ドリーム通信5
目が覚めるとそこは温かな館だった。
これから殺人事件でも起きそうな立派なお屋敷だ。
暖炉はパチパチと薪を爆ぜさせ、暗い窓の外には雪はふっている。
「ここはいったい」
「おや、目が覚めたようですね、赤木さん」
俺は目線をじろりと動かす。
豊穣なる実りをそなえた御胸がみえる。
この景色、この角度、俺は膝枕されているようだ。
視界を塞ぐ大きな膨らみの向こうから、可愛らしい笑顔がみおろしてくる。
恒星を秘めた燃ゆる眼差し、重力にしたがって垂れる赤い頭髪。
ダンジョン財団受付嬢は俺の頭をなでなでしてくる。
「修羅道さんがいるということはここはドリームですか」
「ドリーム修羅道ですけどね」
「ドリーム修羅道さんでしたか、失礼、間違えました」
「まったく仕方のない赤木さんです。何度言っても間違えてしまうのですから」
ドリーム修羅道さんはぷくっと頬を膨らませる。
「なんだか物足りないような……」
思わず俺は言葉をこぼす。
「なんです? こんな可愛い女の子に膝枕してもらって不足を主張するつもりですか? 赤木さんのくせに生意気です!」
「い、いや、そういうわけじゃなくてですね」
修羅道さんの不満げな半眼から視線を注がれる。
「普段はもっと過激というか、殴るなり蹴られるなりされてるので」
「そんなわたしが暴力的な女の子みたいに言わないでください」
違ったのか。
「それにこの場所。ロケーションがいつものドリームと違うような」
「ふふん、赤木さんのために模様替えしたんですよ! どうですか、良い感じでしょう? テーマは『雪山の山荘~ミステリーの香りを添えて~』です!」
「なるほど、どうりで見たことあるシチュエーションだと」
修羅道さんは俺の頭を撫でながら顔を近づけた。
圧迫感のある膨らみと、苦しそうなシャツのボタンがズイッと迫ってくる。
「赤木さん」
「は、はい、なんですか、ドリーム修羅道さん」
修羅道さんの表情は緊張を宿していた。
彼女にしては珍しい顔だ。いつも飄々としていて自分のペースを崩さないのに。
俺は不思議に思って見つめ、彼女の良い匂いに包まれる幸せを嚙みしめる。
「赤木さん、その、どうします? 本当に触ります?」
「触る?」
俺は目の前にせまった巨星の引力に引き寄せられる視線を、意志の斥力でもって制して、修羅道さんの目をみつめる。
「こんなにはやくブラッドリーさんと合流するとは思いもしませんでしたが、約束は約束ですので」
「合流……約束……」
「あれ? 赤木さん、もしかして忘れてません?」
ジトッとした眼差しを向けられ、俺はハッとする。
夢のなかの記憶はとどまりずらい。
でも、だからといって、どうして俺はこんな大事なことを忘れていたのだ。
「おっぱい条約……!」
「そんな破廉恥な条約はありません!」
「いでっ」
おでこに指をたてられ、押し込まれる。頭蓋骨に穴が空きそうです。
「最低です、忘れてるなんて。こっちは覚悟を決めてきたというのに」
「いや、忘れてるとかじゃないですって。寝起きでぼんやりしてたというか」
「いまは寝ている最中ですけどね!」
「痛だだ! 指をぐりぐりしないで、穴が空いちゃいますって!」
どうにか指圧による穿頭手術を回避できた。
「そうですよ、修羅道さん、約束しましたよね、南極遠征隊と合流したら触らせてくれるって」
思い出したら途端に緊張してきた。
心臓が爆音で律動を刻みはじめる。
「つまり俺は条約に従って触っていいってことですか。あぁ、だから修羅道さんは緊張してたんですね」
「こら、赤木さん、ノンデリカシーですよ! わたしは緊張なんかしてません! 赤木さんみたいな非モテ男子にちょっとご褒美あげるくらい緊張しません!」
「俺、異世界で不純異性交遊もしてないです。つまり条項は満たしてます」
修羅道さんは疑いの眼差しをおくってきつつ「嘘はついてないようですね」と、納得した風にいった。
