ダンスタイムと血の乙女

 果てしない崩壊が空間に亀裂を走らせていく。すべてが収まった時、血に濡れた湖は端っこのほうから崩落していた。しばらくすれば俺の立っている場所もいずれ異次元へと飲みこまれてしまうのだろう。


 野生ののじゃロリこと黒髪の少女は服装がボロボロになっていた。布切れを腕でかき集めるようにして、どうにか恥ずかしい部分が晒されないようにしている。


 恨めしい者をみる眼差しが注がれてきていた。

 すごい形相だ。怒らせてしまっただろうか。


「この力……おぬしはふさわしいようじゃのう」


 少女の服装が湖から血を吸って再生していく。最先端の布地かな。

 彼女はたちあがって、いくばくか柔らかい表情を向けてきた。


「おぬし、名はなんという」

「赤木英雄。あるいは指男、それともフィンガーマン」

「どれかひとつにせい」

「じゃあ、赤木英雄で」

「変な名前じゃのう」

「人の名前をバカにしちゃいけないって俺のお母さんが言ってたぞ」

「どの口が……こほん。アカギ・ヒデオよ、おぬしは力を示した。赤い血のアダムズ、それがもたらす恩寵を受ける資格がある」

「パッケージの中身をようやく渡す気になりましたか、野生ののじゃロリ。大人をじらすのはやめなさい。はやく渡すのです」

「ぐぬぬ、いちいち腹のたつガキじゃ……」


 黒髪の少女はおでこをチョンチョンチョンっと指でつつき「イラついてはいかんぞ、ルー・ウルよ、こやつは赤子も同然、寛容な心をもつのじゃ」と、ぼそぼそと小言をつぶやいた。


「おぬし、赤い血の力を受け入れる覚悟はあるかのう」

「もちろんですよ。私を誰と思ってるのですか。赤木英雄ですよ」

「ふん、では、覚悟をするがいい。ちと痛いぞ。泣いてしまうかもしれん」


 黒髪の少女はそういうと、手をこねくりまわしはじめた。

 手にワックスを出して、髪につけるまえに念入りに手のひらに広げるように。

 ちいさな手が赤い雷を帯び始め、バチバチッと音を鳴らす。幼さの塊みたいな小顔が、赤色のスパークによって照らされる。


「ほう、電気マッサージですか。この赤木英雄、これまでいろいろ痛い思いはしてきましてね。いまさら電気ごときで泣き叫ぶと思ったら──」

赤い血に濡れるアダムズ・シークリプト


 少女の口からそれまでとは違う音程、声調、複数の音がかさなったような力のこもった言葉が紡ぎされた。それは俺の臓物を震わせた。ちいさな手が帯電した赤雷を、拭いされるように一纏めにし、放射した。


「うびびびびびびびびび──!?」

 

 うぎゃぁぁぁぁあああああ!!


 血管すべてが沸騰する。灼熱という言葉はこのことか。細胞のひとつひとつに耐えがたい熱量がかけめぐり、思考と理性を焼き、それから刹那でも逃れるためにビクンビクン震えながら叫んだ。


「うびびびびびびッ!」

「ゆ、指男ぉぉお──!?」

「ちー!?」

「ぎ、ぎぃい!」


 ああ! あれ!? いつの間にか黒城壁のうえに!? ドクターもシマエナガさんも、ぎぃさんもいる!? 現実に戻ってきたのか!


「うおおお! うびびび、いひひひひひっ! あぎゃぎゃぎゃ! あゔッ! あゔッ! おゔッ! ぽあぁ! いだだだだッ! だ、だれ、か、だずけッ!」

「どうしたんじゃ、指男!? 赤雷を纏って踊りだしたぞ!?」

「ちー!(訳:すごいちー! 雷をまとってカクカクした動きでムーンウォークをしだしたちー!)」

「ぎぃ、ぎぃ!(訳:これほどキレのあるロボットダンス、次世代のマイケル・ジャクソンといっても過言ではありません。流石です、我が主!)」

「あゔッ! あゔッ! ぽうッ! ぱおッ! オウッ! だれ、が、助け、ポウッ! あ゛ゔッ────」


 強大な雷のせいだろうか、俺の肉体は破壊的な電気信号を受けて、期せずしてノリノリに踊りだしてしまっていた。すげえ強い電気マッサージだ。痛くて、声も出ちゃうし、助けてほしいけど、誰も俺が苦しんでいることに気づかない。


 それどころかテンションあがって来ちゃって、「イッツダンスターイム!」とじじいが張りきりだしてしまった。まるまる膨らんだ鳥も、黒いなめくじも気分がノッテきてしまったのか、ポヨンポヨン跳ねたり、クルクル回転しだした。楽しそうだ。


