第15話

「私たちデザインをする人間は、色々とデザインを考えますが、実際形になるものはほんの少しなのです。ですが、ベースのドレスに、色々付け替えて楽しむことができるのであれば、たくさんのデザインを形にすることができます……はぁー、なんて素敵なことでしょう」

 そうか。

 デザイン画の横に書かれた飾りを見る。次々とアイデアが生み出されていく。ドレスだけならば、この素敵なデザインの一つしかドレスにならないのか。確かにもったいない。

「胸元を飾る花束……ブーケ・ド・コサージュ」

 ふと思いついた外国の言葉を口にする。

「まぁ、まぁ、素敵ですわ。流石リリーシャンヌ様です。ブーケ・ド・コサージュ!ドレスを傷めないよう、数か所を糸で縫いとめるだけで付けられるように工夫をしましょう。ボタンやマチ針のようなもので糸がなくても付け替えができればなおいいのですが……ああ、腕がなりますわ。ちょうどいいことに、今は空前のオレンジ色のドレスブームですもの。ブーケ・ド・コサージュもオレンジ色に合うものをたくさん作れば売れ残ることもないでしょう……ありがとうございますリリーシャンヌ様。ああ、本当に、感謝いたします。流石ですわ。ファッションリーダーと言われていたお母様に負けず劣らず、ファッションリーダーとして今後の社交界を引っ張っていくこと間違いないでしょう!」

 お父様が満足そうな顔をしてデザイナーと握手している。

「もちろんですよ。今までは舞踏会に顔を出す機会もなく、ファッションリーダーとなれなかっただけで」

 ……いいえ、お父様、昨日の舞踏会ではファッションリーダーになれるような感じはみじんもありませんでしたけど……。

 それに、目立ちたくないと言いましたよね?


 わずか3日後に仕立屋から連絡があった。

「ドレスのはまだですが、先にお見せしようと思いまして」

 と、布で作った花束のような飾りと、フリルがたっぷり使ってある飾りと、大きなリボンを用いた飾りなど、ブーケ・ド・コサージュをいくつも持って来た。

「まぁ、どれも素敵ね!」

「ありがとうございます!それから、こちらをご覧ください。

 コサージュを裏返して、金属の部品を見せる。

「これは、ブローチとマチ針を改造して作った、安全に止められる針です」

 と教えられたのはなるほど。ブローチのように針で布に固定できるけれど、マチ針の頭のように針の部分が丸出しにならないような工夫がされているのか。これならば、すぐにつけはずしができるのね。

「ねぇ、大きな飾りも素敵ですが、小さなものもセットにできないかしら?」

 デザイナーが大きく頷いた。

「ええ、もちろんです。大きなものと小さなものを組み合わせて好きな位置に配置して楽しむこともできます!」

 どんっと胸を張った。

「いえ、その、そうじゃなくて……男性が付けられるような」

 と、思わず口にしてしまう。

 エミリーのことが頭に浮かんだのは間違いない。だって、かわいいものを身に着けることが流行すればエミリーだって両親に不審がられずただの流行として身につけられるんじゃないかと……。

「まあ、素敵なアイデアですわね!」

 デザイナーの顔がぱぁっと輝いた。

「婚約者同志やご夫婦で、対になるブーケ・ド・コサージュを身に着けるなんて、本当に素敵ですわね!」

 なるほど。そういう理由であれば、男性が女性っぽい花の飾りを身に着けていたとしても不思議ではない。

 これは、エミリーが持っていても怪しまれないのでは?いや、まって!婚約者がいないのに持っていたら逆に怪しい。

 えーっと、何か他に、エミリーが持っていても怪しまれない理由が必要。

 そうだ!

「婚約者同志が身に着けるということがあるなら、それにあこがれるパートナーがいない人も出てきますよね?でしたら、女性から男性へと贈るのはどうでしょうか。告白の意味を込めて」

 貴族の間でも、家の格が釣り合えばそれなりに自由に恋愛することもある。親が幼い時に婚約者を決めてしまうことばかりではない。

 というか、家を継ぐとかどこかの家とつながりを持ちたいとかそういうことがない者は恋愛結婚も多い。次男三男以下や、子爵令嬢や男爵令嬢は、舞踏会や学園で相手を見つけて来い!と親が言って送り出すこともあるくらいだ。

「リリーシャンヌ様、なんてロマンチックなのでしょう。ああ、学園で卒業パーティーに私と踊ってくださいと自分とついになるブーケ・ド・コサージュを贈るのですね。胸元に男性がつけてくれるかどうか、ドキドキしながら当日を待つ。本当に、素敵」

 デザイナーがうっとりと目を閉じる。学園時代を思い出しているのだろうか。

 ちなみに、彼女は男爵令嬢だ。貴族の女性の働く場として多いのは上位貴族の侍女や王宮での侍女だ。しかし才能を生かして、貴族との取引のある商家で働くこともある。舞踏会の流行を押さえるにも、実際に出入りできる立場である貴族の方が有利であり、彼女の働く仕立屋は国の中でもトップに君臨し続けている。

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