第16話

「リリーシャンヌ様、是非、是非とも、流行らせましょう!いいえ、一時の流行で終わらぬよう、伝統として定着させましょう!ドレスのデザインを手軽に変えられるというだけでも、ブーケ・ド・コサージュのアイデアは素晴らしいのに。恋愛のアイテムとして用いるなんて……きっと、リリーシャンヌ様のお名前はファッション界にいつまでも残ることになるでしょう!」

 なんだか大げさですけど。

 名前が残る残らないはどうでもいいけれど、どうやらこれでエミリーがブーケ・ド・コサージュを持っているのが見つかっても取り上げられたり怪しまれたりしないようになりそうです。

 女性から告白されて、もらいましたと。無下に捨てるわけにもいかないとかなんとか言ってしまっておこうみたいな。

 モテモテの優しい男性のふりをして、集めたブーケ・ド・コサージュを、夜な夜な「きゃーかわいいわ!癒されるぅ」と眺める。

 そんな姿を見てニマニマしてしまった。

「嬉しそうな顔をされていらっしゃいますね。お任せください!私がきっとリリーシャンヌ様の名を広めます!」

 デザイナーがどんっと胸を叩いた。

 いや、勘違いされてしまったようですけど。名前は、広げなくてもいいですよ?

 一通り話が終わったころ、トントントンとドアが叩かれた。

「リリー、仕立屋が来ていると聞いたのだが、ちょっといいかな」

「どうぞ、お兄様」

 どうしたんだろう?

 許可を出すとすぐにお兄様が入って来た。

「エカテリーゼに贈るドレスのことなんだが……」

 私がエスコートにお兄様をお借りしたときの埋め合わせのドレスね。3日前に私のドレスの打ち合わせの前に、注文しましたよね?

 すでに、エカテリーゼ様にドレスを送るのは何度めかなので、採寸などしなくても仕立屋にサイズの記録もあるし。あとは流行を取り入れお任せでと、ざっくりと注文したはずでは?

「1着しか贈ってくださらないの?あんなに寂しかったのにと、言われてしまってね」

 あんなにって、会場についたらすぐにお兄様はエカテリーゼ様のもとにすっ飛んで行ったけれど……ね?

「ほら、ここで機嫌を損ねると、リリーのエスコートが出来なくなってしまうだろう?」

「ああ、それなら大丈夫ですわよお兄様。会場の様子も分かりましたし、次回からはエスコートは必要ありません。いつものようにエカテリーゼ様のエスコートをしてあげてください」

 私の言葉に、明らかにお兄様はほっとしたように息を吐きだした。

 お兄様はよほどエカテリーゼ様のことが好きなのか、ご機嫌を損ねることをとても恐れている。

 お父様が家督を譲り、お兄様が公爵となり、エカテリーゼ様が公爵夫人となった時のことを想像する。

 お兄様が何と言おうと、エカテリーゼ様が私のことを疎ましく思うようなことがあれば、どのような生活になるか全く分からない。

 決して悪い方ではないのですが……。

 寂しがり屋で、構って欲しい思いがとても強い方のようで。私がアレルギーが出てしまい体調を崩した時に「注目されたくて仮病を使っているのではなくて?元気そうなのに、突然それほど体調が悪くなるものなの?」と睨まれたことがありました。

 確かに、あの時はエカテリーゼ様の結婚式に着るドレスはどのようなものを用意しようかというお話をしていた時だったでしょうか。

 エカテリーゼ様の話を中断させることになってしまって申し訳なかったけれど、仮病と言われたのは少しショックでした。

 まぁ、お父様もお兄様も事情を知っていて、仮病だとは全く思っていませんでしたが。エカテリーゼ様にはまだ私のアレルギーのことは話していないため、不信に思うのも仕方がないと、特に何も言わずにその場は終わりました。

 悪い方ではないので、私のアレルギーのことを知れば、仮病などとは言わなくなるとは思うんですが……。

「そうか。だったら、エスコートができないなどということは二度はないから安心してほしいと伝えるよ。だけど、もうすでに追加でドレスをもらえると思っているかもしれないな……」

 お兄様の視線が、机の上に置いてある数種類のブーケ・ド・コサージュに向いた。

「これは?」

 デザイナーがデザイン画を見せながらお兄様に説明を始めた。

 ドレスに、コサージュを付け替えることによって色々なデザインに変化して見えると。

「これはいい!すぐにこれをもらえるか?オレンジ色のドレスならば、エカテリーゼも持っていたはずだ。すぐに使えるだろう」

 お兄様がコサージュを一つ手に取る。

「それは、リリーシャンヌ様の……」

 デザイナーさんが慌ててお兄様へと止めようとしたけど、口をはさむ。

「お兄様、試作品ですけどよろしいんですか?後ほどきちんと品をお届けしてもらうこともできますが」

「いや、早い方がいい。代金はあとで請求してくれ」

 兄が5つほどのコサージュを手に部屋を出て行った。

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