我ら正義のフィンガーズギルド

 ぎぃさんらと再会を果たした翌日。

 街をぐるっと囲むように幾重にも築かれた黒い城壁うえにのぼる。


 地上50mもの高さから眺める一夜明けたカイリュウ港。

 昨日の異形VS異形の戦いの傷跡が色濃く残り、ひどいありさまだ。


 被災した人々は家を失ったものが多い。人間とは強い生き物なようで、住民のなかにはすでに瓦礫を撤去を始めている者もいる。


 もちろん、皆が皆というわけではない。


 路上でうなだれたり、海辺で黄昏たりしてる者も多い。恐ろしい体験だっただろうから無理もない。九死に一生を得た翌朝くらい、訪れた平和のなかで気怠げに揺蕩う時間があってもいい。


「ちーちーちー(訳:やれやれ、英雄は反省したほうがいいちー)」

「どうして俺に反省をうながそうと言うのです、シマエナガさん」


 俺の隣、ふっくらしたデブ鳥シマエナガは素朴な黒瞳で見つめてくる。


「ちーちー(訳:英雄の行く先々で街が壊滅しすぎちー。もうこれは言い訳のしようがないちー。完全なる疫病神ちー)」

「今回は俺のせいじゃないです」


 カイリュウ港のある方面、俺がメテオノームをスマートに倒そうとした結果、瓦礫と更地になった地域から目をそむけつつ、俺は己の無実を主張する。


「ちーちー(訳:ちーの悪行は糾弾するのに、自分のやらかしは棚にあげるのは良い人間のすることじゃないちー。しっかり向こうも見るちー)」

「アメリカでは謝ると自分の非を認めたことになるってフェデラーが言ってました。日本人はすぐ謝るのがよくないです。法廷で不利にならないために、俺はギリギリまで粘ります。たとえ10:0の勝負でも、粘り強さで5:5にはもっていきます」

「ちー(訳:流石は英雄、示談力の鬼ちー、ちーも見習うちー)」

「やめてください」


 シマエナガさんのムチムチした身体をぎゅっと挟みこんで圧迫する。

 手のなかからふわふわのボディが上下にはみだす。

 何と言う体積の変化だ。液体なのかな。

 

 圧迫跡が残ってスリムボディになってしまったシマエナガさんをそこら辺に置いておいて、俺はぎぃさんとドクターのほうへ向き直る。


 昨日、ぎぃさんたち厄災島の者たちに起こった出来事を聞いた。

 島ごとの転移、魚人族との悶着、カイリュウ港制圧、そして『顔のない男』の勢力との衝突まで。


 あぁそうそう。言い忘れていたが。

 昨日の戦いは、結末としては悪くない落ちどころを得た。


 ぎぃさんはこの街を侵略した異形たちの女神とされていて、怪物たちを従えているものだから、住民たちからかなり恐がられていた。ぎぃさんは統治者として恐怖を振りまくつもりはなく、あくまで平和的理性的な関係を望み、住民たちとの信頼関係を築こうと融和政策を打っていた。だが、虚しくもあまり効果はなかった。


 受け入れられない日々が続いていた時に、昨日の襲撃だ。ぎぃさんはこの街を外敵の襲撃から守った救世主と思われるようになり、期せずしてカイリュウ港からの信頼を獲得することに成功したのだ。怪我の功名というやつだろう。


 そして俺は女神に協力し、この街を守り抜いた英雄扱いされている。


 事態は俺が想像していたより複雑だったが、街を救い俺の名声を高めるという着地点はなぜか想定通りにいった。想像と違う形ではあるが、まぁいいだろう。


「(良いことばかりでもありません。我々は巨悪の存在を感知し、あちらもこちらの存在に完全に気づいてしまいました)」

「そういえば、人間道さんはぎぃさんに何のようがあったんです?」

「(あの桃髪の少女、人間道は私を勧誘してきたのです。『顔のない男』の側につかないか、と。スカウトというやつです)」


 ぎぃさんはそれを断り、結果、武力衝突することになったらしい。

 昨日、そのことについては話を聞いている。

 

