お喋りしないか

 黄金の炎に飲まれて、揉まれて、アーラーが落下していく。

 指男は袖を肘までまくり、サングラスの位置を中指で押しあげる。


 火に焼かれるアーラーは全身の神経が熱の痛みをうったえてくる一方、ひとつの魔術をくりだした。


冷血の装具シースアモ!」


 火だるまになっていたアーラーは黄金の炎から解放された。熟達の魔術師は、数あるなかから己を救う術を選び、発動することに成功したようだ。


 アーラーは火傷に赤く腫れた頬をおさえ、指男をにらみつける。

 

(これが都市伝説の男『指男』のフィンガースナップ、か。京都で死刑囚どもをぶつけた時、能力も手の内も確認したつもりだったが……いざ、喰らう側になるとキツイな。指を鳴らす。その符号がみえない。ゆえに回避もできん)


 気が付けば爆風に肋骨を圧迫され、そのしたの内臓をぎゅーっと潰され、吸い込む空気は灼熱になり、体内を焼いた。


 痛みは恐怖となり、戦意を喪失させる。

 

「はっ、恐れているのか、この俺が。噂通りの化け物というわけ、だ。げほっ、げほっ」


 アーラーはそっとたちあがる。


「俺は交渉術に定評がある。しかし、それはなにも交渉相手の身の安全を保障するものではない。アーラー、ひとまずはおカイリュウ港に席巻しているキモイ怪物どもをとめろ。話はそれからだ。言ってる意味わかるよな」


 指男は小首をかしげ、無表情のまま問いかける。

 それは審問者の問いだ。そして執行者の慈悲だ。

 返答の是非は彼は決め、非の懲罰も彼が決める。


 アーラーは「はっ」と、嘲笑をくりだし、にこやかに笑む。


「勘違いしているようだな、指男。強がったところですべての決定権はこちらにある。この地にいる貴様の兵隊はじきに壊滅するだろう。止められるのは俺だけだ」


 指男は「俺の兵隊、ね」と、くりかえした。アーラーの言葉から、カイリュウ港にいる黒き怪物たちが、事実『黒き指先の騎士団』だと確信を得たのだ。


「ここまで考えなしのやつだったとはな。俺は『顔のない男』に繋がる手がかりなんだぞ。お前だって、知りたいことがたくさんあるだろうに」

「あんたを殺して、死体を回収する。のちに生き返らせて尋問すればいい。こっちには尋問スペシャリストがいるんだ」

「ローマ条約もなにもあったものではないな。もっとも、よそには蘇生の奇跡を規制しておいて、グラズノ・アイジンの大釜を乱用するダンジョン財団らしい考え方ではあるが」


 南極遠征隊をおそった惨劇。死傷者が多く出た惨劇は、Sランク探索者『赤き竜』アーサー・エヴァンズが誇る至宝たる大釜により、犠牲がなかったことにされた。

 

 指男自身「あっ、ダンジョン財団はそれオッケーなんだ」と、内心思ったことを思いだす。

 

「ん? 待てよ、なんでそんな詳細を知ってるんだ」

「また疑問が生まれたな。いいだろう、答えてやる。それが俺たちの目的だったさ。もうグラズノ・アイジンの大釜は、人類が保有する異常物質のなかでもとりわけ強力だ。ダンジョン財団と戦う以上、あれをどうにかする必要があった」


 アーラーは海のほうをしきりに気にしながら、言葉をつづける。


「もうあれは使えない。呪いを含みすぎたからな」

「呪いだと?」

「はは。天才的な設計と計画さ。寄生型のキメラを潜入させ、多くの死傷者をださせる。英雄ぶりたいアーサー王は、あの大釜を使う。あるいは財団にお願いされるだろう。あの大釜を使えば遠征を続行できるんだからな。変異したキメラを窯にほうりこんで、蘇生と解呪をおこなった。呪いは大釜の底に蓄積され、いまごろは機能を失っていることだろう」

「姑息なことするんだな」

「いまはまだこちらが弱者だ。当然だろう」


 指男はサングラスの位置をクイっと直す。


「あんたらダンジョン財団と戦争でもしたいのか」

「そうとも言える。『顔のない男』は財団と確執があるんだ。戦う運命にある。しかし、あのお方をしても、財団は強力すぎる。長い時間をかけて巨大になりすぎている。こちらは頭を使わねば倒すことはできない」

「わかってるんだ。あんたらみたいな一介の要注意団体なんか相手にならないってこと。財団どうこうできるわけがない。それにあんたらは先日、ジョン・ドウを失ってる。大事な軍事力だっただろうに」

「ジョン・ドウ? あぁ、先日の一件のことを言ってるのか」


 アーラーは堪えるように笑いはじめた。


「なにがおかしい」

「いや、別に。ジョン・ドウか。それを壊滅させたくらいで得意になっているお前が可愛いやつに思えてな。あんなもの戦力でもなんでもない。ほら、カップ焼きそばの蓋についた野菜をさ、箸でこすっておとすだろう。あれと同じさ。たいした量じゃない、そのまま捨てても構わないが、一応、使っておいたってだけ。戦場において人間は時代遅れさ。お前と俺たちは、この思想においては完全に一致してる」


 黒沼の怪物と変質体キメラがいまも激しくぶつかるカイリュウ港を両手でしめし、アーラーは肩をすくめてみせた。指男は彼の物言いが気に入らなかった。


「あんたの言葉を聞いているのは不愉快だ」


 ゆえに、ゆっくりと手をもちあげた。


「話はあとでゆっくり聞いてやる。その余裕な表情をできなくなったあとでな」


 終わりを告げるフィンガースナップ。

 パチン。気持ちよい音が鳴った。


 しかし、黄金の爆発はおこらない。


 アーラーは枯れた指をかかげていた。

 指男は眉を怪訝に歪める。


「またそれかよ」

「あぁ、よかった。ちょうど、お前の相手が到着したみたいだ」

「なに?」


 アーラーが海のほうをチラッとみやると、空から影がふってきた。 

 そいつはアーラーと指男の間にふってくると、地面に蜘蛛の巣状の亀裂をべきべきべきっ! と走らせて着地し、指男のほうをみやった。


 背の高い男だった。アフリカ系アメリカ人。暗い肌色と筋骨隆々の肉体。スキンヘッドには、白い塗料で模様が描かれている。部族的な雰囲気を感じる。

 その手には頭が握られていた。黒沼の怪物のうち最上位の個体、ダークナイトの頭部である。白い鎧の兜をしたまま、力づくで引きちぎられたらしい。


「なるほど、お前が『指男』か」

「あんたは?」

「私を知らないのか? 大先輩なのだがな」


 突如現れた男の背後、アーラーは笑みを浮かべ、あとずざりながら口を開く。


「無知な若者に教えてやろう。彼はメテオノーム。『星を砕きし者』と呼ばれていた。あぁ、そう、Sランク探索者1位といったほうが伝わりやすいか」

「というわけだ。『指男』。ここからは私が相手をする。どう死にたい?」


 暗い肌の男はそういうと、拳をコキコキと鳴らした。

 

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