難しい話はやめるちー!

 シマエナガさんの背中のうえから都市の周辺を観察する。

 見える範囲のオブジェクトは主に2種類ある。おそらくはカイリュウ港として人間により築かれた街並みと、黒沼に由来する建造された黒い建物群だ。


 見慣れた黒い城壁は、カイリュウ港をおおい隠すように、何十にも敷かれている。区画は念入りに計算されて築かれているようにみえる。


 いまは区画ごとの壁は破壊され、暴力の痕跡がそれらを無造作につなげている。長大な黒き城壁の上にも下にも、黒沼の怪物が散乱してる。


 それらにすでに生気はない。

 ここまで延々と続いていた光景は、都市内部で一層苛烈になっている。


 注目するべきは死体にも種類があることだ。

 具体的にいえば、黒沼の怪物ばかりが死んでいるわけではないのだ。


 黒沼の怪物と同じくらいの勢いで、醜い化け物たちが転がっている。

 体に槍が刺さっているところを見るに、黒沼の軍勢と戦ったようだ。

 

「ん、このキモさ! あの時の変質体に似てないですか……?」

「ちーちーちー!(訳:やつらちー! 南極行きの船を襲った寄生型ちー!)

「ということは、もしやタケノコ──『顔のない男ノーフェイス』の手先ですか?」


 思えばドリーム通信で、修羅道さんが、いや、ドリーム修羅道さんがタケノコの手先がうんぬんって言ってたんだよな。

 いつも詳細については聞きそびれていたが……南極遠征隊の船団にあれだけ大胆な攻撃をしてきたのは、異世界でなにかを企んでいるからだったからなのか?


 この世界をとりまく第三の勢力『顔のない男』の気配は急速に濃くなり、俺の灰色の脳細胞は事態を理解しようと高速回転しはじめた。


 ズドンと炸裂音が聞こえたのは、そんなことを白い背中のうえで考えている時だ。

 向こうのほう、海を背景にした街並みの一角、背の高い建物が粉塵をまきあげて瓦解した。


「争いの音、すごい規模だ……まだ戦いが続いていますね」


 シマエナガさんは何も言わずともスイーッと飛んでく。

 

 黒沼の怪物たちとキモキモ変質体たちの戦いは現在進行形で続いていた。

 怪物たちは激しくぶつかりあい、街をめちゃめちゃにしながら殺しあっている。


 事前に聞いていた状況から考えれば、黒沼の怪物たちが占拠していたカイリュウ港にたいして、変質体の軍勢が攻撃をしていることになるのだろうか。となると、街中まで押し込まれている時点で、黒沼の軍勢が劣勢とみえる。


 ん? あれあそこにいるの白亜の鎧をまとってるな? あれってハリネズミさんが召喚して、『黒き指先の騎士団』に配備してたセイントシリーズの装備じゃね?


 あっ、あっちで駆けまわってるやつ。緑雷を纏う黒鎧、破天の装備だ。ということは、あれはユタ・ニュトルニア? なんでここにいるんだ。


 すげえ見覚えあるやつらばかり。

 思考が切り替わる。除外していた可能性が急浮上する。

 これもしかしてうちの黒沼軍団なのではないでしょうか。


 理屈を飛び越えて、頭のなかでそうとしか思えなくなった。

 途端、なにが味方で、なにが敵なのか、認識がクリアになった。


「まさか、ぎぃさんもどこかに……」

「ちーちーちー!(訳:英雄、あそこに人がいるちー!)」


 視線をやれば、キモキモ軍団を指揮していると思わしき、男を発見した。すらりと背が高く、白いサラサラした髪と、燃える赤い瞳をもっている。イケメンだ。その甘いマスクでどれだけの女性を魅了してきたのか。


 白髪のイケメンは空飛ぶキモイ怪物の背に乗って、同型の変質体たちをはべらせながら、激しい戦いが繰り広げられる戦場を俯瞰していた。


「第一村人発見だ。おい、そこのお前、ちょっと話を聞かせてもらおうか」

「ちーちー!(訳:大人しくするちー。ちーたちは気が短いことで有名ちー!)」


 向こうもこちらに気が付き、驚いた様子でみてくる。


「貴様……っ、シマエナガと指男か。まさかこんなタイミングで会うとは……」

「あ? 俺たちのこと知ってるのか?」

「ちーちーちー♪(訳:ちーたちもすっかり有名人ちー♪ そろそろファンたちの目を気にして、外を出歩かないといけない頃合いかもしれないちー♪)」


 能天気にシマエナガさんがふっくらする一方で、白髪のイケメンは分厚い本を片手に開き、チラと海のほうをみやる。


「おい、無視するなって。こっちが何も知らないと思ったら大間違いだぞ。お前、『顔のない男』の手先なんだろ!」

「ほう? すでにそこまでわかっているのか、指男」


 白髪のイケメンは顔をかたむけ、余裕しゃくしゃくといった表情をつくる。


「初めましてだ、指男、そして厄災の禽獣。俺はアーラーという者だ。こんな広い世界で、まさか偶然にもお前に出会ってしまうなんて、幸運というか不運というか」

「聞きましたか、シマエナガさん、こいつマジで『顔のない男』の手先ですよ」

「ちーちーちー!(訳:どうやらちーたちは期せずして悪党と邂逅を果たしたみたいちー!)」

「本当は確信なんてなかったのに、あっさり認めましたね」

「ちーちー(訳:馬鹿で助かったちー♪ 自己紹介までしたちー♪)」

「……。ふざけた男だ。まぁいい。別に隠すつもりもなかったことだしな」

「アーラーとやら、お前、なにをたくらんでる」


 俺は地上を指差す。


「あの変質体、南極遠征隊を襲ったやつだろ。それに厄災島を襲ったジョン・ドウの兵士も、あんな感じで化け物になった。あれもお前たち、『顔のない男』の仕業なんだろ?」

「だったらどうする、指男。俺を殺すか?」


 アーラーはニマりと笑みをつくり、自身の胸に手を置いた。


「『顔のない男』。ダンジョン財団でさえその正体にたどり着けていない怪人、その唯一の手掛かりが目の前にあるんだ。俺は『顔のない男』に認められた男だ。俺からいくらでも聞き出したい話があるだろうさ。言ってる意味わかるよな?」

「意味わかんねえな! エクスカリバーァァア!」


 俺は指を鳴らし、黄金の火炎を虚空より呼びだした。

 輝く爆発は数奇な衝撃波となり、アーラーとキモイ飛行体を消し飛ばす。


「ぐあぁああああ!? 人の話を聞けぇぇええ!?」

「ちーちー!(訳:英雄にそういう難しい話はやめるちー!)」


 アーラーは吹っ飛ばされ、黄金の火に包まれ、墜落していった。南無。

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