邪魔が入っちゃったでしょう?私ね、もっとリリーとお話したかったの。だから、今日は邪魔者が来ないようにと……」

 そうだったんだ!

 あの垣根……。私とエミリーの仲を引き裂くような壁のように見えて悲しくなってしまったけれど、本当はエミリーがもっと仲良くなりたいと設置したものだったなんて……。

「ありがとう。私も、もっとエミリーとおしゃべりしたかったから、嬉しい」

 事実を知ってしまうと、あの垣根は、私たちの秘密を守ってくれる鎧のように感じるから不思議だ。

「ねぇ、リリー、今日のドレス、本当に素敵よ。この花の形の飾りが何より素晴らしいわ。最近になって社交界で噂になり始めたものかしら?」

 エミリーがコサージュに目を止めた。

「噂に?ごめんなさい、私、社交界の話にはうとくて。そんなに広まっているの?エミリーは情報通ね」

「そこまではまだ広がってないんじゃないかしら?だけれど人一倍流行に敏感な母……いえ、王妃様が気にし始めたみたいよ?」

 ああ、仕立屋は王室御用達だからブーケ・ド・コサージュの売り込みをしてるのかしら?そうね。王妃様が身に着け始めればすぐに広がっていくでしょうね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る