第18話

 とはいえ、エミリオ―ルとか、エミリオロスとか、イニシャルがEはきっと同じよね?

 何色で刺繍しようかな。ふと、エミリーの瞳の色が浮かんだ。よし。瞳の色と同じ色で刺繍しよう。

 もし、エミリーいや、エミリオが違う名前でイニシャルがEじゃなかったとしても、瞳の色まで違うことはないんだから。

 ふんふんふふーんと、鼻歌交じりに刺繍とレース編みを続ける。

 この、少しずつ出来上がっていって、出来上がっていく部分が次第に増えて行く、ああ、なんだろう。すごくこう、この楽しみをなんと表現すればいのか。

 

 待ちに待った、舞踏会の日が来た。

「じゃぁ、リリー、無理しないように」

 今日は2台の馬車でお兄様とは別に公爵邸を出発する。公爵令嬢だとなるべくバレない計画だ。

 お兄様は、エカテリーゼ様のお屋敷に寄ってから会場に向かうため、私よりも前に屋敷を出ている。

「行ってまいりますわ、お父様」

 エミリーに会える嬉しさで、ずっとソワソワしている。

「……大丈夫かい?緊張しているのかい?会場まで付き添おうか?」

 いや、このソワソワは、緊張から来るものじゃなくてと説明することもできずにただ首を横に振ってお父様の申し出を断る。

 馬車は、少し遠回りしてロイホール公爵家へと向かった。

 ガタゴト揺れる馬車の中。ただ、ひたすらエミリーと会えることが嬉しい。

 オレンジ色の新しいドレス。エミリーは見たらなんというだろう。

 胸元には、フリルでもリボンでもなく、仕立屋が新しく作り始めた布の花で飾られている。

 拳ほどの大きさの濃淡で差があるオレンジの花が襟元をぐるりと囲むように付けられている。

 さらに、飾り気のないスカートの上部と、フワフワとしたかわいいスカートの下部との切り返しの部分にも、左右に起きなりぼんのついた花のブーケ・ド・コサージュが付けられている。

 会場に入ると、奥の方に人が集まっている場所があった。

 中心にいるのは、エカテリーゼ様だ。

 婚約者であるお兄様が隣にいて、反対側の隣に男性が一人、後ろに男性が3人。

 そして、その周りに10名ほどの女性が集まっていた。

 エカテリーゼ様は人気があるのね。

 それとも寂しくないように集まってあげているのかしら?

 いえ、違うわよね。ここは独身男女の出会いの場ですから。

 婚約者のいる者は、恋の橋渡し役として参加しているわけで。エカテリーゼ様は積極的に女性と男性の橋渡しをしているのかな。

「あ」

 人が割れて、エカテリーゼ様のドレスが目に入る。

 オレンジ色のドレスに、少し色の薄いオレンジ色のブーケ・ド・コサージュが左肩の少し下あたりに付けられている。

 あれは、お兄様がプレゼントしたものね。早速使っているんだ。

 何度か、コサージュに手を伸ばして視線を向けたりして、女性たちと話をしている。

 もしかすると、お兄様に贈っていただいたんですわとか、のろけているのだろうか。

 あ、せっかくだったら、お兄様に小さな男性用のコサージュをプレゼントすればよかったわ。そうしたら、婚約者と対で使うということが早く広まったかも。

 エカテリーゼ様が、顔を上げた瞬間、会場の入り口付近に立っていた私を見た。

 ちょっとキツイ目を向けると、すぐに目の前の女性たちに視線を戻して談笑を続ける。

 えーっと、公爵令嬢だと知られたくないので、知らん顔してくださるのは助かりますが、何か怒らせました?

 まさか……。お兄様のエスコートを断ったことが逆に怒らせる原因じゃないですよね?

「私を心の狭い人間だと思っているの?失礼しちゃうわ」とか思われていたりして?「将来の妹のためですもの、寂しくても我慢しますのに」とか思っています?とにかく、何か誤解があるのなら、そのうちちゃんと解きたい。男性アレルギーのことを黙っていたままではなかなか難しい部分もあるけれど。

「素敵ね。見違えたわ」

 突然声をかけられ、視線を向けると鮮やかな濃い青のドレス姿のローレル様がいた。

 後ろに立つぽちゃっとした二人は相変わらずオレンジ色のドレスだ。

「ローレル様こそ素敵ですわ!すらりと背が高くて、細身で引き締まった青いドレスがとてもよくお似合いです」

 細いけれど胸は大きいというとても素晴らしいスタイルをしている。

 こげ茶色の髪と眉、はっきりした顔立ちに、はっきりした色のドレスは本当によく似合っている。オレンジ色のドレスを着ていたときも魅力的だったけれど、その何倍もローレル様の美しさが際立つ。

「ありがとう。貴方に言われて、親を説得したのよ。オレンジ色で埋没するよりも、他の人と違う色にして目だった方が殿下の目に留まるかもしれないと。そうしたら、折れてくれたわ。ああ、もちろん今度こそ殿下と親しくなってくるのよ!と念はしっかりおされましたけれどね」

 ローレル様が私の胸元に視線を落とした。

「あら、それ……最近話題の布で作った薔薇ですわね」

 話題?

 仕立屋さんは色々な家に出入りしているから、すでに他の家にも売り込んでいるのかしら?

 だとしたら嬉しいかも。一刻も早く男性用が定着してほしい。エミリーが持っていても不審がられないよに。

「ですが、少し話題のものと違うようですね」

 え?違う?そもそもどういうものが話題になっているんだろう?

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