「本当に触っていいってことですよね」
珍妙な時間が流れる。
お互いに黙し、ただ暖炉で燃ゆる薪が鳴るばかり。
橙色の焔が照らす広間、ソファで膝枕される俺は手を動かした。
作法とはあるのだろうかと直前になって気になりつつ、修羅道さんの機嫌を損ねたら、酷い目に遭う恐怖もありつつ、非常な緊張とスリルのなか、ついに触れた。
「お、ぉぉ! こ、これがっ!」
「感動してるとこ悪いですが、なんですその触れ方は、というか撫で方は……んっ、こんなじっくり……破廉恥にもほどが……」
吐息がもれる音が聞こえた。
いつもみていた白いシャツの膨らみについに触れた。
まるで故郷から見える遠い霊峰に大人になってようやく登りつめたかのようだ。
変わらずそこにあり続けているのに、決して手が届かなかったもの。
ついに、ついに。こんな日が来るなんて。
凄すぎる。あまりに凄すぎる。
温かくて重たくて柔らかい。
想像した通り、否、それ以上だ。
ソファで寝転がっていた姿勢から、起き上がるように膨らみに寄る。
修羅道さんは「こ、こら、赤木さん、そんなこられたら!」と言いながら、ソファの背もたれが倒れるのに従って、姿勢をころーんっと横たえた。
ふと我に帰った俺は、自分がずいぶん夢中になっていたと悟る。
修羅道さんは精神的優位性を得たいたずらな笑顔で見てきていた。
「赤木さん、がっつきです」
「こ、これは……俺のせいじゃないです。抗うのは不可能でした」
「やれやれ。赤木さんもしっかり男の子だったということですね」
非常に恥ずかしくなってきた。
「えへへ、どうですか、赤木さん、夢を叶えた感想は」
「えと、その、すごくすごかったです」
「言葉がいつにも増して稚拙になってしまいましたね。童貞さんだから仕方ないですね──って、こら、手が動いてます! いつまで触ってるんですか! ドリーム通信量は限られているんです! こんなえっちなことばかりしていたらダメです!」
「あイタ!?」
修羅道さんは頬を赤く染め、おでこを押してくる。
頭蓋骨が陥没する音を聞こえた。
「赤木さんに伝えなくていけないことがあってドリームしたんです! もう良い思いをしたのですからちゃんとお仕事にもどりますよ!」
「はい、すみませんでした」
あぁ、終わってしまった、修羅道さんの豊かな膨らみにふれる至福の時間が。
「そんな悲しそうな顔しなくても……ただ、女の子の胸に触っただけじゃないですか」
「それがどれだけ楽しいことなのか修羅道さんはわかってないんです。悲しいに決まってます。俺はこれから何を目的に生きていけばいいっていうんですか?」
「まったく大袈裟なひとですね、赤木さんは。大丈夫です、頑張っていれば、きっと良いことはありますよ」
「つまりまた修羅道さんのおっぱいをたくさん揉める機会があるんですか!?」
「そんな変態的なご褒美をねだる人に育てた覚えはありません!」
修羅道さんは糾弾する眼差しを俺に向け、胸元を手で隠す。
「失礼、取り乱してキモ発言をしてしまいました。忘れてください、修羅道さん」
俺は咳ばらいをし、努めて平静をよそおった。
「脳内エロモードから立ちなおってくれたようで何よりです」
「して、伝えなくてはいけないこととは」
「赤木さんが出会った桃髪の女の子のことです」
「あぁ、俺を蹴っ飛ばしてくれたあの」
「彼女の名は人間道。妹たちのうち、妹のなかの妹、唯一のリアル妹ちゃんです」
ふむ。妹のなかの妹、リアル妹です、か。手に残る温かさと柔らかい感触のせいで話がはいってこないですね。もっと触りたかったぁ。おっぱい、おっぱい……。
「こらぁ! まだエロモードですね!? 童貞のくせに生意気です! ちゃんと耳の穴かっぽじって話を頭につめこんでください、赤木さん!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます