第2話
困惑する
「行こう」
「私、免許取ってから運転したことない」
「大丈夫、こいつは、彩葉の思い通りに走る」
「・・・」
おそらく伯父は、彩葉が運転するまで助手席から動かないだろう。彩葉は
キュル、キュルルルル・・・。ブォウォウン・・・。
教習車よりも大きなエンジン音が響く。クラッチを切り、ギアを一速に入れる。軽くアクセル踏み、踏み込んでいた左足を上げていく。半クラッチにして、サイドブレーキを下す。
ゆっくりとロードスターが発進をする。
彩葉は、助手席の伯父の道案内通りに車を走らせることだけに集中し、周りの景色を楽しむ余裕がなかった。
「彩葉、疲れたでしょ。そこに止めよう」
時間にして約一〇分。はじめての運転は緊張した。ドライブを楽しむ余裕なんてない。ハンドルを握っていた手は汗でびっしょりだった。自動販売機から戻ってきた伯父が、オレンジジュースを差し出す。彩葉は、シートベルトを外し、ロードスターから降りた。
「桜が満開だね」
彩葉は、緊張をして運転をして気づかなかったが、伯父に言われ、周りを見ると何本もの桜が満開だった。春の風が彩葉の頬を撫でた。彩葉は伯父の顔を見て言った。
「クルマ、ありがとう」
「うん」
伯父は視線を落とし、ロードスターを愛おしそうに撫でながら話をはじめた。
「良かった。気に入ってくれたみたいだね。こいつも喜んでると思う。ずっと走らせてあげられなかったから・・・。三〇年前の車だけど、まだまだ走れると思う。俺は、こいつと色々な思い出を作った。これからは彩葉が乗ってあげてよ」
「うん」
しばらく、伯父は缶コーヒーを飲みながらタバコを吸い、思い出に
「よし。帰ろうか」
叔父を助手席に乗せ、ゆっくりと発進させる。来たときより少しだけ、周りの景色を楽しめる気がした。
自宅に帰った伯父と奇妙な二人暮らしのルールを決めた。
基本的なルールは、お互いに干渉はせず、自分のことは自分ですること。家にあるものは、冷蔵庫、洗濯機などなど、好き勝手に使って良い。伯父はフリーランスのデザイナーとして家で仕事をしているので、友達を呼ぶときは必ず確認すること。という三つだけだった。
ロードスターの維持費がかかるからという理由で、家賃や駐車場代、光熱費は払わなくていいと言ってくれた。両親からの少ない仕送りとバイトで大学生活を送る予定なので助かる。
彩葉は伯父とスマホの番号とラインを交換し、用意された部屋に荷物を運び込んだ。伯父が用意してくれていたベッドに横たわり、ロードスターのキーを見てニヤニヤしてしまう。彩葉は自分の車を手に入れた。
ただ、ロードスターは乗っているだけで、どこにでも連れて行ってくれる乗り物ではなかった。慣れない車の運転は精神を
ロードスターに乗るのは明日からと決めた彩葉は、シングルベッドと宅配便で届いた三つの段ボールしかない部屋を見回す。年頃の女子の部屋にしては、あまりにもシンプル過ぎる。だが、元々、彩葉はモノに執着しない。必要最低限のモノがあれば良い。段ボールを開け、実家から送った荷解きをする。
(机くらいは用意しよう・・・)
夕方になり、リビングダイニングのある一階に降りていくと伯父が、テレビを見ながら、ビールを飲んでいた。彩葉の両親は、家ではお酒を飲まないし、未成年の彩葉もお酒を飲まない。なので、お酒を飲む楽しさを知らない。伯父を横目にキッチンに入り、冷蔵庫の水をコップに取り、一口飲む。
彩葉は夕飯が用意されていることが当たり前だと思っていたが、ここでは自分で食べたいものを用意するルールだった。何か、食べ物を買いに行かなければ、食べる物がない。
「彩葉。今日はご飯食べに行くか。
「うん」
彩葉は部屋にロードスターのキーを取りに戻った。財布とスマホを小さなショルダーバッグに入れ、リビングダイニングに戻る。伯父とロードスターの元に行き、当たり前のように幌を開け、エンジンをかける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます