再会

 カイリュウ港に戻ったあと、豆大福が空を飛んでいないか目をこらしたが、どういうわけか見つからなかった。

 

「シマエナガさん、どこにいったんだろう」


 セイやイグニスたちを最後に見た黒い城壁近くも確かめたが見当たらない。

 メテオノームと最後に戦った場所へもいったが、誰もいなかった。

 人間道こと修羅道さんの妹もいなかった。いたらいたで困るが。


 カイリュウ港を包んでいた戦いの気配もすっかりなくなっていた。


 俺がヴェヌイまで吹っ飛ばされて、大聖堂をひとつ瓦礫に変えて、瓦礫の下でご褒美ドリームしている間にあらゆる争い事が終わったかのようだ。


「おぬし、まさか指男か?」


 聞き覚えのある声にふりかえると物陰から老人がひょっこり姿をあらわした。

 薄汚れた白衣、禿げた頭、どこか胡散臭い雰囲気をまとうこの老人を俺は知っている。


「ドクター、久しぶりですね」

「指男……!」


 そう言うと、老人──厄災島にいるはずのドクターは胸をなでおろし、深くため息をついた。


「当初の想定があたっていたということかのう」

「ドクターにはこの状況がわかっているのですか」

「いいや、あんまり」

「そうですか」


 俺は笑みを浮かべる。安心させるような頼れる笑みを。


「ん、もしや、おぬしには状況が掴めているとでも」

「ほとんどね」

「おぉ流石じゃのう!」

「あぁいや、ほとんど俺もわかってないって意味です。なんでドクターがここに?」

「おぉ……流石じゃのう。いつも通りで安心したわい」

「それはよかったです」


 俺とドクターは歩み寄り、固く握手をかわすと、軽くハグし、背中を叩きあった。


「こっちに来るんじゃ、みんな会いたがっておる」


 ドクターについていくと、城のような場所についた。

 カイリュウ港でも一番おおきい建物だ。

 権力者の城なのだろう。


 城の内部には、この街の住民と思われる者たちがひしめいていた。カイリュウ港全体が戦場と化したために、この城に避難していたのだろうと思われた。


「先の変質体との衝突では奇跡的にカイリュウ港の住民は死傷者がでなかった」

「それはよかった。幸運ですね」

「人間が死ぬとなんとも後味が悪くなるものじゃからのう。いまにして思えば、おぬしのブチのおかげなのかもしれんのう」


 言ってドクターは俺の胸元に視線をやってくる。

 そして固まった。目を丸くして、足をとめて。

 ひび割れ、輝きを失った黒いブローチの姿にショックを受けたように。


「選ばれし者の証が……」

「ブチは殉職しました。最後まで職務をまっとうして。勇敢でした」

「なにがあったんじゃ。おぬしの破壊の余波からこれまで多くの命を救ってきた影の功労者が、そんな姿に……」

「話せば長くなります」


 ブチは物質世界を飛び越え、いまはスキル化して世の中を守り続けている。俺と言う脅威から。もしかしたらカイリュウ港で犠牲者がでなかった奇跡はこいつが引き寄せたものなのかもしれない。知らんけど。

 

 広い中庭に避難した者たちをかき分けて、城のほうに向かう。

 城内には黒い指先たちが城を守る衛兵のごとく従事していた。

 疑問に思いながら、ドクターに連れてこられたのは、城の上階である。


 上階は激しく損壊しており、天井も壁も吹き飛んで、青空と白い雲が頭上にせまっていた。先の戦いによってこのような有様になったのだろう。


「ん」


 解放的な廊下を進むと、長方形を途中からぶったぎったような空間にたどりついた。壁にはステンドグラスの残骸と、火教にまつわる紋章が描かれたタペストリーなどがうかがえる。城内礼拝堂だったのだろう。ベルモットの城にも同じような礼拝堂があったのでわかるのだ。

 

