選ばれし者

 指男は絶えず、メテオノームへ攻撃をしかける。

 武を一部とりこみ、盗んだ技を披露する。


 果てしない腕力と達人の技。

 ふたつがあわさり最強に見えた。


 最初は驚愕したメテオノームだった。

 しかし、途中から流れが変わった。


「見切った」


 メテオノームは指男の打撃を受け流し、瞬時に正中線へ狙いを定める。

 ”正拳四連せいけんよんれん”──気合の掛け声とともに、4連続、効かせる打撃をたたきこんだ。


 動きのとまった指男へ、今度は”横蹴り”を打ちこむ。

 反撃できない様子の指男へ、さらに人体の急所箇所へ連撃を打つ。


 攻撃を返してきた指男。

 メテオノームはわざと腕で受けた。


 ”流転るてんする大河たいが”により指男の打撃力をそのまま返す。

 これこそ防御の脱力転じて攻撃の脱力、”逆巻さかま激流げきりゅう”だ。

 指男が技を盗んだように、彼は指男の力を盗むことにしたのだ。


 巨大な大砲が炸裂したような重たい轟音がひびいた。

 打ちぬかれ、指男はぶわっと宙を舞った。

 サングラスがぽーんっと飛んで地面に落下する。


「認めよう、指男、お前は強い」


 メテオノームは深く呼吸をし、心と肉体を整えた。


「若者よ、私の技を盗むか。よかろう。そういう戦い方もある。しかし、言ったはずだ。このメテオノームに闇雲にふりまわすだけの力など通用しないと。お前の盗んだ技は、赤子がふる棒切れにすぎん。私には通用しない」


 指男は言葉をかえさず、サングラスを拾い、汚れを手ではらう。


 メテオノームは真の達人だ。

 彼は先ほどよりスマートに、より効率的に、指男の”気の起こり”を読み切り、先の先でもってカウンターをあわせ、一方的な展開をつくってみせた。


「そして、根本的にお前は勘違いしている。私は武だ。”最強の探索者”でありながら、対怪物より、対人間のほうが練度が高い。怪力無双の徒手空拳に、見知った技のやりとりが加わるのなら、そのほうがずっとやりやすくなる」


 武の論理、その権化たるメテオノームは、綺麗な動きより、獣の動きを読むのに苦労する。動きの雑味こそメテオノームが推測できない不確定要素だ。


 指男が不確定要素を捨て去れば、動きを読み切られるのは当然のことだった。


「私に武で優りたいというのなら、私より優れた武を身に着ける必要がある。だが、お前のそれはそこまでには至らない。ゆえに若者よ、付け焼き刃なのだ」


 いかに驚異的な技量ステータスを誇ろうと。メテオノームは技の練度において、指男を圧倒的に上回っていた。一朝一夕で練られた技ではない。

 攻防を重ねるたびに指男は学び、技のキレを増していったが、それでも圧倒的な差が埋まることはない。彼我の武の距離は、生半可な距離ではない。


 どんな進化速度をもってしても、その距離を埋めることはできない。


「技を使うのは逆効果だったか。やっぱりこういうのは俺の性に合わないらしい」

 

 指男はサングラスをかけなおし、ふっと一息ついた。


「俺もちょっとは共感したんだ。闇雲に力をふりまわすだけじゃダメだって言われてさ。あんたの戦い、たしかにスマートだ。知り合いに言われてな。俺はスマートじゃないって。だからマネしてみたが、同じ土俵じゃ、敵わなそうだ」


 指男は手をパッと開く。

 黄金の剣が手元にとんできて握られた。


「剣術関連のスキルも減退の影響でうまく作用しない。この街に思いやりもちながらあんたを倒すのは難しい。でも、気づいたんだ。この街ってそもそも俺が壊さなくても、もとからけっこう荒れてるんじゃねってな」


 剣を身体のまえで立て、指男は低い声でつぶやいた。


絶剣解放リリース・エクスカリバー


 黄金の剣身が、輝く焔の粒となって溶けていく。輝く炎は固体と液体の性質をあわせもち、惑星の周回軌道を漂う群星のように指男のまわりに展開される。

 

(剣の形状が変化した? それにこの圧……さっきとは別物か)


 指男の存在感がまったく違う領域にひきあげられた。黄金に輝く塵は果てしない力を秘めており、メテオノームはそれを敏感に感じ取っていたのだ。


 メテオノームは2歩後ずさり、グッと全身を力ませた。

 黒かった肌はみるみるうちに光沢をもち、銀色に輝きはじめた。


「アララギからもらった力。使うつもりはなかったが、その輝きは危険とみた」


 指男は目を細め「メタル装甲か。火力でぶちぬく」とつぶやくなり、手首をクイと動かし、柄で指揮をだした。黄金の焔の塵が急発進し、宙を泳いだ。そのさまさながら激流の河川をのぼる魚のごとく。獲物に喰らいついた。


 目にもとまらぬ高速だった。

 メテオノームは驚愕に目を見開く。

 あまりにも速い。十分な回避はすでに不可能。


 しかし、武人は焦っていなかった。

 

 自然において蛇も、狼も、熊も人より機敏なものだ。

 この武人は己より速いものの対処もしかと心得ているのだ。

 メテオノームは心眼でもって見切り、紙一重でそれを回避しようとする。

 

(ッ、ちがう!)


 避けようとした瞬間、武人は悟る。

 時すでに遅し。この距離では回避不可能だ。

 黄金の塵は太陽のごとく輝き、強烈な爆炎となった。

 

 指男は可能な限り、爆炎を凝縮し、被害範囲をおさえた。

 だが、直径50メートル前後のクレーターが作られるのは避けられなかった。

 爆風の被害範囲はさらに広域におよび、爆心地近くのカイリュウ港の建物はたんぽぽの綿毛を吹いて飛ばすように、ふわーっと大空を舞った。


 綺麗なクレーターができた底で、メテオノームは四肢の半分をうしない、黒く焼け焦げた身体を横たえていた。


 指男はクレーターのうえからそのさまを見下ろす。


「これが圧倒的な力、か……ごほっ、ごほっ」


 メテオノームは薄れた視界で、上に立つ指男の姿をみやる。

 黄金の焔をまとい、一歩も動かず、武人を屠った。

 神々しさを感じる立ち姿だった。


「そうか、はは……お前もまた選ばれし者……アララギ、こいつは危険だぞ」


 焼けた喉は空気をとりこむたび痛む。

 やがて呼吸が浅くなっていく。

 メテオノームはゆっくりと瞼を閉じた。

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