非行少女
──赤木英雄の視点
あーあ、結局カイリュウ港めちゃくちゃになっちゃったよ。スマート赤木を目指して日々精進しているというのにどうしてこうなっちゃうかな。本当にわざとじゃないんだけどな。
「賠償責任はしっかりとらせよう。そのうえで黒沼の怪物たちをスケープゴートにしよう。そうしよう」
七色の責任逃れを考案しつつ、降りてくるシマエナガさんを見上げる。
「シマエナガさん、アーラーのほうは?」
「ちーちーちー(訳:最初に英雄がふっとばされた隙に逃げられたちー。あいつ逃げ足がはやいちー。英雄の戦いぶりはしかと見守っていたちー)」
「手伝ってくれてもよかったんですよ」
「ちーちーちー(訳:やれやれ、英雄はわかっていないちー)」
シマエナガさんはしたり顔で、チラッと遠くをみやる。
ずっと遠く。崩れかかった黒い城壁の一角、フワリの姿があった。
ふわふわの影にはセイラムやイグニスの姿がある。
ブラッドリーが避難させてくれたのだろう。彼はできる男だ。
「ちーちー(訳:英雄の英雄的な活躍をみせてあげたかったちー。ちーが手伝ったりしたら、まるで英雄がひとりでは手に余る敵だったみたいちー)」
「ふたりでやればもっと楽に倒せたのに」
「ちーちー(訳:細かいことは気にしないちー。修羅道もいつも言ってるちー)」
「とにかく、この場は片付きました。『超捕獲家』でポケットに放り込んで、えーっと、そのあとはぎぃさんを探しましょう。どういう理屈で『黒き指先の騎士団』がこの地にいるのか皆目見当もつきませんけど、騎士団がいるなら、ぎぃさんもいる可能性は高いでしょうし」
「ちーちー(訳:まったくその通りちー。ちーはブラッドリーに引き続き、待機するように一声かけてくるちー。この街は変質体で溢れかえっていて危険だし、現状、黒沼の怪物はちーたちを味方と判別できていないみたいだし、とても危ない状況ちー)」
シマエナガさんはびゅーっと遠くへ飛んでいく。
「さてと。それじゃあ、しまっちゃおうねぇ~」
指を鳴らし、『超捕獲家LV4』を発動する。
空間が裂け、白い手が湧きだし、重症メテオノームを捕縛しようとする。
その時だった。
俺の視界に影が飛び込んできた。
ビュンと移動してクレーターを横切る。
『超捕獲家』の白い収納者たちは空をかく。
俺は慌てて指をならし、高速で移動するさきへフィンガースナップを放った。
爆発により、高速移動する影は急停止し、動きをその場でとめた。
「あっ、
14m先、視界がひらけた更地にガキが現れた。
突然の出現だった。メテオノームを小脇に抱えている。
恐ろしく速い一般通過。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。
「何者ですか」
「ふーん、お兄さんが例の。そっか。おじいちゃん半殺しにされちゃったね」
ガキは可愛らしい顔立ちをしている。美少女と言えるだろう。その顔には見覚えがある。例のあの人によく似ている気がするのは気のせい……だと思うが。
髪は柔らかい桃色、だぼだぼのパーカー、大きなスニーカーを履き、デニム生地のホットパンツからは健康的な足が伸びている。
不思議なのは誰かと死闘を繰り広げてきたみたいにボロボロなことだ。
服が破れ、肌には擦り傷だらけ、髪の毛は乱れてぐしゃぐしゃだ。
「こら大人を無視するじゃありません。何者かをたずねてるでしょう」
「私はすごく強い女の子だよ」
強いだろうな。それはひしひし感じる。
「お兄さん、今からでも間に合うよ、ダンジョン財団なんていう悪の組織抜けてこっちにきたほうがいいよ」
「いきなり何を言い出すかと思えば。行くわけないでしょ」
「残念」
「『顔のない男』に加担なんかするものじゃないですよ。教育に悪い場所です」
少女は「聞こえなーい」と耳に人差し指を入れる。片耳しか塞いでないので間違いなく聞こえているだろう。
「この指男お兄さんは、子どもを傷つける趣味はないです。それが非行少女でもです。おとなしくその黒焦げをおろしなさい」
「やだ」
