余韻男と外海六道因子
どうも赤木英雄です。
ついに男としてひとつ成長しました。
思えば大学生時代もそれらしいことは一度もなく生きてきたものです。私には無縁と思っていたものですが、意外なところで素晴らしい経験値を積めるものですね。
「赤木さん、話聞いてます?」
「はい、聞いてますよ、ドリーム修羅道さん」
「では、いま話した内容を自分の口で言ってみてください」
「すみません、話聞いてませんでした」
修羅道さんは爪が伸びてないか確認するみたいに指をまげて己の綺麗な手先を見つめると、フッと息を吹きかけて、やすりで爪を綺麗に整えおえたような所作をとる。
「見てください、この手」
「? 綺麗なお手手ですね」
「はい、この綺麗なお手手はこのように使うことができます」
修羅道さんの手のひらが俺の顔面をガシッと鷲掴みにした。
食い込むような五指から伝わる力は凄まじく、頭蓋骨から警告音が響く。
「いだだだだっ! ごめんなさいごめんなさい! 許してください、修羅道さん!」
「一瞬でバレる嘘をつく赤木さんはいけない赤木さんだと思います!」
「ぎゃぁああああああ────!」
「美少女受付嬢にお触りできて浮かれていたようですね!」
「あぁあああああ────ッ!」
「美少女受付嬢修羅道さんにご褒美をもらえて喜びすぎていました、ごめんなさいと言ってください!」
「あぁあ! 修羅道さんに、ご褒美をもらぇて、余韻に浸ってごめんなさい……!」
「美少女受付嬢が抜けているようですね!」
「世界で一番可愛くて、スタイル抜群で、仕事ができて、財布の紐も管理できるスーパー美少女にご褒美をもらえて余韻にひたってましたごめんなさい……っ!」
「なっ、そ、そこまで褒めてほしいなんて言ってません! わたしを恥ずかしがらせて何を企んでいるのですか! 反撃なんて赤木さんのくせに生意気です!」
修羅道さんは頬を染めながら、その指に込める力を強めた! もうどうしろと!
「赤木さんはそうやって天然さを発揮するところがいけないと思います! そんなんだから異世界でも女の子の誘惑に負け、あげく周囲に可愛い女の子をいっぱいはべらせて、ハーレムにうつつを抜かし本来の使命を忘れる愚かをおかすのです!」
「いや、ですから、セイラムも、ラビも、イグニスも、そのほかも、すべて成り行きで知り合っただけでして、ハーレムを築いたつもりは──」
「口答えは無用です! えいっ!」
最後にギュッと力をこめられ「ぎゃうちッ!!」と俺が悲鳴をあげたところで、ようやく修羅道さんの握撃から解放され、俺は顔をぺたぺた触る。
「はぁ、はぁ、顔の形、変わってない……?」
「もう一度言いますから、今度こそ話をちゃんと聞いてください」
「はい、耳の穴かっぽじって良く聞かせていただきます……」
修羅道さんは姿勢を正し、改まった様子で話をはじめた。
「あの桃髪の女の子、リアル妹人間道ちゃんとの戦闘は無謀といわざるを得ません。いまの赤木さんではボコのボコにされるでしょう。戦闘は回避してください」
俺は顔のちょっとへこんでる部分の凹凸を指でなぞりつつ、非行少女のふるまいを思い返す。
「……でも、煽りカスですよ、あいつ」
「だとしてもです。まともにやりあうのは危険です。彼女は人類がダンジョンと出会って以来、最大最高のダンジョン因子を有しているので」
「ダンジョン因子……そういえば、俺のダンジョン因子ってけっこう良いって地獄道さんに千葉で言われたことがありましたよ」
ダンジョン因子、探索者の潜在能力を決定づけるとかいうアレ。
千葉ダンジョンを攻略しているとき、地獄道さんに試薬をもちいて色を調べてもらった結果、黒色に染まったんだっけ。確かあの時は因子が良いと褒められた。
でも、あの時はAランク止まりだとか言われたような気もするが……俺、Sランク探索者になれたよね? 限界を超えたのか、赤木英雄よ。
「俺、けっこう強くなった自覚あるんですけど、あのガキを教育するのは難しいんですか?」
「赤木さんはわたしの前ではよわよわになって、わからせられてしまいますよね?」
「ええと、まぁそうですね」
思えば修羅道さんとの勝負を制した記憶がない。
「この力関係の秘密はダンジョン因子にあります。何を隠そうわたしは普通の人間ではなく、ダンジョン因子を有する祝福者だったのです!」
修羅道さんは「えっへん」とでも言いたげに、己の豊かな胸に手をおいた。
気づいていないとでも? と言おうと思ったがやめておく。次にアイアンクローを発動されたら、俺の顔面が人間工学に基づいて掴みやすくなってしまう。
「赤木さんのダンジョン因子も最強なので、赤木さんは強いです」
「なるほど。でも──」
「はい、わたしの因子も最強なので、わたしも強いです」
「最強と最強なのに俺よわよわ扱いされちゃうのは一体……」
「こほん、では納得していただくためにエピソードをひとつ」
修羅道さんは机に手を伸ばす。
机のうえには琥珀色の液体がはいったボトルと、グラスが2つ、それと氷がたくさんはいったバケツみたいなのがおいてある。
修羅道さんはトングをつかって、バケツから氷をとりだし、それぞれのグラスに1つずついれた。
「財団はダンジョン因子のコレクターです。良いダンジョン因子を保存し、研究して神秘にせまろうという試みが昔から続けられてきました。彼らは、その昔、とある古代遺跡から最強の因子を見つけました。チベットで見つかったそれは六道ダンジョン因子と名付けられました」
トングの先で、グラスのひとつをコンコンっと叩く。
「時代は変わり、わりと最近、今度は隕石からまたしても凄いダンジョン因子を採取することに成功します。それは外海ダンジョン因子と呼ばれました」
「はぁ。外海ですか」
「赤木さん、最強と最強、ふたつもあったらどうしたくなりますか?」
「ふたつを合体させて真の最強をつくります」
「大正解! 流石は赤木さんです!」
修羅道さんはグラスの氷を片方に移動させる。
「こうして生まれたのが外海六道因子。この力は凄まじかったと聞いています。ただ、強すぎたので現人類の手に余るものとして、六つに砕いちゃいました」
修羅道さんが手をパンパンっと叩くと、グラスが4つ出現する。
氷が2つはいったグラスに彼女が手をかざすと、手品のごとく氷がちいさくなり、空っぽだった5つのグラスには氷の破片たちが移動していた。
「もったいないですね。真の最強だったのに」
「最強だから何なんだって話です。過ぎた力など、虚しいだけです」
まぁたしかに。
素晴らしい暴力は楽しいが、すぐに虚無感に襲われる。
戦いの高揚感をどこかで求めるようになる。その感覚は俺も知っている。
「わたしが強いのは外海六道因子を有しているからなんです。その力は赤木さんも知っていると思います」
「はい、身体で覚えています」
骨身に染みてね。
「人間道ちゃんは同じ外海六道因子を有しています。危険性、わかっていただけましたか?」
「なるほど。最強×最強であると。なるほどなるほど」
「赤木さんのダンジョン因子については報告を受けています。黒いダンジョン因子。それはかつてアララギが示したものと同じ色だと聞きます。外海六道を倒せるとすれば恐らく赤木さんしかいませんが……現状パワーバランスは厳しめでしょう」
「最強と最強……うーん」
俺は立ちあがり、腕を組んで思案する。
「でも、あの妹さんは『顔のない男』の側に味方しているみたいですよ。この世界で悪だくみをしている以上、俺たちしかその企みを阻止できないです」
「赤木さんの言う通りです。なので一応、考えはありまして──」
「あっ、待ってください、修羅道さん、完全にひらめきました」
久しぶりに自分が天才であると思えたかもしれない。
目を丸くする修羅道さんへ俺は己のひらめきを語る。
「最強×最強に勝てないのなら、こっちは最強×最強×最強で挑めばいいんです」
「詳しい説明を求めてもいいですか、赤木さん」
「つまり、修羅道さんがもってる外海六道因子と、俺のもってる無名だけと強そうな因子を合体させて最強にしましょう!」
「合体!?」
修羅道さんは頬を真っ赤に染め、己の身体を抱いて警戒心をあらわにする。
「そ、それはつまり、赤木さんとわたしで合体しろと!? 赤木さんいきなり大胆すぎます!」
「あぁ! いや、そんなエロい話じゃなくて! 俺はそんな巧妙なセクハラしませんよ。因子の話です、因子を合体させるという、ね」
