怪物に餌をあげる

「あしらってやろうと思ったのだがな、想像以上で嬉しいぞ、指男」

「アッパー気味に打ったのになんで街に甚大な被害がでてんだよ」


 困惑する指男に対し、メテオノームはかみしめるような笑みを顔につくっていた。

 指男は「悪いが、これ以上損害賠償は払えない」と、固い意志を宿してつげると、メテオノームを無力化するべく素早くせまった。


 しかし、指男の攻撃はまったく武人に届かない。

 巧みな防御により、流され、回避され、しのがれる。

 指男の攻撃が空ぶるたびに拳が殴った空気が押され、衝撃波となり、カイリュウ港を破壊する。どうにかメテオノームの身体をとらえた攻撃も、武の極みたる”流転るてんする大河たいが”により威力を地面へ逃がされてしまう。


 今もまた地面へ逃がされた指男の拳撃が、カイリュウ港を傷つけた。

 

「おい、やめろよ、そのインチキ技。ずるいって」

「これが”武”だ。お前と私との間にある圧倒的な差だ」


 メテオノームはニヤリと笑みを浮かべながら、己の技の意味、武の真髄を、かつてないほどに噛みしめていた。


 彼はもう長いこと武の真価を試す機会を奪われていたのだ。

 武とは本来、肉体的に劣る者が、肉体的に優れる者を倒すための武器だ。

 

 弱者のための武器なはずなのに、メテオノームは強すぎた、強くなりすぎた。


 武の極みを得たのはいい。

 祝福によりさらなる高次元に登ったのもいい。

 ふたつを組み合わせて人類最強を証明したのもいい。


 でも、彼は時折思う。

 もっと弱ければ、もっと強くなれたのにと。


 指男の拳が空を斬る。

 メテオノームの頬が裂け、鮮血が飛散する。


(この緊張感。防御を間違えれば致命傷か。指男よ、お前は人の形をした怪物だ。まさしく私が求めていた好敵手だ)


 メテオノームは己の故郷の”武”だけに固執していたわけではない。

 彼はダンジョン財団によって広い世界に連れ出されたあと、世界を回り、あらゆる武術体系に触れ、己の技を磨きあげた。


 人間の可能性をだれよりも信じ、練り上げてきた。

 すべての技術が自分より強いものを倒すためにあるのだ。


「だからこそ、私が貫こう」


 メテオノームは丈夫な指男に感謝し、蓄積された膨大な技を試した。

 

「これはどうだ?」


 拳をピタッと指男の胸にそえ、腰を切ることで、ゼロ距離から打撃を打ちだす。その技の名は”寸勁すんけい”──メテオノームのそれは極みにあり、かの『指男』の身体を突き穿つような衝撃力で襲った。


 指男はザーッと地面を滑りよろめいた。

 メテオノームは隙を見逃さない。

 打ちだした拳が指男のわき腹を突き刺す。

 メテオノームは手に伝わるその感覚に驚愕した。

 指男の足元、地面がミシミシと割れ、衝撃が駆け抜けていた。


 この若者は流したのだ、メテオノームの拳を。


「なるほど、このタイミングだ」


 指男はそうつぶやく。

 ありえないことが起きていた。

 メテオノームはその時ハッと気づく。

 自身の分厚い胸筋に指男の拳が添えられていることに。


 指男の”寸勁”が放たれる。


 次の瞬間、ズドンッ! とエネルギーが突き抜けた。

 胸の真ん中にすごい速度で丸太を刺されたような衝撃。

 鋭くキレのある打撃。メテオノームは間一髪で”流転るてんする大河たいが”を成功させ、衝撃を逃がした。


「貴様ッ!」

「足がついてるから良くないんだな」


 指男は地面を強く踏みつけた。半径40mに渡り、蜘蛛の巣状の地割れが起こる。整備された石畳みが大規模に崩壊し、メテオノームは一瞬の浮遊感に襲われる。


(馬鹿げた脚力め)


 宙に浮いたメテオノームへ指男の拳が伸びる。打ち込まれたパンチは武人を破壊した──はずだったが、武人は宙ですら逃がしてみせた。宙を舞う綿毛を殴るほど不毛なことはない。


 メテオノームの背後、拳圧だけで街並みが破壊されていく。


(また流された。まるで空気を殴ってるみたいだ。これが達人か)


 指男はメテオノームの技に感動していた。


「私に武で挑むつもりか、指男!」


 現時点でレベル386を誇る指男は、技量ステータスの数値もまた極めて高い数値を記録している。あらゆる技術の習得速度はとてもはやい。メテオノームという最高の教材に触れることにより、指男は毎秒武への理解を深め、技の理を吸収していた。


 怪物は餌を食べ、すくすくとおおきくなっていた。

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