第4話

 ほっとして、薔薇の迷路まで移動する。

 始まったばかりでまだ外は明るい。今日は午後の3の刻から、8の刻までの長丁場だと聞いている。……もちろん、途中からくる人や途中で帰る人もいる。

 薔薇の迷路……懐かしい。

 今の時期は花はないけれど、花の咲いた時期は本当に美しくて。お母様におねだりして連れてきてもらっていた。

 そういえば、公爵夫人のマーガレット様のお姿をまだ見ていない。久しぶりに会ってご挨拶をしたい。少し落ち着いたら、会場に一度戻ろう。

 薔薇の迷路……7年ぶりでも迷うことなく噴水までたどり着くことができた。

「ここにも誰もいない」

 ほっと息を吐きだす。

 東屋に行かずにここで時間を潰そうか。

「ああ、そうだわ」

 何と言ったっけ。お父様に伝えるといいつつ聞いた名前を忘れてしまった。なんとか伯爵に捕まれたところがどうなったのか。

 じくじくと痛い。

 捕まれた左手の手袋を外すと、肘から指先まで真っ赤になっている。捕まれていたところは、若干腫れて熱も持っているようだ。

「これは酷い……」

 ……ここまで酷いアレルギーは久々だ。赤くなるくらいならすぐにひくけれど、こうなってしまうともとに戻るのは数日かかるかもしれない。

 呼吸が苦しくならなくて良かった。

「冷やせば少しはましになるのかな?」

 噴水のふちに腰かけて、水に手を伸ばす。

 んー、思ったより水が遠い。これは、座って手を伸ばすのではなく、膝をついて身を乗り出して手を入れたほうがいいかも。

 と、体を動かしたところ、後ろから声がかかった。

「危ないっ!」

 そして、後ろから腕をつかまれた。

 男の人の声だ。

 噴水の水に伸ばしていたのとは反対の腕をつかまれる。

 ひぃーっ。

 そっちの腕も赤くなるから。

「大丈夫ですか?こんなところでどうしたんです?気分でも悪いのですか?」

 私を気遣う言葉に、離してくださいと冷たく言い放つこともできなくて、恐る恐る振り返る。

「あの、助けていただいてありがとうございます」

 別に助けてもらうような状態では無かったんだけど。きっと、噴水に落っこちそうに見えてとっさに腕をつかんで支えてくれたのだろうと解釈してお礼を言う。

 驚いたように目を見開く青年がそこにはいた。

 あら、イケメン。

 ……まぁ、つまり、男だ。

「もう、大丈夫ですから……」

 手を放してくれ。私の腕からその手を……あんまり長く触れてると、体が痒くなったり……ん?ならない。

 ぶつぶつが出てきたり……ん?出てこない。

 周りが赤くなったり……ん?赤くならない。

 くしゃみ……も、出ない。目もかゆくならない。あれ?

 ふしぎに思って首をかしげる。

「なんて……かわいい……」

 は?

 ほわーっとして、イケメンが恍惚の表情を見せる。

 かわいい?私のこと?

 いや、確かに、イケオジの父に歴史に残るような美女だった母の子だ。二人の遺伝子を持つ私は、お世辞じゃなくてもかわいいけども。

 お兄様もすごく整った顔をしていますけども。

 そんな恍惚とした表情で見られるほどでもないと思うんです。だって、その貴方自身がめちゃくちゃイケメン……美しい顔をしているんだもの。

 明るいオレンジ色の髪の毛は太陽の光を受けてキラキラと輝いている。

 さらりと前髪を流し、首の後ろで一つに結んでいる髪は、肩の下まで傷みもなく美しい。

 白い透き通るような肌に、澄み切った青い目。

 男の人にしては少し線は細いけれど、大きな唇が魅力的なイケメンだ。

 えっと、まだ、腕つかまれて……ますよね?私……?

 全然、何にも、アレルギーが出ないんですけど……。

 ちらりとつかんでいる男性の腕を見る。

「あ、ああ、ごめん。その、つい見とれちゃって……」

 手が離れる。

 見とれたって……?

「かわいい、ドレスだね」

 ド、ドレス?

 かわいいって、ドレスのことだったのか。私のことだと感違い。うわー恥ずかしい。

「薄いピンクは君の肌に良く似合っているよ。フリルがフワフワしていて、とても女の子らしい。ああ、かわいいなぁ。本当にかわいい」

 すごくしみじみとドレスを褒められています。

 普通、こんなにドレスのことを褒めたりするもの?女性を褒めるんじゃない?私はそんなに褒めるところがない?

 いや、悪気があるようには思えないし……。

「貴方、男性ですか?」

 思わず口にしてしまった。

 目の前のイケメンは心底驚いたように目を大きく見開いて私の顔を見た。

 今まではドレスばかりを見ていた男の人が、はじめて私と目を合わせた。

 私の男性アレルギーが出ない。そして、女性のようにドレスのことが気になる。もしかしたら、男装の麗人で、本当は女性なのかもしれないと思ってつい出てしまった言葉だ。

 顔をあげた目の前の男の人の喉元。シャツの間からのどぼとけが見えた。

 ああ、男の人だ。男性の麗人なわけはないか。

「そんなこと言われたの、はじめてだわ」

 ……だわ?

 え?

 驚いて目をぱちくりすると、男の人の仕草が急に女性らしくなった。

「ねぇ、何で分かったの?私が、体は男だけれど、心は女だって」

 はい?

「こ、心が、女?」

 ナニソレ。男装の麗人じゃなくて……れっきとした男だけれど、心が女?

 確かに、今目の前にいる男性の仕草は女性のそれだし、言葉遣いも女性のそれだ。

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