第5話

 ガサガサと人が近づいてくる音が聞こえたとたんに、男性は、元の男らしい仕草に戻った。

「人に聞かれたくない。あっちにあづまやがあったはずだ。行こう」

 私の手を握っり、男性が歩き出した。

 ひぃっと、身を固めたものの、一向に体に不調は現れない。

 あれ?体は男性だけど、心が女性……、もしかして、私の男性アレルギーって心が関係するのかな?

 そもそも、人によって強弱がある。お父様やお兄様にはあまり反応しないし、子供も大丈夫。

 あづまやに迷路を通って迷わずに到着する。

 あれ?ここってあまり知られてないと思ってたんだけど、そうでもないのかな?

「ところで、君は僕が誰だか知ってる?」

 首を横にふる。

「まぁそうだろうね。あまり人前に出ることはないから。だけど、君もあまり人前に出ていないのでは?」

 こくこくと小さく頷く。

「じゃぁ、私が誰だかってことは詮索しないでくれる?名前は、えっと、エミリオとでも呼んで」

 エミリオは男性名だ。

 目の前で両足をそろえて、ちょんっと可愛らしく手を膝の上に並べている仕草はどう見ても女性。

 身長は180センチ近くあるし、肩幅も広くて、女性の体型ではないんだけれど、それでも仕草と中世的な美しい顔立ちで女性に見えてくるから不思議だ。

「私はリリーよ。エミリー、よろしく」

 エミリオと名乗られたけれど、エミリーと女性の名前で呼んでみた。

 すると、エミリオは、嬉しそうにはにかんだ笑顔を見せる。

「リリー、私のこと、エミリーって呼んでくれるの?あの、気持ち悪くない?男なのに、心が女とか言い出して、こんなしゃべり方して……」

 首を横に振る。

「ちょっと驚いたけれど、気持ち悪いなんて思わないわ。むしろ……心が女だというエミリーだから、こうしてお話ができるんだし」

「え?どういうこと?」

 私は、手袋を外したままになっていた左手をエミリオ……いいえ、エミリーの前に差し出して見せた。

 捕まれた手首付近が真っ赤になって腫れあがっている。

「まぁ、どうしたの?大丈夫?」

 エミリーが焦って立ち上がった。

「あのね、私……男性アレルギーなの」

 今まで公爵令嬢として家族と、家に仕える数人の信用できる者たち意外には明かしていない秘密をエミリーに伝えた。

「男性といるだけで、くしゃみや鼻水が出たり、触れられると、発疹が出たり、こうして赤くなって炎症したり……時には気持ち悪くなって熱が出て寝込んでしまうことも……」

 エミリーがまぁと言って、口を押えた。

「かわいそうに……食べ物でアレルギーを起こしてしまう人がいると聞いたことはあるけれど、男性でアレルギーが出てしまうの?それは大変なんじゃない?」

 エミリーの言葉に曖昧に笑って返す。

 結婚したいと思わなければ、女修道院で女性だけに囲まれて生活できれば、それほど大変じゃなくなると思う。

 だけれど、現状は結婚しろと言われ、修道院に行くなと言われているから、大変だと言えば大変で……。

「ああ、もしかして、私に、男性ですかって尋ねたのって……」

「ええ、エミリーに触れられても、全然アレルギーが出なかったの。それで、男装の麗人なのかなと思って」

 私の言葉に、エミリーが笑った。

「そっか、男装の麗人……私、少しは女に見えたのかしら?」

「ええ、もちろん。仕草がとても上品だもの」

 素直に答えると、エミリーが両手でほっぺをはさんで顔をフリフリと可愛らしく振り出した。

「嬉しい。そんなこと言われたのはじめてよ。いつも、男らしくしなさい、男らしくない、男というのはって言われ続けてきて……こうして、本当の自分で話ができる日が来るなんて、信じられないわ!」

 あ。そうだ……。

「あのね、エミリー……出会ってすぐ、こんなことをお願いするのは……その、図々しいと思うんだけど」

「なあに、リリー、私たちお友達でしょ?何でも言ってちょうだい」

 エミリーが私の手を取ってきゅっと握った。

 エミリーは心が女性で、私のアレルギーもでないから、本当に女性なんだろうけれど……。それでも握った手の大きさや、剣ダコの固さが、男の人のそれで、ちょっとドキッとしてしまう。

 いけない。友達にドキドキするなんておかしな子だと、内心一人で焦っていると、ぱっとエミリーが手を離した。

「ご、ごめんなさい、私ったら。出会ってすぐなのに、私の方こそ友達だなんて図々しかったわよね?」

 今度は私がエミリーの手を取って大きく首を横に振る。

「ううん、違うの。私、嬉しかったの。あの、このドレスも……他の人達には子供っぽいとかダサいとかみっともないとか言われてしまったんだけど……」

 お母様とドレスを選んでいた時の想い出。そして、お父様やお兄様が私のために必死に考えてくれた気持ち。

 その全部をけなされたようで……本当はとても悲しかった。

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