 そんな時間が数分は続いた。地獄。

 ジュウゥゥ──俺の全身から煙がのぼる。


「はぁ、はぁ、ぜはぁ、はぁ、あぁ……」

「ちーちー!(訳:楽しかったちー!)」

「ぎぃい(訳:ふふ、踊るというのも存外愉快なものですね)」

「指男よ、いつダンスを修得したんじゃ」

「はぁはぁ、ええ、まぁこっそりとね……」


 俺は息を整えて、ステータスを見やる。

 HPとMPがすっかり元の値に戻っている。

 あの異空間での出来事は幻だったかのようだ。


 でも、あれがただの幻ではないことは、このダンスが証明している。

 ダンスというか、厳密には赤雷だが。


 俺は手のひらへ視線をおろす。

 そして握りこむ。わかる。力が増している。

 漲る。湧く。熱い。分厚い。巨大な力の層が俺を包んでいる。


「ひとまず、赤い血の恩寵ってやつ、しかと受け取りましたよ」

「おお、どうやらわしの発明はおぬしの役にたったようじゃな」

「ちーちー!(訳:いまの英雄ならきっと人間道とかいうシュガーメスガキもぶっ倒せるちー!)」

「ぎぃい(訳:ここからはシュガーメスガキ討伐編ですね)」

「ところで、皆、腹、減らんかのう?」


 ドクターはぐぅうと鳴るお腹をさすりながら、ちょっと恥ずかしそうにいう。

 

「ちーちー(訳:そういえば朝ごはんも食べずにきたちー。英雄が黒城壁のうえで黄昏ながら話をしたいなんて言いだすからちー)」

「ぎぃ(訳:我が主は雰囲気を重視するお方。それを尊重するのも配下の務めですよ、先輩)」

「ラビちゃんの美味しい料理に舌鼓を打つとしようかのう」


 皆が「帰るべ帰るべ」みたいな空気になりはじめた。

 その時になってようやく俺は気づいた。


 視界内に4人目がいることを。

 艶やかな黒髪の少女だ。

 俺は思わず口が開いていた。

 

「あれがおぬしの愉快な仲間たちのようじゃのう」

「のじゃロリ、ついてきちゃダメだろう」

「どうしてじゃ」

「子猫はひろってきちゃダメってお母さんに言われてるんだ」

「軽口の減らないガキじゃ。まったく。わしの名はルー・ウル。血の乙女ルー・ウルじゃ。よく覚えておくがいい。長い付き合いになるじゃろう」


 俺は黒髪の少女──ルーを指差した。


「ロリが見えるんだが」


 声を張っていうと、3者がふりかえって見てきた。

 俺の指差す方へ視線をやり、首をかしげてくる。


「ちーちー(訳:英雄がおかしくなったちー。特殊な性癖をもっていてももはや驚かないちー。でも、幻覚まで見始めたら流石に擁護できないちー)」

「ぎぃぃぎぃ(訳:ふむ、もしかしたらご主人だけにしか見えない存在でもいるのかもしれませんね)」

「指男よ、おぬしは度々、特殊な衝動にかられることがある。猫になってみたり、パワーと叫びだしたり、歌いだしたり、思い返しても痛すぎる側面があまりに多い。で、いまはノリノリで踊りだし、今度はロリの幻覚を見出した」

「とんでもない異常者みたいな言いぐさですね」

「ちー(訳:とんでもない異常者ちー)」

「ぎぃ……ぎぃい?(訳:否定できません。ああ、良い意味ですよ、もちろん?)」

「おおむね皆、同じ意見のようじゃ。さあ、ウサギの動く家にもどろう。次の方針について全体会議をしなければならないからのう。指男、会議にはおぬしが必要じゃ。はやくいくぞい」


 俺は腕を組み、ルーを見やる。

 ルーは眉根をひそめ、なんとも得意げな表情だ。ちいさな肩をすくめて「可哀想な若者じゃ。その年でボケとると思われている」と憐憫を向けてきた。


「わしは亡霊じゃ。おぬし以外には見えんぞ、アカギ・ヒデオ」

「なるほど。憑かれてしまったと」

「そんな感じじゃな」

「それじゃあ、四六時中一緒?」

「そうなるのう。逃れたくても逃れられんぞ? ずっと近くにいるからのう」


 俺は唸りながら「困ったなぁ」とこぼした。


「ふふふ、初めておぬしに試練を与えられたようじゃ。いい気味じゃのう♪」

「では、本当にずっと近くにいれるか試してみるか。とりあえずズボン脱ぎます」

「ふえ?」


 俺はベルトをカチャカチャとし始める。

 途端、ルーは「な、なな、なにを!?」と動揺をあらわした。


「次に恥部を見られることで僕は快感を満たすとします。最後はニャーニャーと鳴きながらあなたに甘えます」

「そんな料理工程みたいに紹介されても──うわぁあ! やめ、よせ、この変態めえええ!」


 ズボンを膝まで下ろしたあたりで亡霊は消えていた。

 俺は勝ち誇り、ベルトを締め直した。

 しばらくすると、地面を貫通してひょこっと亡霊が顔をだした。

 

