第3話

伯父からもらったNAロードスターにはナビがついていない。知らない土地を走る彩葉いろはは、助手席に乗っている伯父の道案内だけが頼りだった。伯父の指示通りにロードスターを走らせていく。辺りが薄暗暗くなり、ヘッドライトを点けるためにレバーを回す。


ウィーン。


モーター音がして、リトラクタブルヘッドライトが開き、前方を黄色いライトが照らす。


(おお、そうだった。この車は目が開くって昔、教えてもらった・・・)


彩葉はリトラクタブルヘッドライトで少し視界が悪くなった前方を見ながらニヤニヤしてしまう。助手席に座るで、ご機嫌な伯父が彩葉の顔を覗き込む。


「彩葉。忘れてたでしょ?」

「忘れてた。びっくりした・・・」


彩葉は、徐々にロードスターの運転にも慣れてきた。はっきり言って教習車よりも運転がしやすい。渋滞での半クラッチ、坂道発進も難なくこなせる。国道246号線を下り、南町田のショッピングモールの駐車場にロードスターを入れる。伯父のリスエストでイタリアンレストランに入る。平日なので、それほど混んではいなかった。


「好きなモノ食べな。俺はワインとポテトがあればいい」


フライドポテトであれば、わざわざ三〇分もかけて、それもイタリアンレストランに入る必要はない。なのに、この伯父は満足そうにしている。昔からよく分からない伯父ではあったが、やっぱり理解ができない。とりあえず、お腹が空いていた彩葉は、伯父に甘えることにした。サラダとカルボナーラのパスタとマルゲリータのピザをオーダーする。


伯母といるときは、ずっと二人で話していた伯父だが伏し目がちにワイングラスを見つめながら黙って飲んでいる。彩葉は気にせず、明日から、やらないといけないことをスマホのメモに挙げていく。親戚とは言っても、血のつながっていない伯父と話す話題もないし、他人に興味が薄い彩葉は、沈黙は苦にはならない。


区役所に行って住所変更、警察署で免許の住所変更、自動車の所有者変更・・・新生活に必要な手続きを行わないといけない。彩葉はカルボナーラを片づけながら、ふと気づいたことを伯父に聞く。


「自動車の保険・・・」

「ああ、今は俺の保険で運転者限定特約なしにしているから大丈夫だけど、彩葉の名義に変更したら、ちゃんと入りなね」


この伯父は抜かりがない。初心者マークと言い、自動車保険と言い、ちゃんと彩葉が運転できるように準備をしている。初心者の助手席に乗っていても、アドバイスという名の口出しをすることもなく、ただ周りの車の流れを観察しているだけで問題がなければ何も言ってこない。ギアの選択を間違って、ガクガクしても知らん顔をして乗っている。


「オープンカーって照れるよね」


何十年もロードスターに乗り続けている伯父の口から出てきた言葉だとは思えず、彩葉はマジマジと伯父の顔を見る。伯父は視線を下ろしたまま話を続ける。


「ひさしぶりに乗ると周りからの視線を感じる。なんか昔は目立つことに生き甲斐を感じていたというか『カッコ良いだろ? 俺』なんて思ってたんだけど、冷静に考えると気を張らないと乗ってられないと言うか、疲れるよね。彩葉がもし、そう思ってるなら、売ってもらって構わないよ。おそらく、そこそこの値がつくと思う・・・」

「売らない。大切に乗る」


「本当? 良かった・・・。可愛がってくれる人に乗ってもらいたいと思ったから、なかなか売れなかったんだよ。彩葉が乗ってくれると助かる」


彩葉は、工業製品である車を可愛がるという感覚が分からない。分からないけど、出来るだけ大切に乗りたいとは思う。ロードスターという車が気に入りはじめている。


伯父が会計を済ませ、ショッピングモール内を少しだけ伯父と歩く。世間では父親とデートを楽しむ女子がいるそうだが、彩葉は、中学校に入ってから父親とどこかに出かけた記憶はない。伯父は、彩葉と一緒に歩いているのを忘れているかのように好き勝手にお店に入り、フラっと出てしまう。特に、彩葉に話しかけるわけでもなく、かと言って目的があるようには見えない。


「彩葉、帰ろうか」


一通り、ショッピングモール内を歩き、ロードスターの元に戻った。エンジンをかけ、伯父と二人で幌を開ける。運転席に潜り込み、リトラクタブルヘッドライトを開く。周りが黄色い光に包まれる。助手席に乗る伯父は満足そうに目を細めている。


「彩葉、コンビニに寄って。俺、オープンカーでビール飲むの夢だったんだ」


酔っ払いの伯父を助手席に乗せ、すっかり暗くなった道を自宅となった伯父の家へ向かう。

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