第2話

 お父様が、私の固い表情を見て、私にもいろいろと考えがあってのことと分かってくれたようだ。

 だけれど、その口から出たのは否定の言葉だった。

「だが、修道院だけはダメだ。あそこは、男子禁制……。一度入ってしまえば、親兄弟とはいえ、会うこともできなくなってしまう。私は、リリーと会えなくなるのは耐えられない」

 フルフルと頭を横に振るお父様。

「お父様……」

「たとえ、この手に抱きしめられなくとも、思うように頭をなでてやれなくとも、顔を見て話をでいるだけでも幸せなんだよ」

「お父様、私だってそうです。ですが……」

 お父様がふぅと小さく息を吐きだした。

「結婚しなさい」

 は?何と言いました?

「ちょうど、明日は大規模な舞踏会が開かれる。国内の独身男女の出会いの場としての色合いの強い舞踏会だ」

「お、お父様、あの、私、アレルギーが……結婚なんて……」

 お父様の目にはノーとは言わせない強い光が浮かんだ。

「私もそう思っていた。リリーに結婚は無理だろうと。だが、相手によってアレルギーの出方に違いがある。ということは、もしかしたらこの世に一人くらい、リリーのアレルギーが出ない相手がいるかもしれない。探してきなさい」

 そんな……。

 男の人がたくさんいる舞踏会に行けと……?

「公爵令嬢の結婚相手ともなれば、家や立場色々なしがらみがあり自由に選べないと……私も思っていた。だが、修道院に行くくらいなら、どんな相手でもかまわない。世継ぎを必要としない男と形ばかりの結婚でもかまわない。愛人でもなんでも相手にあてがえばいいんだ。な?」

 ……。

 いわゆる、白い結婚というやつをしろと……。

 まぁ、確かに、一緒にいるだけではアレルギーは出ない相手もいます。

 お父様やお兄様がそうです。触らなければいいんですから。

 でも、そんなの……。公爵令嬢ともなれば、公の場に、エスコートされて出なければならないことも……。

「相手の家柄だって考える必要はない。男爵だろうが平民だろうが、身分の差など気にするな。そんなもの、私が何とかしてやる。身分違いの恋で親に反対されていたけれどそれを押し切って愛を貫いただとか、美談を流してやる。そうすれば、無粋な詮索を色々されずにも済むだろう。男であれば誰だって構わぬ。舞踏会に出ている独身貴族じゃなくたってかまわぬぞ?給仕をしている男だろうと護衛をしている兵だろうと、アレルギーが出ない相手がいれば、連れて来い!」

 むちゃな……。

 誰でもいいって言っても、舞踏会には大量の男がいるんですよね。明日寝込む未来しか見えない。

「じゃなければ……」

 お父様がスクっと立ち上がって、窓際に立ち、窓の外を見た。

「寝たきりで死を待つばかりの伯爵家に嫁がせる」

「そんな方がいらっしゃるのですか?」

 私の質問に、お父様は答えなかった。

 ま、まさか、そんな都合のいい伯爵を作るつもりじゃ……。

 ダメ、流石に、毒を盛ったり事故に合わせたりして寝たきりにさせるわけではないと思うけれど……。何か条件を出して、私に一切触れないようにさせることくらいはするだろう。もし手を出したら幽閉するくらいは言いそうだ。

 権力を使った脅し……お父様が一番嫌っている手段だ。

 お父様にそんなことをさせるわけにはいかない……。修道院に行くのは、最後の最後の最後の手段……いえ、なんならお父様が亡くなった後だって遅くはないのだから。

「分かりました。明日の舞踏会……人生2度目の舞踏会……頑張ってきます」


 人生2度目の舞踏会は、兄のエスコートで会場に入った。

 ……うわ。ドレス姿の女性は皆華やか。

 オレンジ色が今年の流行なのかしら?全く舞踏会には足を運ばないので、分からない。ただ、やたらとオレンジ色のドレスを身に着けた方が多いなぁと。

 私、ピンクのドレスです。やたらとフリルも着いた……ちょっと子供っぽいデザインのドレスです。

 しまった。お母様がいないから、ドレスに口を出すのがお父様とお兄様で……全くあてに出来なかったみたいだ。これ、17歳むきじゃないよ。どう考えても、12、3歳までの子供が着るデザインでしょう。

 ……まぁ、男性の視線を引きたいわけじゃないからいいんですけど。それに、真っ赤や紫なんかの妖艶な色といわれるものよりピンクは好きなのは確かです。

 ふわふわとして柔らかい感じがしていいよね。

「無理はするなよ。気分が悪くなったらすぐに言うんだぞ?」

 兄が心配そうに私に耳打ちを繰り返す。

 会場に入って、壁際にまで私を案内すると、兄は自分の婚約者のもとに足を運ぶ。本当は今日は婚約者をエスコートしてくる予定だったのに、悪いことをした。

 ……さて、どうしたものか……。アレルギーが軽い人なんているのかな?

 試しに、給仕の男性に飲み物を頼んで受け取った。

 触れることはないものの距離的にはあと10センチで触れそう。

 ……くしゃみが出た。

 果実水を飲んでいると、背後に誰かが立った。

「見ない顔だねぇ?どこのご令嬢かな?今日は玉の輿目指して頑張って舞踏会に来た感じ?」

 振り返ると、同じくらいの背丈のニキビ面の男の人がいた。

 うっ。

 ダメだ。この人。

 この距離でも全身がざわざわして痒くなってきた。

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