「ええい、おぞましいやつじゃのう、おぬしは」

「それほどでもないです。ひとまず追い払う方法はわかりましたね」

「そんな変態的な手段に訴えかけずとも、聖骸布を脱げばわしは姿を消すわい」


 ルーは不貞腐れたように言った。


「そんなことでよかったんですか」

「わしはあくまで聖骸布に憑いているからのう。おぬしが力を行使できるのもこの聖骸布の力じゃ。この布がわしとおぬしを繋いでおる」

「逆を言えばアダムズの聖骸布を着ている分にはのじゃロリの亡霊がついてまわると」

「悪くはなかろうて。わしは美人じゃからのう」


 はぁ、まぁいいか。中年のハゲ散らかしたおっさんの亡霊じゃなくてよかったと考えれば気持ちは楽だ。


「ところで、おぬし、どうやら特殊な環境下におるようじゃのう」


 ルーを見る。彼女は不敵に笑み、城壁のうえで瓦礫にふんぞり返って座していた。


「ここは赤い血の世界ではあるまいて」

「ほう。わかると」

「遠い。祝福がすごく遠く感じる」

「そういうのも感じれるものなんですか」

「わしを誰と心得る。血の乙女アダム・オーサスのルー・ウルじゃぞ。神官級の聖職者になんという不遜なのじゃ。試練に受かったからと侮りおって」

「まぁ何と言おうと俺より弱いということで。二度と逆らわないでくださいね」

「ぐぬぬ、このガキぃ……」


 ルーは前のめりになって、青筋を額に浮かべる。が、すぐ手をヒラヒラと振って「わしは子どもの挑発にいちいちめじらを立てるほど狭量ではない」と、余裕な風で、息を吹きあげて顔にかかった前髪をはらう。


「ルーのいう通りですよ」

「ルー……? 呼び捨て……?」

「ここは魔導のアルコンダンジョンの先にある異世界です。俺たちはここで特殊な任務を遂行してます。ただ、少々、というか度重なるトラブルに見舞われてて、仲間とはぐれたり、悪党と旅行先が被ったり、あとは知り合いの妹がちょっと非行に走ってたり」

「あれだけの神々が凋落しようと、人間はいまだに争い合っているとみえる。幾年月が経とうとも人の本質は変わらぬな」


 シニカルな笑みを浮かべながらルーは人差し指を口にふくんだ。


「どうしました? おしゃぶりが必要でしたか?」


 ピキッ。という音が聞こえる。

 ルーは指をくわえるのをやめて、ちゅぽんっと音を気持ちいい音を鳴らして、濡れた指先を天に向けた。幼女の唾液でぬれた指先は風に吹かれて乾いていく。


「西じゃな」

「はい?」

「西じゃよ、アカギ・ヒデオ」

「なにがです?」

「赤い血の祝福、そのか細い光を受ける者が西にいる」


 俺は目を見開く。

 ルーは眉根をあげて嬉しそうにした。


「どうじゃ、驚いたか?」

「探索者の位置がわかるんですか?」

「ふふーん、まぁのう。同じ祝福であるならば、雰囲気を感じ取ることはできる。かなりの遠くのほうまで、まばらに祝福者が点在しているのを感じるわい。ひとまず直近の気配はわしらとして……西にいるやつははぐれた仲間とやらではないのか?」

「ふむ。では、どうすればルーを信頼できます」

「わしは赤い血のアダムズに連なる者。遠い子孫であるおぬしらにただすこしばかり手を貸してやっているだけじゃ。信じないのならそれでいい」


 俺は黒い髪に手をおいた。

 ルーはキョトンとして不思議そうな顔をする。


「信じますよ。よーしよしよし~! 良い子だぞ、偉いぞ~!」

「えへへ、撫で撫で~そんなに褒めるでない……じゃないッ!? な、なにをしておるのか、わしは神官だといったはずじゃ! おぬしより高貴で、おぬしよりずっとずーっと年上なのじゃ! 撫で撫でなぞ……こんな賞賛はいらないのじゃ!」


 ルーは頬を染め、地団太を踏んだ。意外と嬉しそうだったけどな。


「指男よ、お前さん、さっきから何をひとりで喋っておるのじゃ?」


 ドクターが戻ってきた。

 俺のことをひどく心配そうに見てくる。


「大丈夫です、ドクター」


 俺はサングラスの位置をなおしつげる。


「いつもの発作です」

「ちーちーちー(訳:発作なら仕方ないちー)」

「ぎぃ(訳:でしたら平常運転ですね)」

「いつもの発作か。今回も酷いのう」


 説得力があまりに強い言葉。発作。


「ドクター、シマエナガさん、ぎぃさん、我々の向かうべき場所が決まりました」


 俺は人差し指を口の奥までつっこんだ。

 ちゅぽんっと音を立てて抜いて天に向けた。吹く風の流れを感じる。


「西です。そこに俺たちの仲間がいます」

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