俺は氷バケツからトングでひとつの氷を移動させ、グラスにいれる。
当たり前だが、氷を追加したグラスだけ、ほかよりも氷が多くなった。
修羅道さんの誤解は解けたようで、彼女は呆れたような視線を向けてきた。
「良い発想ですが、それは不可能です。外して、くっつけて、また取り外して……そんな簡単なものではないです。因子は遺伝子みたいなニュアンスのものですので」
「あぁなるほど、確かにそれは取り外しできないですね……」
「そもそも赤木さんはいま異世界、わたしは南極です。顔を合わせて話をしているように見えるこの状況も、ドリームを通じて成り立っている奇跡にすぎません」
白い手が俺の手の甲にそっとそえられる。
体温がじんわり伝わってくる。俺の心臓がはねあがる。
脈拍が増していく。体内温度があがってきた。緊張で汗をかきそうだ。
「倒すチャンスはあると思います。ポイントは人間道ちゃんも遠征しているということです。祝福減退は免れません。どんどん弱体化するはずなので、赤木さんはあのウサギ女の作るクッキーをもりもり食べて体力を養ったり、あとは最終兵器たる『アダムズの聖骸布』を集めることで力を取り戻せばよいんです」
あの布切れなぁ、デイリー報酬でしか手に入ってないから、集めるのしんどいが、まぁいつかは集まりそうだし、修羅道さんのプランを遂行するのが良さげか。
戦った感じ、いまの俺だとボコされそうという感想も正しいことだしね。
「ところで、リアル妹という話でしたけど、どうして非行に走ってるんです?」
複雑な家庭環境だったりするんだろうか。修羅道さんの妹ちゃんなのだったら、『顔のない男』などという、世紀の大悪党につく理由がわからない。
「特別な力をもっている子ですからね、財団の管理も厳しいものでして、その生活が大きなストレスだったんでしょう。ことの始まりは頭にアルミホイルを巻き始めた時で……一番新しいダンジョンSNSのDMでは『お姉ちゃん、5Gは財団が一般市民に洗脳電波を流すための技術なんだよ! ディストピアへのカウントダウンなの! 気をつけて』と健気に警告をしてくれてました」
うーん、これは重症ですねぇ。
「そういう気質があるので、悪い大人が財団にまつわる様々なデマを吹きこんで利用するのは死ぬほど簡単だったのかと」
「悪党に洗脳されてんじゃないすか。ちゃんとアルミホイル巻いてないから」
「そういうわけで可能であればあの子を持って帰ってきてくれたら嬉しいです。わたしがしっかりと𠮟りつけますので」
修羅道さんは拳骨を素振りしてキリッと鋭い眼差しをした。
「任せてください」
精一杯頼りがいのある返事をした。
すると修羅道さんは重ねていた手で俺の手をぎゅっと握ってくる。
「大きな困難が待ち受けているでしょうが、赤木さんなら大丈夫です! なんたって赤木さんは最高の探索者なのですから!」
修羅道さんがニカッとまぶしい笑みを浮かべると、世界は崩れはじめた。
殺人事件の起こりそうだった深雪の山荘は崩壊し、沈んだ意識が急浮上する。
あやふやだった感覚がまとまりを見せ、身体の輪郭によって、肉体に魂が戻される。
手で瓦礫を押しのける。
爽やかな青空とボロボロの巨大建築が視界にはいる。
「……そうだった、俺、瓦礫のしたで気絶してんだ」
オリーヴァ・ノトス大聖堂が壊れた事実は受け入れよう。
その破壊の責任とかそういう話は一旦いい。な。いまはいい。
「危険な妹には会いたくないけど、カイリュウ港までは戻らないとだな」
俺はヴェヌイを出て郊外まで移動し、周囲に被害がでないことを確かめてから、大きく跳躍した。
踏み切った衝撃で、大地に蜘蛛の巣状の破壊をもたらし、木々が根っこから抜けたりと自然破壊が発生したが、おかげさまで俺は大空を飛翔することに成功した。
カイリュウ港→ヴェヌイまでで地面をバウンドしたせいで、街道沿いが荒れてるので、まあそこまで気にしなくてもよいだろうと自分に言い聞かせる。
そうして何度かの自然破壊をともないぴょんぴょん跳ねることで、カイリュウ港の近くまでもどってきた。
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