感染者と訪問者

 邪悪な豆大福をむぎゅっと掴んでポケットにいれておく。


「はわわ……なんだあいつ、空から降って来たぞ……!?」

「いま上空でとんでもない爆発があったが、まさかあいつが?」


 ざわざわする市民たち。皆に注目されてしまっている。

 カイリュウ港はかなり荒れた状況だが、それでも、日々を生きなくてはいけないので、すでに街中には人々が災害から復興する姿があった。


 カイリュウ港が変質体と黒き指先の騎士団との大規模戦闘に巻き込まれ、その被害でこの街の者たちは多くを失った。ぎぃさんの的確な指示で迅速な避難をしたおかげで死者こそでていないが、家を失ったり、財産を失った者は多い。


 これ以上、こちらの世界のゴタゴタで迷惑はかけたくない。

 皆にもう恐い思いをさせたくないので、ここは早急に身を隠そう。


「ん? 待てよ? この状況はさては」


 俺はデイリーミッションを開いて、本日の試練を確かめる。


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 ★デイリーミッション★

 毎日コツコツ頑張ろうっ!

 『しかのこミュージカル300』


  動員する 0/300


 継続日数:313日目 

 コツコツランク:ブラック 倍率100.0倍

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 そうですか。しかのこミュージカルですか。

 一流のデイリーミッション消化者はミッション名からおおよその内容を把握することが可能なのである。ゆえに俺にもわかろうというもの。


 俺はすぐそばでこちらをびっくりした顔で見ているマダムに近寄る。

 両腕を適度に曲げて、リズミカルに腰をフリフリする。


「しかのこのこのここしたんたん♪ さあ奥さんも一緒に♪」

「え? な、なな、なんですか、こっちに来ないでください……っ」

「のこのここしたんたん♪ あなたがやってくれるまで僕は諦めませんよ♪」

「ひぃ、な、なんなんですか、あなたは……! いきなり訳のわからない!」

「鹿です」

「え?」

「しかのこのこのここしたんたん♪ しかのこのこのここしたんたん♪」

「やめて、ついて来ないでください! だ、だれかこの変人を追い払ってください!」

「おい、その女性に迷惑をかけるのはよせ、いきなりそんなシュールな歌と踊りを披露されたって困惑するだけだ、なによりこれだけの目線があって君は恥ずかしいとは思わないのかね?」

「しかのこのこのここしたんたん♪」

「え、ちょ、ま、なんで今度は俺についてくるんだ……! くっ、こうなったら走ってふりきってやる……って、こいつ足速ッ!? なんでその踊りをしながら追いついて来れるんだ!?」

「しかのこのこのここしたんたん♪ しかのこのこのここしたんたん♪ しかのこのこのここしたんたん♪ しかのこのこのここしたんたん♪」


 ──20分後


「ひぃいぃぃ、わ、わかった、わかった、やる、やるから、もう許してくれえ……!」

「しかのこのこのここしたんたん♪ しかのこのこのここしたんたん♪」

「し、しか、のこのこ、のこ、こしたんたん……?」

「いいですね♪ 非常にいいですよ♪ では、僕に続いてください♪ しかのこのこのここしたんたん♪ しかのこのこのここしたんたん♪」


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 ★デイリーミッション★

 毎日コツコツ頑張ろうっ!

 『しかのこミュージカル300』


  動員する 1/300


 継続日数:313日目 

 コツコツランク:ブラック 倍率100.0倍

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「あ、あの、これは一体いつまで……?」

「しかのこのこのここしたんたん♪ しかのこのこのここしたんたん♪」

「(疑問を持つなという静かな圧を感じるな……) し、かのこのこのこ、こしたんたん♪ しかのこのこのここしたんたん♪」

「しかのこのこのここしたんたん♪ あと299名集ますたんたん♪」

「しかのこのこのこ、299名たんたんですかんかん……ッ!?」

「たんたんのこのこ、もちたんたん!」

「もちたんたんですかんかん……ッ!?」


 

 ──火剣のリナの視点



 太陽が落ち始めた頃。


 火教の代行者たちは、再びカイリュウ港へと戻ってきていた。

 すでに黒い怪物たちによる占領が解除されつつあるこの港都市には、自由に出入りすることができるようになっている。


 ゆえに当局関係者である代行者たちもすんなり港に入れている。

 再度、地獄へと送り込まれた代行者は2名だ。


 ひとりは腰や肩にスリットのはいった白い修道服を着こんでいた。赤熱の輝きが浮かぶ黒髪は短く、燃える瞳は夜のなかで熱と明るさを放っていそうだ。凛とした顔立ちには清廉さと覚悟がうかがえる。


 彼女は火剣のリナ。代行者たちの実質的なリーダーだ。


「テレジー、ここから先はカイリュウ港の街中です。慎重にいきましょう」


 リナの隣、赤いローブを着込んだ魔術師は深くため息をついた。


「黒い怪物と醜い肉獣たちの戦いが昨日あったばかりだってのに、なんで私たちこんなところに戻ってきているわけ。聖火司教さまにはお使いすら任せられる人材がいないってのかしら」

