Sランク第1位『星を砕きし者』メテオノーム
──修羅道の視点
魔導のアルコンダンジョンと現世をつなぐ白い亀裂。
巨大な封印柱がならぶダンジョンキャンプには、ペンギンたちが人間と交流するために遊びにきていた。かつて抵抗ペンギン軍としてぶつかったこともあったが、いまでは人類とペンギンはともに知性ある互いを尊重しあっているのだ。
異世界残留者たちによるアルコンダンジョン攻略が願われるなかで、修羅道は唯一のペンギン語話者として、キャンプにやってきたペンギンたちの対応を任されていた。
「きぇえ? きゅええ~?」
「え? どうしてSランク探索者という枠組みができたか、ですか?」
ペンギンの着ぐるみを着込んだ修羅道は、知的好奇心旺盛なフィヨルドランドペンギンの質問に応じていた。『
「かつてひとりの”異常者”がいました。変なひとという意味ではなく、極めて強力なダンジョン因子をもったひとという意味です。ダンジョン因子は探索者の力を示します。それが『
「きゅええ、きゅええ~?」
「ん、そうですね、Sランク第1位というのは、”最強の探索者”を意味しますね。まぁ順位は腕っぷしだけを現したものではないですが。それでも、第1位というのは特別な意味をもっています。昔も今も」
「きゅええ」
「ん、それは違いますよ、『賢しらぶるフィヨルドランド』ちゃん! 実は『顔のない男』は1位になったことがありません。ええ、彼の時代、最強の探索者の称号を手に入れていたのはちがう人なのです」
「きゅええええ~?」
「気になりますか? 彼は元々武人でした。探索者になったあとキャリアのほとんどをSランク第1位として過ごしました。彼は数多くの伝説をもっています。もっとも有名なものはやはり、空から降ってきた隕石を拳で破壊したことでしょうね!」
「きゅ、きゅえええ~!?」
知的好奇心旺盛なフィヨルドランドペンギンは、世のなかには奇想天外なことがたくさんあるのだなと感嘆していた。同じ知的生命体、同じ文明文化を築きし者だというのに、人類はペンギンの想像を簡単に超えてくる。
でも、流石のフィヨルドランドペンギンは赤い瞳を見上げ、「きゅえ~?(訳:星を砕くなんて本当にできるのぉ?)」と、こればかりは受付嬢の眉唾な言をいぶかしんだ。
──指男の視点
指男は空気を握りこむようなジャスチャーをする。
黄金の蝶々が粉塵より生まれ、彼の手元に集まり、一振りのつるぎになった。
「魔女の枯れ指はもう知ってる」
そのさまを見て、アーラーは目を丸くする。
(指男は純粋な祝福者なはず。神秘に関しては与えられたものを使っているだけに過ぎない。魔術などは使えないはず。となると、
「なんだ『顔のない男』とやる気満々だったんじゃないか、指男」
「そうでもない。俺は平和主義者だ。あんたら崩壊論者とはちがう。平和には備えがいる。だから、ふりかかる火の粉を払う手段を渋々用意しただけだ」
「メテオ、どうやら方々で我々の持ち味をみせすぎたらしい。対策をもってやがる」
メテオノームは「問題ない」と短くつげ、指男のほうへ呑気に歩きはじめる。
「ちーちーちー(訳:相手はけっこう歳いってるちー。若者の力でねじふせるちー!)」
ちーちー鳴く鳥を無視し、指男はメテオノームを観察する。
上半身には布をまとっておらず、顔面と頭部には、白い塗料で模様が描かれている。そのうえから黒い返り血のようなものを浴びている。手にダークナイトの生首をもっていることから、先ほどまで黒沼の怪物と交戦していたことは明白である。
「Sランク探索者がどうして大悪党の側につくんだ」
指男は一歩も動かず、メテオノームへ声をかけた。
メテオノームは歩調を変えず「意外でもないだろう」と短く答えた。
「まさか財団の探索者が、みんな正義の味方だとでも思っているのかね。探索者など肩書きのひとつでしかない」
「……。『顔のない男』に脅されてるとか」
「若者よ、君は優しいようだ。だが、心配は無用だ。私は私の意思でアララギを手伝っている」
「そいつ悪党だぞ」
「人間は身内には甘いものだろう。私としては友の仕事を手伝っているだけさ」
「そうかよ、あんた悪党だな」
指男は剣先をもちあげ、足腰にバネをためようと前傾姿勢になった。
メテオノームはその”気の起こり”を読んだ。
虚を突いた素早い踏みこみ。メテオノームはあっという間に指男の懐にたどりついた。
指男は後ろにさがりながら、黄金の直剣で斬りつけようとする。だが、メテオノームの踏み込みは指男が下がったぶんだけ、分厚い身体がせまってくる。
剣をふるスペースがない。指男は手で筋骨隆々の身体をおしのけようとする。
その手を払い、至近距離から打ち込まれる肘。空間や間合いの利用において、メテオノームは指男より遥かに達者であった。
メギギッ! そんな衝撃音が響いた。
メテオノームの体重が乗った肘は、見た目以上の威力があり、指男の胸部に深くめりこむと、彼の身体をふっとばし、建物を5棟ほど貫通させて、宙を大胆に舞わせた。
大空を舞った指男は、最初の地点から数百メートル移動させられ、黒い城壁に頭から突き刺さった。地面と水平に首だけ埋まる姿はマヌケなものだ。
