聖骸布の差分

 西へ。それがフィンガーズギルドの目標として定めた作戦だ。

 血の乙女ルー・ウルの言葉を信じるならば、アダムズの祝福を受けたもの──この場合、俺と同様置き去りにされた探索者が誰かしらいることになる。


 俺はコードネーム『西へ』作戦を議会に提出した。

 議会の面々というのは、異世界で繋がりをもった者たちの拠り所ウサギの動く家、それと厄災島の転移という前代未聞の合流をみせたフィンガーズギルドだ。


 皆に俺の意思を伝えたところ、特に議論もなく、あっさり承諾された。


 本当はもうちょっと「西へ? その根拠は?」「異議あり、私たちはノーフェイス・アダムズとの戦いに備えてるべきです!」みたいな会議をしたかったのだけど。ほら、敵幹部のひと悶着ある会議みたいな感じで。


 良くも悪くも、やはり、俺はアテにされてしまっているらしい。

 判断力に優れているとは思ってないので、もっとみんなの意見とか聞いて、慎重に物事を決める習慣をフィンガーズギルドは手に入れる必要がある思う。


 まぁいいか。独裁政治でも。いまは。

 意思統一できているのは良い事だしな。


 ちなみに情報源が俺にだけ見えるイマジナリー幼女であると証明するのはすでに諦めている。なぜなら、みんな俺のことを精神疾患者だと思っているっぽいから。


 発作だの、持病だの、幻覚だの。まったく。失礼してしまうよ。どこをどう見たらそんな言いぐさが出てくるのか。


 まぁそんなわけで、これ以上、俺も無駄な努力をしたくない。ルーは俺にしか見えない存在。見えないものを証明するのは困難だ。なのでイマジナリー幼女の存在については、もういっそ存在しないものとして扱うことにしたのだ。


 そうして、ウサギの動く家の食堂での会議が終わった。


「あの鳥、相当に力を蓄えていると見えるのう」


 皆が解散して食堂から退出していくなか、ルーはシマエナガさんを見つめて言った。俺は微動だにしない。首も動かさないし、返事もかえさない。


 なぜなら反応したら負けだから。また「赤木、お前また独り言を……」「幻覚症状が慢性的になっているのう。これはちとマズイかもしれんのう」「ちーちー(訳:若いのに可哀想ちー。憐れちー)」と癪にさわる扱いをされちゃうよ。


「ちーちーちー(訳:英雄、英雄、お話があるちー)」


 シマエナガさんの声。


「ちーちー(訳:誰がいるのかは行ってみないとわからないちー?)」


 ラビが食器──会議のために皆に淹れてくれた茶のカップ──を、片付けているのを横目に、俺は眼前の白いバスケットボールサイズの玉っころに向き直った。


「完全なるガチャですね」

「ちーちーちー!(訳:ガチャちー。ハッピーとかだったら、嬉しいちー! ハッピーはちーに優しいから好きちー! SSレアちー!)」

「ハッピーさんなぁ、元気にしてますかね、あの人。彼女の性格だと現地民と衝突してそうな気もしますけど。根は優しい子だと思うのでひどいことはしてないと思いたいところ」

「ちー!(訳:ジウでもいいちー。頼りになるし、ちーに優しいちー)」

「ジウさんは器用なので、どうにかしてそうですね」

「ちー(訳:フェデラーだったら置いておくちー。見なかったことにするちー)」

「なんでそんなひどいこと言うんですか。めっ、ですよ、シマエナガさん」


 フェデラーにだけ厳しくて草。


「ち~(訳:あいつはフェニックス被りしているから排除する必要があるちー。神聖さを持つ鳥キャラはちーだけで十分ちー。あとナヨナヨしてて好きじゃないちー)」


 うーん、この。


 俺はシマエナガさんをガシッと掴んで、その場でドリブルする。「ち、ちーちー!(訳:や、やめるちー! こんなこと許さないちー! ちーが悪かったちー! 意地悪なこと言ったちー!)」懸命な訴えをする声に免じて、食堂の外、廊下側に備えつけられたゴールへスリーポイントシュートして解放してあげた。


「ち゛────ッ!?」

「わぁ、綺麗な弧を描いて飛んで……あのシマエナガ様でさえ、ご主人様にとっては白いボールでしかないのですね」

「ラビさん、いいですか、”あの”ってほどアレは立派な生物じゃないですよ。界隈では経験値クズとして広く認知されており、その悪行の数々は──」

「とても強大という意味で、ですよ。優れた精神性をしていないのは存じ上げております」

「あぁ、そういう。ラビさんはシマエナガさんにけっこういじめられてますもんね」


 ウサギの動く家での生活は、ラビによる全霊の奉仕活動により支えられてきた。献身的な彼女は、けっこう俺のことを慕ってくれている。たくさんお世話しようとしてくるので……謎にヒロイン気取りをする某鳥とはあんまり相性がよくないのだ。


「それもそうなのですが、昨日、再び『ちー!(訳:ラビ! フィンガーズギルドNO.2の力、今一度教えてやるちー!)』とくちばしでついばまれてしまいまして」

「なんでそんな酷いことを……? シマエナガさーん?」

「ち、ちー! ちーちー!(訳:英雄、待ってほしいちー! そんな指を構えないでほしいちー! これには理由があるちー!)」

「わかりました。聞きましょう」


 シマエナガさんはぽよんぽよんっと跳ねながら、食堂に戻ってくる。


「ちーちーちー(訳:厄災島ごとこっちに来て後輩たちが合流した以上、ウサギの動く家のメンバーも下部組織としてフィンガーズギルドに組み込まれるちー)」

「ふむ、まぁ、そういう流れになってますね、空気感が」

「ちーちーちー(訳:ラビはきっと勘違いするちー。後輩の軍勢を見て、きっとあの蟲がナンバー2だと。だから、ちーは一計を謀ったちー。力を示して、フィンガーズギルド内の来るべき派閥争い、その時の味方をつくっておくと!)」