「なんでですか」
「持って帰るから」
「どうしてですか」
「そうしたいから。そのためにお兄さんから奪ったんだもん。見てわからない? お兄さん、もしかしなくても頭悪い?」
「事実確認ですよ。本人に意思や理由の確認をするのはおかしいことじゃないです」
「効いてる効いてる」
「最近の若者はすぐに効いてるだのなんだの。その言葉を使えばあらゆる会話でマウントをとれると勘違いしてる。そもそも便利な言葉に頼るのは自分の語彙力のなさを示してるようなもの。他人が作り出した言葉にインスタントに便乗して、あたかも自分の意見のように使う。お前がすごいわけじゃないのに、そもそも効いてもないのに効いてるという脳死ワードを使って強引に優位性を確保しようとする姿勢がだな──(早口)」
「いや、本当に効いてるじゃん、お兄さん、必死すぎて草なのです」
「ええい、このガキャ、
魂に直に響く洗練された音色。
指先が奏でる破壊の行進曲が少女をぶちころがさんと煌めいた。
少女はちいさな手のひらをパッと開いた。
虚空から溢れだす黄金の輝き。それを片手で握り潰した。
すべてはちいさな手のなかで抹消された。海底で爆弾が爆発したみたいな重く低い轟音と衝撃が響いただけに終わってしまった。
「いだっ……!」
少女は涙目になって、ジュ―っと煙のあがる手をパタパタと振る。こちらをキリッと睨みつけてくる。
このデタラメさ、逆ギレ、顔つきの類似性、間違いない。
「修羅道さんとなにか関係が……?」
「そんな人知らないよ。まったく知らないよ」
ツンとした顔でそっぽを向く少女。
「財団はやっぱり悪の組織だ。お兄さんは悪の手先。子どもを傷つける趣味はないって言ったのにね。財団の大人はいつもそうだね」
少女はすこし腰を屈めた。勢いづけるような姿勢。来る、ぶっ殺される。
「お前のような子どもがいるかっ、エクスカリ────」
「ほら、またそうやって。やっぱり私なんて消し去りたいんだ」
少女は俺が反応できない速度で、間合いにはいると「お兄さんは強めに蹴っちゃうね」と笑ってほざき、大きなスニーカーで俺の腹を刺した。足刀蹴りっていうんだっけこれ。
それはもう冗談のような威力だった。
踏ん張ることは叶わない。まったく無駄な抵抗だ。
ギリギリで姿勢をつくり、腕でガードを固め、腹に力を込めた。
俺は巨星の衝突を受けとめれず、遥かな空の旅をさせられた。
黒い城壁が固くて、ぶつかった時の痛みが凄まじかった。
そのあと、何度も地面をバウンドし、右も左も上も下もわからない状態で、巨大ななにかに激突し、ようやく俺は制止することを許された。
「ごほっ……おえぇ……し、死人がでるぞ、このパワー……」
久しぶりに死にかけた。
体が思うように動かない。
血がドクドク流れているのはわかる。
傷がどこにあるのかはわからない。
受け身という概念の存在しない世界で全身を何十回も強打した。
首をもたげ、どうにか瓦礫を押しやり、周囲を見やる。
ちょうど荘厳な建物がみえた。
聖職者の像がいくつもならぶ広場には、豪奢な噴水がみえる。職人たちが魂を込め、技を結集させ、何十年かけて彫り刻んだ壁面には、草花と動物、竜と火の神話をあらわす意匠がふんだんに施されている。
ガラス窓ひとつとっても、複雑怪奇なステンドグラスが施されており、この建物が極めて高い価値をもつことを素人目にも感じることができる。
これは水の都市ヴェヌイが誇るオリーヴァ・ノトス大聖堂ではないか。
どうして現在進行形で崩れているというのだ。理由を考えたくない。
「う、うああああ! 偉大な大聖堂がぁああ!」
「建築に200年を要し、今年で400年の歴史をもつエンダーオきっての歴史的建造物がぁあああ!」
「ひどすぎる! 誰がこんなことを! 何があったって言うんだぁああ!」
悲鳴が止まぬなか、犯人探しがはじまる。
俺は押しのけた瓦礫をもう一度、自分のうえに静かに被せた。
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