第3話
「私はね、こう見えても伯爵家の者なんだよ?」
「あの、失礼します」
「おいっ!ちっ。なんだよ。時代遅れのドレスを着た貧乏男爵令嬢とかだろ?」
腕を、捕まれた。
「ちょっと顔がいいからって、お高く留まりやがって。伯爵の私が愛人にでもしてやろうって言ってんだよ」
痛い。捕まれたところからきっと赤くはれあがってきている。手袋をしているから分からないけれど。真っ赤だろう。
吐き気もしてきた。
まずい、まずい。
「離して」
まだ、呼吸は大丈夫だ。
「離してくださいませ、伯爵様だろ。口のきき方もなってないとは。マナーも知らない人間はこれだから」
全身ムズムズだ。またくしゃみも出そう。手が痛い。そして熱を持って来た。炎症が起きてるのか。
吐き気も酷くなってきた。
「何伯爵様でしょう?父にお伝えいたしますわ。お名前をうかがっても?」
「あははそうだよ、素直に私に従えばいいんだよ。ブルーレ伯爵だ」
「ブルーレ伯爵ですわね?しっかりと記憶いたしました。父……トーマルク公爵にお伝えいたしますわ。私のマナー教育が不足しているとおっしゃっていたと」
ぱっと、伯爵の手が離れた。
顔が青ざめている。
「トーマルクこ、こ、公爵様?あ、貴方は……まさか……幻のご令嬢……」
幻のご令嬢?
私、社交界ではそんな風に言われているの?そんなことよりもどうでもいいわ。
本当に気持ちが悪い。
「二度と、私に近づかないでくださいます?ブルーレ伯爵」
「は、はい、に、二度と、申し訳ありませんでしたっ!」
すぐにブルーレ伯爵は距離を取ってくれて助かった。
……でも、ここにいては、いつまた別の男性が近くに来るかもわからない。
怖い。もう無理。気持ち悪い。
会場に着て5分と経っていないけれど帰りたい。
お兄様の姿を探すと、婚約者と仲睦まじく話をしているところだ。
……邪魔しちゃ悪いわ。それに、こんなに早く帰ったのではお父様にも全然探す気が無いと思われそう。
キョロキョロと上がりを見回すと、外に出るためのドアが目に移った。
今日の会場となっているのは、我がトーマルク公爵と並ぶも公爵家。国に2つしかない公爵家のもう一つの家だ。
女主人である母がが亡くなった我が家とはちがい、社交上手な公爵夫人が、立派な舞踏会も年に何度も開いていると聞く。
今日の、独身貴族限定の出会いの場……手段見合い舞踏会も、世話焼きの公爵夫人が率先して計画したものだと兄が言っていた。とはいえ、本当はいまだに婚約者のいない今年20歳になる皇太子のためのパーティーだという。
17歳にもなって婚約者がいない公爵令嬢の私が言うのもなんだけど、20歳になっても婚約者のいない皇太子っていうものかなり問題よね。
皇太子妃なんて、王妃教育を最低でも2~3年してからご成婚でしょう?なんで、いまだに婚約者がいないんだろう。
まさか、皇太子と格と年齢と合う女性の筆頭が、公爵令嬢の私で、私に遠慮して誰も名乗りをあげられないなんてことはないわよね?
……えええっ!もしそうなら、私、さっさと結婚しないと皇太子妃……未来の王妃選びにまで影響しちゃうってこと?
け、結婚しないまでも、誰かと婚約するとか、好きな人がいて皇太子妃になるつもりはこれっぽちもないとか何らか意思表明しないと動けない人がいるって話?
いや、もしかしたら、皇太子の方が誰か心に決めた人がいるけど身分差とかでなかなか思うように婚約まで進めないとか。単に皇太子側の何らかの事情なのかもしれないけれど。
どっちなんだろう。私のせいじゃないよね?
とにかく、庭に出る窓を見つけた。
母が生きていたころは、公爵家同志の付き合いもあり、何度かお邪魔したことのあるお屋敷だ。
庭に出て、薔薇園の迷路の奥に人がめったにこない東屋があったはずだ。
なんせ、迷路のゴールとされている噴水のさらに奥にあり、知る人ぞ知る場所なのだ。
そこに、隠れよう。
扇で顔を隠すようにして壁際を男性を避けて進んでいく。
「あらやだ、見て。だっさいドレス」
「ピンクなんて子供っぽい。婚約者を探す気があるのかしら?」
「案外すでに婚約者がいて、その方の趣味という可能性もありましてよ?」
「そんな幼女趣味の婚約者などいない方がマシじゃありません?」
女性たちが私を嘲る声が聞こえてきて、ほっとする。
男性が近くにいない、女性がいるのは幸せなことだ。
しかもどうやら、私のこのドレスは、あまり男性受けがよくないようだ。
これからも、もし同じように婚約者探しに舞踏会に出なさいとお父様に言われるなら、またピンクのドレスにしよう。
しかも、もっと幼い子が好むようなスカートが大きく膨らんでいるもの。胸元にまでたくさんのレースをつけてもらって、そう、大きなリボンをたくさんつけてもらいましょう。頭にも同じ布で作ったリボンをつけましょう。
無事に女性たちの間をすり抜け、窓から庭に出る。
幸い、まだ舞踏会は始まったばかりで、参加者たちは出会いを求めて会場の中にいる人がほとんどのようだ。
これが、終盤になってくるにつれて、庭に出て静かに語り合う人たちが増えるとお兄様が言っていた。
そうそう、婚約者がいる人たちは顔見知りへの挨拶を済ませると庭に出るとか。
流石にまだそうい人たちもいない。
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