 解放的な礼拝堂には長椅子が規則正しく並べられている。

 そのうちのひとつに座する黒髪の少女と目があった。黒い怪物をしたがえる彼女は、こちらに気づくとぱぁーっと顔を明るくして、トテトテと駆けよってきた。

 

「ぎぃさん、まさか異世界で会うとは」

「(我が主! やはりいらっしゃったのですね!)」


 口を使わず、脳内に響いてくる彼女の声。

 俺はぎぃさんの頭をよしよしと撫でておく。


「(我が主のためにカイリュウ港を制圧したのですが、無傷で守り切ることができず申し訳ありません)」


 しょんぼりするぎぃさん。


「制圧うんぬんについてはあとでゆっくり聞きます。ところで道中、黒い指先に襲われたんですけど、あれはどうしてです?」

「(失礼をしてしまったようですね。申し訳ありません、我が主。水槽の思念増幅が使えないので、戦闘状態に入って以降、数万の黒き指先には細かい役割を与えず、一律迎撃を命じたのです。我が主を襲った者たちは、拠点襲撃者と勘違いしての攻撃だったのでしょう」

「よくわかんないですけど、俺のこと忘れちゃったわけじゃないのなら良いです」


 少し留守にした間に主人のこと忘れてたらショックだよね。

 実家の猫は、俺のことを下に見てるせいか、よく忘れたフリされるんだけど、あれ結構悲しくなるんだよ。

 

「指男! やっぱり、いたのね!」


 ぎぃさんのに続いてでてきたのは同じくらいの背丈の白衣の少女だ。

 異常物質の義手を備えた彼女も、もはや懐かしく思える。


ナーもいましたか。元気ですか?」

「えぇ、私は大丈夫よ」

「少し身長伸びました?」

「1cmと5mmだけね。よく気づいたね!」

「あぁ気づいてなかったです。適当に言いました」

「はぁ……そういうの正直に言わないほうがいいわよ」

「学びました」


 李娜リー・ナー博士から紳士のふるまいを教授いただきつつ、さらに奥へ視線をやる。


 長椅子にふんぞりかえるように座るサングラスをかけた美少女がいる。

 ミステリアスな雰囲気をまとう謎のエージェントは、珍しくも黒いロングコートを脱いでいる。白シャツを肘までまくしあげ、紐ネクタイも地味に崩れてる。


 でも、優雅に紅茶を飲んでいるので、そのスマートさは失われていない。


「餓鬼道さんまでいるんですか」

「うん。いる」

「ここで何かあったんです?」

「メスガキ、粉砕」

「なるほど」


 俺はうなずき肘を抱く。


「嘘でしょ、指男、いまのでわかったの?」


 驚愕するナー

 俺はすぐ隣の老人へ向き直る。


「ドクター、通訳をお願いしても?」

「全然わかってなかった……」


 ナーは苦笑いを浮かべる。あまり無茶な期待をしないでほしい。餓鬼道さんはコミュニケーションが苦手なひとなので、時々、特殊な言葉選びをすることがあるのだから。こういう場合はコミュニケーションを諦めるのが一番はやい。


「まぁなんじゃ、話は長くなるんじゃが、一言で言えば、そうじゃのう、空から降って来たメスガキからエージェントGがわしらを守ってくれたんじゃ」


 視線を餓鬼道さんへ向けると、手でピースサインを作って薄い胸を張っていた。


「褒めていいよ」


 とのことです。褒め待ちだったようです。


「……流石は餓鬼道さん、いえ、エージェントG」

「ふふん、余裕、だよ」


 餓鬼道さんは満更でもなさそうにし、紅茶をひとすすり。戦闘の傷跡が残る地で、優雅にアフタヌーンティーをたしなむ。なんたるスマート。


「何がなにやら」


 俺は頭に手をあてる。

 話すべきことが山積していた。

 俺はひとつずつドクターたちから何が起こったのかを聞くことにした。

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