英雄、カイリュウ港入り

 ──赤木英雄の視点


 おかしな話ですねえ。

 ここは異世界。南極の白い亀裂をくぐった先だ。

 どうしてこんなところに黒い指先たちがいるのか。


「ちーちーちー!(訳:お前たち、ちーと英雄にこんなことをしていいちー!?)」

「そうだそうだ! 君たち、このフィンガーズギルドの長、赤木英雄のことを忘れたとでもいうのかね!?」


 草影からザッと飛び出して襲いかかってくる。

 質問への返答は暴力です、か。


「話し合いで解決しませんかぁぁあ!?」


 俺は叫びながら、肘から先をしならせて打つジャブで前方から迫る黒沼の怪物をしばき、後方からせまる個体は裏拳でふっとばした。

 仲間の遺体によって、黒い壁にべちゃっとシミをつくられてもなお、彼らの攻撃はとまらない。合計で20匹ほど殲滅してようやく静かになった。このあたりの黒沼の怪物を全滅させたという意味であるが。


「ちーちー(訳:英雄は話し合いを語らないでほしいちー。恥ずかしいちー)」


 死体をあらためて検分しても、やはり黒沼の怪物にしか見えない。

 ふむ。話がみえてこない。どうしてここにこいつらがいる。

 どうして俺は襲われている。カイリュウ港を占拠したというのは特徴からいって、この黒沼の怪物の集団ということになるのだろうが……。


「ん、待てよ、そういえばこの世界にもナメクジはいたな」


 俺は『超捕獲家Lv4』を開く。


 煩雑にモノがつっこまれた有限の異空間から取りだすのは、ヴォール湖でレヴィを洗脳状態に陥らせた危険物『魔導傀儡』である。異常物質だ。この世界ではマジックアイテムという呼び方をするのが正しいのだろうか。


──────────────────

『魔導傀儡』

魔導神の恩寵が与えられた黒沼の貴族

秘文字『魂』が刻まれている

対象へ強力な精神系攻撃『洗脳』を行える

──────────────────


「ちーちーちー(訳:レヴィを洗脳するほどの威力をもった恐ろしいアイテムちー。後輩によく似てるちー。もしかしてカイリュウ港を占拠してるのは後輩の同族ちー?)」

「ぎぃさんと同じ種族がこの世界にもいた。そして、それは同じような能力をもっていて、軍隊を築けて、城を建築する能力もあった。そう考えれば、今回の事件は道理が通りますね」

「ちーちーちー!(訳:流石は英雄ちー。完全にそうとしか思えないちー。厄災島がこっちの世界に移動していて、後輩がちーと英雄の目が届かないうちにやりたい放題チャンネルはじめた可能性を追うよりよっぽど現実的ちー)」

「そんな突拍子もないことが起こるわけがないですよ」

「ちー(訳:それもそうちー)」


 ふむ、ひとまずの推測はこんなところだろうか。

 南極遠征隊のはぐれメンバーである可能性はずいぶん低くなってきたが……だからといって黒沼の怪物たちからなる軍勢を放っておくのはなぁ。どうしようか。


「ちーちー(訳:英雄、どうするちー? ちーたちには無関係の事件っぽいちー)」

「行きましょう。本来の目的ではないにしても、興味が湧きました。ぎぃさんの親戚……かはわかりませんけど、頭領は十分な知能があるはずです。であるならば、話し合いで人間と怪物の紛争を解決することができるかも」


 これらの黒沼の怪物が、ぎぃさんの召喚したものと同じならば、特性も俺が理解しているものと同じはずだ。彼らの知能というのは人類のそれとは違い、あくまで頭領の命令を実行するためにある。人間のように個性を見出すやつらもいるが、ひとたび一番上──厄災島ならぎぃさん──が命令をだせば、なんでもする。


 本当になんでもする。たとえ自決であろうと。

 

 なのでいましがた殺し合った仲だろうと、頭領を説得できれば、カイリュウ港を占拠しているという一連の事件も穏便な着地点をみつけることができると思うのだ。


 そしてこれは、ぎぃさんを知る俺たちにしかできないことのように思う。


「さーてと世界救っちゃいますか」

「ちーちー、ちー(訳:関係ないことなんて放っておけばいいちー)」

「徳を積むと自分に帰ってくるんですよ。こういうのをコツコツやって貯金をつくっておくのが大事なんです。何より解決できたら『黄金の指鳴らし』フィンガーマンの名声はちょー広がりますよ」

「ちーちーちー(訳:やれやれ、英雄はお人好しちー)」

 

 方針を定め、道の開通した街道をふりかえれば、ブラッドリー、セイ、イグニスがフワリタクシーに乗って追い付いてきていた。


 俺とシマエナガさんとブラッドリーが当然に抱くであろう疑問に応えつつ、この先の戦いの危険が十分に推測できるものとして、セイとフワリ、イグニスに意思を聞いておくことにした。


「当然です! 師匠、私もいっしょに戦いたいです!」

「にゃあー!」

「ご主人様の足手まといにはなりません」


 皆さんついてくるご様子。

 正直、危ない領域だとは思ってる。

 だからわざわざ聞いたわけだし。


 戦った感触的にいましがた倒した黒沼の怪物たちは、Dレベル30~40くらい。俺の手ごたえなのであんまり信憑性はないが、この世界で3カ月近く過ごした経験から言わせてもらえば、とんでもない脅威として、特にセイの目には映るはずだ。


 まぁ、イグニスとフワリが同伴してればどうにかなるか。

 いま倒した黒沼の怪物も、いまのイグニスなら安全に討伐できそうだし。


「ブラッドリーさん」

「わかってる。俺がこっちのガキンチョのには目をつけておく。お前や豆大福からすれば、俺もイグニスも戦力にはならん。お前たちで勝手に暴れていいぞ。それがもっとも効率的で安全だ」


 シニカルにブラッドリーは笑み、俺の肩をポンッと叩く。


「そんな自虐的にならなくても。ブラッドリーさんは一流の探索者であり、世界で一番いっしょに遊んでておもんない友人なんです。胸を張ってください」

「慰め能力の著しい欠如を感じるな。日本語を学び直せ」

「ちーちー(訳:英雄にいまさら言語能力を求めるべきじゃないちー)」

 

 俺はポケットに手をつっこんでむぎゅっと掴んでとりだし、ふっくらふくらませて、自動車くらいのサイズになってもらい、背中に飛び乗る。


 シマエナガさんとともにびゅーんと飛んでカイリュウ港へ向かった。


 ある地点から、街道沿いに大量の黒沼の怪物の死体があらわれだした。

 俺たちが倒した個体ではない。派手に破壊されていた。


 俺とシマエナガさんは不思議に思いながらも、はやる気持ちを感じていた。

 この先に想像つかないものが待っている──そんな予感がしたのだ。


 そうして、たどり着いた港都市には凄惨な光景が広がっていた。都市にはおおきな、それは、なんとも膨大な、黒沼の怪物の遺骸の山が築かれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る