「(『顔のない男』が築いた闇のギルド、その名はノーフェイス・アダムズというらしいです。私がいるべき場所だと、人間道は意味深な笑みをたたえて言っていました)」

「ノーフェイス・アダムズです、か。どうしてぎぃさんを?」


 ぎぃさんは肘を抱き、肩にかかった黒髪をはらう。


「(美少女だから、でしょうか?)」


 ぎぃさんは心なしか平らな胸をはる。

 すかさずシマエナガさんが飛び出した。


「ちーちーちー(訳:許せない後輩ちー。マスコットの原則を破って美少女化するなんて、あげく先輩であるちーに当てつけをしてくるちー!)」

「(せ、先輩、落ち着いてください、あっ、やめ、つつかないでください……!)」


 美少女ぎぃさんに襲いかかる悪のデブどり。完全なる被害妄想をこじらせたクレイマーなど相手にしないに限るが、不幸なことにこの鳥はとても強い。

 執拗についばまれ、ぎぃさんは美少女形態を維持できなくなったのか、溶けるように変形し、黒くてヌメッとした元の姿に戻ってしまった。これはこれで可愛い。


「ぎぃ(訳:ひどいです、先輩、こんなことは許されません)」

「ちーちー(訳:どうやらまだついばまれたいらしいちー)」

「指男よ、先住鳥のパワハラを見過ごすのは正義に反すると思うのじゃが」

「俺もそう思います。エクスカリバー」


 シマエナガさんを爆破し、ぎぃさんを助けておく。


「ちー!?」

「話が進まないです。ほら、こっちに来て、ふたりども抱っこしてあげますから」


 鳥と蟲を抱え、俺は朝日を背に城壁の手すりに腰かける。


「ノーフェイス・アダムズの目的はわかっているんですか?」

「ちーちー(訳:ちーの推理では、後輩の軍隊をつくる能力を欲しているとみたちー)」

「ほうほう、いいですよ。シマエナガさんに5点」

「ちー(訳:あのいけ好かない白髪アーラーが言っていたちー。人間の軍隊は時代遅れ、モンスター兵器の軍隊こそトレンドちー)」


 シマエナガさん、なかなか頭がまわる。俺、全然わかってなかったや。


「流石はシマエナガさんですね」

「ち~!」

「ぎぃぃ(訳:それはどうでしょうか)」

「え?」「ち、ちー?」


 挑戦的に鳴くぎぃさんに視線が集まる。


「ぎぃ(訳:ノーフェイス・アダムズが私のもとに来たのは恐らくは偶然です。彼らが魔導のアルコンダンジョンでおこなっている本来の思惑ではないはずです)」

「なるほど、たしかに、ぎぃさんが異世界に来たのは厄災島の転移に巻き込まれたから。つまり偶然の事故と。うーん、流石です。ぎぃさんに10点」

「ちー(訳:配点がガバガバちー)」

「ぎぃ(訳:我が主、私はフィンガーズギルドの力を使って、やつらの邪悪な思惑を打ち砕くべきだと考えます)」


 おや、ぎぃさんにしては珍しく善性の発言をする。


「それはどうしてですか、ぎぃさん」

「ぎぃ、ぎぃ(訳:我が主は、私や先輩、そして後輩の面倒をみてくれています。私のような優秀な者ならまだしも、人類が厄災シリーズとくくる存在には問題児が多くいるのもまた事実)」

「ちーちー(訳:ちーは優秀なメンツちー。勝手に侵略行為をはじめたりしないちー。厄災は問題児が多いせいでくくられがちで迷惑しているちー)」


 一番のクズは被害者ヅラも得意です。


「ぎぃ(訳:ここでダンジョン財団に恩を売るのです。『顔のない男』は厄災指定を受けた人間。財団の敵です。ここで活躍すれば、財団と我が主の間にある緊張感を緩和できるでしょう。9番目のアノマリーコントロールが、人類ひいては財団への貢献として『顔のない男』の首をかかげ、我々の忠誠心を示すのです)」


 厄災たちの問題点は危ない存在ということ。

 財団が俺に抱く危機感は、俺個人で彼らを管理することへの不安にある。

 厄災たちと協力し、平和に尽力する姿勢を示せれば、たしかに大きな信頼を勝ち取れるだろう。

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