「いたとしても誰も行きたがらないというのが本音でしょう。我々の常識を逸脱した出来事が起きすぎているのですから。誰もその責任を負いたくなどありませんよ」


 リナとテレジーは顔を見合わせて、肩を落とした。

 

(聖火司教ヂーニ・ニーヂスタンは『その英雄こそがアレに立ち向かうための希望かもしれん』と私たちに告げ、”上位者”と呼ばれる存在について話した。まともに取り合う範疇を越えた話だけれど、私たちもカイリュウ港で起きたことを見た以上、それを事実として受け入れるしかない……上位者は存在した。そして、その上位者と黄金の英雄は戦っていた)


「エンダーオ炎竜皇国の使者として十分に身分の高い者でなければ、使者としてすら不敬と捉えられかねません。彼らの機嫌を損ねればおしまいです」

「まぁその点、私とリナなら適任ではあるけれど。美人で見目麗しくて、おまけに若い。あの黄金の英雄様は、若い男だったし、ある程度は効果があればいいわね」

「つっても馬車列組んで使節団を組むなり、ほかにもやりようはあったんじゃないかしら……? いや、道がボコボコだし、そんな人的資源もないかぁ」


 テレジーはヴェヌイとカイリュウ港の間をつなぐ、荒れ果てた街道を見つめる。


「こほん。今回の我々の役目は”しっかりした訪問”ではありません。モフモフの巨大猫、蒼い髪の少女、黒長髪の男、黄金の英雄……そして、何を企んでいるのかわからない暫定裏切り者のイグニス・ファトゥス。この5名のいずれかに接触をすること。そのうえで使者としての身分を明かし、此度の騒乱についての情報を求めること。協力関係を築けそうであれば、オリーヴァ・ノトス大聖堂から後日、正式な使節団をおくらせてもらう旨を伝えること」

「うぅ、胃がキリキリするわね。なんで私たちがこんなこと……っていうか、あの娘っ子、精霊喰らいのイグニスはなんなのよ。どういうポジションのつもりなの?」

「その真意を確かめるのも私たちの仕事ですよ、テレジー」


 先の戦闘でズタボロになった黒壁をいくつか越えると、カイリュウ港の街中にたどりついた。


 リナたちは人々の活気を感じた。

 瓦礫をどかす男たち、エールとパンを配る女衆。

 子供たちは空き地で追いかけっこをしている。

 荒廃した街で営みは続いているのだ。


(ヴェヌイと同じですね。何が起ころうと日々は続いていく)


 強くあろうとする人々の姿にリナは微笑みを浮かべる。


 そんな時だった。

 耳に悲劇を知らせる悲鳴が響いた。


 逃げ惑う人の群れ。

 腰を抜かす者、頭を抱える者。

 

「ま、まずいぞ、感染者がこっちにもついにきやがった!」

「うわぁあああ! おしまいだぁあ!」

「気を強く持つんだ! 取り込まれたらおしまいだぞ!」


「「「しかのこのこのここしたんたん♪ しかのこのこのここしたんたん♪ しかのこのこのここしたんたん♪ しかのこのこのここしたんたん♪」」」

「「「「しかのこのこのここしたんたん♪ しかのこのこのここしたんたん♪ しかのこのこのここしたんたん♪ しかのこのこのここしたんたん♪ しかのこのこのここしたんたん♪」」」」


「き、来た! し、鹿だぁあああ!」

「感染者ども、数がどんどん増えてやがる……!」


「お願いだれか、助けて、夫が取り込まれたの! このままじゃ私も鹿になっちゃう……! いやあああああ────しかのこのこのここしたんたん♪ しかのこのこのここしたんたん♪ しかのこのこのここしたんたん♪ しかのこのこのここしたんたん♪ しかのこのこのここしたんたん♪」

「解放してくれ、その子は妻が残した大事なひとり娘なんだ! 頼む、お願いだ!」

「やめろ、もう手遅れだ! それ以上近づいたら、あんたまで鹿になっちまう!」

「く、離してくれ、離せ、HA☆NA☆SEッ! 俺は自分の身に変えてでも、娘を助けにいくんだぁああ!! ──しかのこのこのここしたんたん♪ しかのこのこのここしたんたん♪ しかのこのこのここしたんたん♪」

「うわぁああああ、またひとり取り込まれたぞ……っ! こっちに来るなぁ!」

 

 狂気。形容の必要はない。

 それは正しく狂気であった。


「な、なんですか、これは……っ」

「カイリュウ港に一体なにが起こってるっていうのよ……!」


 リナとテレジーは狂気を前に一歩、また一歩とあとずさる。

 通りを埋め尽くすデモ隊のように、老若男女問わず、数百名の人間が腕をわきわき動かし、腰をふりふりし、奇妙な祝詞のりとを口ずさみ進行してくる。


 視線が滑るほどの圧力のなか、リナの視線が一か所で止まった。


「あっ……いた」


 彼女の眼差しは、狂気の軍勢の先導者──サングラスをかけた男で向いていた。












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