 そういや、ぎぃさんとシマエナガさんそんなことで争ってたような……どうでもよかったのであんまり覚えてないけど。


「わかりました。吟味しました。判決は──」

「ちー!(訳:わかってくれたちー!? そうちー! ちーは英雄のためにやったちー! あの邪悪な支配者にフィンガーズギルド内で権力をあたえないために!)」

「有罪。パワハラエナガです。いい加減にしてください」

「ちー!(訳:ちっ! こうなると思ったちー!)」


 あっ、舌打ちした。


 シマエナガさんはぴょんと飛び上がると「ちー!(訳:黙ってエクスカリバーされるほどちーは大人しくないちー! 抵抗するちー、翼で!)」と宣戦布告。

 

 食堂の壁を突き破って飛び去った。

 俺のフィンガースナップから逃げるつもりのようだ。


 壁が吹き飛んだ風圧により、食堂内のものが散乱、暖炉がはがれ、床が割れ、シャンデリアは千切れた。突風に巻かれて装飾品や家具が外へ吹っ飛んでいく。


「くっ、なんという速さ……! 流石はフィンガーズギルドNO.2鳥!」

「ラビさん、あの鳥を調子づかせちゃダメですよ。あと今度なにかされたらすぐに言ってください。俺が教育します」

「ありがとうございます。ご主人様に大事にされてラビは果報者です♪」

「ええ、まあ、ここは一応の長として、ね」

「しかし、ご主人様、今回は教育できなそうですね」


 ラビは視界のひらけた壁の大穴を見つめていった。

 俺はティーカップに唇をつける。シマエナガさんがド派手に逃走する時、素早く手にとっておいたのだ。まだ紅茶が残っていたのでね。


 向かい側の壁に背を預けているルーと視線があった。

 ルーは腕を組んだまま、愉快そうに笑んでいる。


「あの鳥は強大だが、いまのおぬしならば──」

「ええ、この力なら……俺もそう思います」

「ご主人様? 誰と話しているのですか?」


 俺はカップの中身をのどに流し込み、ラビに預けて、素早く腰をあげる。


「不義には制裁を。悪党には指鳴らしを」

「わあ、ご主人様、すごくカッコいい口上です……!」


 シマエナガさんが飛び出していった壁の大穴から庭にでて、俺は空を見上げた。

 白玉はすでに天空の星々と変わらないくらいのサイズになっていた。


「流石に速いですね、あの鳥」

「ちーちっちっち~!(訳:流石の英雄もこの距離を埋めることは不可能ちー! お仕置きはさせないちー!)」


 天から己惚れた声が響き渡っている。

 俺はちいさく息を吸い──跳んだ。


 空気が破砕、幾層もの破裂音が響いた。

 湧きだす法外の力。それによりただの一足で天空に追いついた。


 俺の視界のなか、自由を謳歌するその鳥は、いまだ地上を見下ろしたまま。

 シマエナガさんの飛行する進行方向で壁となったので、彼女はゴツンっと俺の胸に衝突することで、俺の存在を認識した。縁石にタイヤが乗っかってこれ以上さがれないことに気づくみたいに。


 俺を感知するなり、素朴な黒瞳は驚愕した様子で飛び出して「ち、ちー!?(訳:そんな馬鹿なことが……!?)」と、彼女は言葉を詰まらせた。


 俺は指先をシマエナガさんの前にもっていく。


「……エクスカリバー」


 パチン。黄金の輝炎が溢れだした。

 可能な限り、一点集中型のフィンガースナップを心がける。

 けれど、黄金に触れた空気は極高温にさらされ、膨張し、衝撃波が発生した。

 衝撃波は俺の正面方向へ伸びて、カイリュウ港の面するオリーヴァ海を割った。裂かれた海は壁はなり、高く昇っていき、水しぶきは太陽にじゃれついた。


 幸い地上からは距離があった。天は光に呑まれ、空気は焼け死に、積雲は爛れ、海は傷を負ったが、被害は抑えられた。


 ちぃぃぃぃぃい──────!! 悲鳴を残して、爆炎に飲まれたちいさな墜落物がカイリュウ港へと落下していく。悪は滅んだ。


 自由落下に従って、俺も同じ箇所へと降りた。

 丸焦げになったシマエナガさんが通りの真ん中に転がっている。


「ち、ち、ちー……(訳:おか、しいちー……ちーと英雄は互角だったはず……ラビお手製クッキーだっていっぱい食べて力も十分に蓄えていたのに、どうして……)」


 シマエナガさんはガクガクしながら、ハッとして、答えに自らたどり着いた。


「ち、ちー!(訳:アダムズの、聖骸布、ちー……!?)」

「威力を試すのが、身内が最初になるなんて」

「ちー……(訳:ぐへっ……)」


 俺とシマエナガさんは単体戦闘能力はほぼ拮抗していた。

 経験値獲得量に関する協定DPKAも結んでいたし、手の内を互いにわかっていた。


 均衡は聖骸布により破られた。

 力が増しているのは体感していたが、これほどとは。想像以上だ。


「えー、今回の罪は重いですよぉ。暴行罪、脅迫罪、逃走罪、鳥罪、清算するには誠実なバスケットボールとして12試合ほど勤め上げるしか方法はないですねえ」

「ち、ち~!(訳:勘弁してほしいちー! 英雄ぉ!)」


 はい。勘弁しません。

 焦げ豆大福、確保。

 



 


  






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