第8話

「両親は警戒しちゃって、少しでも女の子っぽいことは絶対させてくれないから……あーあ。かわいい部屋に住みたい」

「あーあ、男の人がいない家に住みたい」

 私も、エミリーを真似してつぶやいてみた。

「ふふふ」

 エミリーから笑いが漏れた。

「ふふふふふ」

 私も思わず笑ってしまった。

 こうして、秘密を共有できる友達がいるなんて。隠しごとせずに本心で話せるお友達ができるなんて。

 ざわざわと人の話し声が近づいてくるのが耳に届いた。

 私もエミリーもすぐに口を閉じた。

「また、会いたいわ」

 エミリーの言葉に頷く。

「だけれど……家に招くわけにも、貴方のお家に行くわけにもいかないと思うの……」

 エミリーの言葉に再度頷く。

 腐っても公爵令嬢だ。

 いや、男爵令嬢だったとしても一緒だ。

 いくらエミリーは心が女性と言っても、世間は知らない。言うわけにもいかないし、言っても理解してもらえるかどうかも分からない。

 男が女の家を、女が男に家を理由もなく尋ねて行けるのは、婚約者か子供のうちだけだ。

 兄の友達ということで来てもらうことは……と、一瞬考えたけれどダメだ。

 兄に事情を説明する必要が出てくる。お姉さん以外は理解者は一人もいないと言っていた。きっと、周りの人に知られないように細心の注意を払って生活していたのだろう。私がペラペラ人にしゃべるわけにはいかない。

「来月も、きっと舞踏会はあるわ。叔母……あ、……ロイホール公爵夫人は、定期的にお舞踏会を開催しているもの。来月……またここで会えないかしら?」

 来月もここで?

「ええ、もちろんよ。来るわ。来月も、ここに。約束する。……あ、そうだ」

 スカートの隠しポケットからハンカチを取り出す。

 細い糸で細かく編んだ美しいレースが周りを彩っているハンカチだ。レースは購入したものだが、ハンカチに施してある花の刺繍は私がしたものだ。

 亡くなるまでに母親に教えてもらった刺繍。刺繍をしている時は母を思い出す時間なので好きなんだ。

「これ、もらって」

「え?」

 エミリーが驚いた顔をしている。

「レースやフリルのついた天蓋やベッドカバーも無理だけど、ハンカチなら持っていられるでしょう?かわいいものに囲まれるのは無理でも、ちょっとだけね。ほら、お腹いっぱいお菓子は食べられなくても、一口でもお菓子が食べられれば幸せになれるみたいな?」

 私の言葉にエミリーが笑った。

「分かるわ。うん、お菓子、一口でいいから食べたいって思うもの。本当はたくさん食べたくても、でも一口でもとっても幸せな気持ちになれるわよね。……ありがとう。かわいいものが見たくなったら、このハンカチを見るわ」

「ごめんね、リリーのRが刺繍してあるの。今度はエミリーのEの文字を入れたハンカチを……いいえ、リボンがいいかしら?またちょっとしたかわいいものをプレゼントするわ」

「嬉しいけど、悪いわ。ああ、私も何かプレゼントを……」

 そこまで話をしていたところで、人の声がすぐ近くまで来た。大きな声でおしゃべるする女性の3人組のようだ。

「楽しみにしてるよ、来月」

 あっという間に、エミリーの言葉遣いも仕草も男の人のように戻って、あづまやから姿を消す。

 それと入れ替わるようにして、華やかなオレンジ色のドレス姿の女性3人組が現れた。

 おそろいで揃えた?それとも偶然重なったのかしら?

 同じ年くらいの3人の女の子。

「あら、人の気配がすると思って期待したのに殿下ではありませんでしたのね」

 殿下?

「本当、どこに殿下はいらっしゃるのかしら。ねぇ、貴方、見なかった?」

 唐突に3人のうちの一番背の高くて胸の大きな女性に尋ねられた。

 胸元の谷間をしっかりと見せるデザインのオレンジのドレスは、大人びていてフリルは裾に少しあしらわれているだけだ。

 うん、こういうのが私くらいの年齢の定番デザインだとすると、確かに私のフリルがこてこてについたドレスは子供っぽいと思われても仕方がないわよね。

「殿下ですか?少し前から私はここにいますが、誰も見ておりませんわ」

 エミリーのことは言わない方がいいだろうと、黙っていることにした。

「そう、おかしいわね。確かに今日は来ていると言う話なのに……」

 背の高い女性がはぁと小さくため息をつく。

 そういえば殿下のための出会いの場がこの舞踏会の裏の目的だとお兄様が言っていた。

 それなのに、殿下は女性たちの前に姿を現していないの?

 殿下ってどのような方なのだろう。探しているというけれど見たら分かるものなの?みんな顔を知っているの?それとも服装が特徴的とか?

 まったく興味がないし、会いたいと言えば、お見合いの席が設けられるだろう立場なので、むしろ家で話題にすることはないからサッパリ分からない。

 公爵令嬢であり、年齢的にも釣り合いの取れる数少ない令嬢のうちの一人なんだけど、そう言えば、王家の方からもお見合いもどきがセッティングされたことはない。お父様が上手に断ってくださっているのか、それとも殿下側が何らかの事情で会うのを避けているのか。

 まぁなんにしろ、ありがたい話だよね。もし、男性アレルギーが強く出るような相手だったら、手を取りダンスを始めた途端に吐くとか、令嬢にあるまじき失態をおかしかねないもの。

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