指男は城壁に手をついて、スポッと頭をぬく。黒い城壁が丈夫じゃなかったら、この壁も貫通して、もっと遠くまで飛ばされていただろう。
大地に戻ってきた指男は顔をあげる。
メテオノームがそこにいた。
「丈夫だな、指男。それに剣も手放していない」
指男はザッと駆け、斬りかかる。デカい黒い人影はヌルッと動き、剣を避けると、指男の手首をとり、人体の構造上曲がらない角度にねじった。
指男の身体がふわっと浮いた。
剣はポーンっと手から離れてこぼれおちる。
「探索者は素人ばかり。お前も同じだな」
ふわっと浮いた指男へ、メテオノームは腰をいれた掌底を打ち込んだ。攻撃後も体幹はまるでブレず、次に瞬時に移行できる姿勢が残っている。
指男がふっとばされるなか、何もしてこない厄災の禽獣へ、メテオノームは不可解な眼差しをおくる。
「ちーちーちー」
「獣、お前はかかってこないのか」
「ち~」
「なにを言っているのかわからんな」
城壁を背に、再びたちあがる指男。手をにぎにぎし、自分の手に剣がないことを気づく。
メテオノームは黄金の剣を蹴りとばし、端っこの方へやってしまった。
「祝福により与えられた力を無闇にふるうだけ。嘆かわしい。お前は若すぎる」
「だから俺が勝てないと?」
「そうだ。人間は元来弱い生物だ。武を練り、技を鍛える。祝福によりもたらされた力は、そのうえで運用するべきものだ。探索者はそれがわかってない」
「意識高すぎか、あんた。圧倒的な力という選択肢も存在すると思うが」
「素人が無闇にふりまわす力なぞ所詮は付け焼き刃、本物の強さには通用しない」
『星を砕きし者』メテオノームは、ある武を信仰する部族を出身とする、生粋の武人であった。人間として強くなるために、肉体に自然の精霊をおろし、何十年という長い歳月をかけ修行をつづけ、真実の強さを手にいれることに彼らの信仰はあり、それこそが教義なのだ。
かつてダンジョン財団は、俗世から離れた地で、まだ見ぬ祝福者を探し、そしてメテオノームという最強の探索者を発掘するにいたった。
果てしない修行で宿した”武”、神に見初められ与えられし”祝福”。
メテオノームが人類最強という称号を掲げるのは必然だった。
「指男、私を倒せる人間はいない。無論お前も私を倒すことはできない。もう力の差はわかったはずだ」
言うことを聞かず、スタスタ散歩するように近づいてくる指男へ「傲慢な若造だ」とこぼし、メテオノームは練り上げられた拳を打ちこむ。不思議なことに指男は、まるで″武″を感じさせるような所作でそれをいなそうとする。
メテオノームは指男の浅すぎるモノマネに不快になった。
指男のいなそうとする腕の肘関節を破砕するために、外側から思い切りたたく。その打撃にももちろん一朝一夕で身につかない技が宿る。
”武”を構成する双極のうち、主に攻撃に利用される”
メテオノームの”
人でありながら、人を越えし者。
それこそが『星を砕きし者』の正体。
指男は相手の強さをよくわかっていなかった。
だが、それはメテオノームも同じだった。
彼もまたわかっていないのだ。
己が相対している若者も人を越えし者であることを。
「……丈夫だな、指男」
吹っ飛ばすことに使っていたエネルギーを、今回は吹っ飛ばすのではなく、指男の肘関節を破砕するためにすべて集中して打った。効かせる打撃は絵面は、吹っ飛ばす打撃よりも地味だが、より深刻なダメージを生むものだ。
にも関わらず、指男の肘を破壊することはできなかった。
指男は伸びきった腕を力づくでふりはらう。
若者の腕力が想像以上に強く、メテオノームはわずかにバランスを崩してしまう。
狙ったわけでもない隙を突いて、指男は武人のボディへのアッパーカット気味のストレートを放った。
(アララギが興味をもつだけある。祝福強度は指男が上か。単純な力でこれまで幾人もの強者を屠ってきたのだろうな。だが、私には真実の”武”がある)
指男のパンチ。通常、それは即死を意味する。
メテオノームは恐れない。積み上げられた”武”により受けて立つ。
”武”を構成する双極のうち、主に防御に利用される”
指男の拳が到達。
衝撃がメテオノームの肉体から地面へ逃げた。
途端、巨体の背後、向こう数百mにわたって衝撃波が駆け巡った。
街並みが地割れに飲まれ崩壊していく。破壊の波はとまらない。数百年前から炎竜皇国の交易を司ってきたカイリュウ港は、その六分の1が更地となり果てた。
「あっ……」
唖然とする指男。
上空では厄災の禽獣がやるせなく首を横にふっている。
一方、メテオノームは攻撃によろめいていた。
あまりのパンチ力に衝撃を流しきれなかったのだ。
経験したことのないダメージに、口端から血を流し、油汗が滝のようににじむ。
「ぅ……なるほど圧倒的な力、か。すこし驚いた。私としたことが、”
「攻撃を流したのか? じゃ、じゃあ、これはあんたのせいな」
指男は壊れた街並みに目を泳がせ、早口でいった。
「ほう、初めて動揺をみせたな、指男。私の″武″がおそろしいか」
メテオノームは指男の恐るべき力を再評価しつつも、己の練り上げた技が、指男を穿つことができる牙であることを認識した。
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