火教の代行者、集結

 沿岸都市カイリュウ港から半日とかからない内陸にある水の都市ヴェヌイに緊張が満ちていた。謎の黒い壁に覆われ、一切の交通が行われなくなった、カイリュウ港に民は不安を向け、前代未聞の事件に不吉な噂もたちこめた。


 カイリュウ港制圧事件の7日後、民たちの不安を払拭するため……なによりカイリュウ港におこった緊急事態究明のため、ヂーニ・ニーヂスタンは大聖堂の戦力を調査のために壁の向こう側へ動かすことを決意した。


 それまでも壁の周辺の調査は念入りに行われていたが、これといった収穫は得られていなかった。


 かくして送り込まれたのはオリーヴァ・ノトスが誇る英雄『竜騎士』ルブレス率いる精鋭聖堂騎士たちであった。『竜騎士』は炎竜皇国のもっとも優れた騎士たちに贈られる称号であり、かつては古


 カイリュウ港制圧事件より8日後、ルブレス隊は情報を持ち帰った。


「ニーヂスタン様、事態は我々が想像しているよりも急を要することのようです」


 『カイリュウ港は得体のしれない黒い怪物たちによって占拠されている』

 

 それがルブレス隊の持ち帰った情報だ。

 

「敵の勢力は数千~数万。見たところ海からやってきているようです」

「オリーヴァ海の魚人じゃないのか?」

「様相からして魚人諸族ではないようです。別の海からきた海洋種族の可能性が高いかと。古い文献ではアンコウ族という存在も、かつてはカイリュウ港に姿をあらわしたことがあるようですし」

「海は我々の知らない種族がまだまだいるのだろうな。ちっ、面倒な。いきなり侵略戦争でもはじめたというのか? しかし、気になるのはやはりあの”黒い壁”だ。ごく短時間でどうやってあんなものを築いたというのだ……?」


 考えられるものは魔術やマジックアイテムの作用だ。

 それも強力な代物にちがいない。規模から考えて敵は否応なしに強大である。

 

 ヂーニは聖火司教という立場にあるため、炎竜皇国の情勢を逐一把握している。その意味においていまエンダーオに戦場を追加でもつ余力がないことも知っていた。


(先日、マーロリの教導師団が我が国の領土を侵害し、ミズカドレカ北東辺境地域で不埒な虐殺をおこなったときく。高い確率で我が国はマーロリへの報復をおこなう。こんなタイミングで未知の海洋種族の万単位の戦力を相手に大規模に戦線を築くことはできまい)


 動員する民の数、時間、コスト、どう計算してもいまから軍を用意するのは不可能であった。


「なによりすでに相手に都市をひとつ奪われているときた。やれやれ、仕方ない、やつらの力を借りるしかないようだ」

「まさか、代行者たちを?」

「あぁそうだとも、ルブレス。身の程を知らぬ野蛮な魚類どもには、エンダーオの火を見せつけねばならん。野生の獣は火傷でもってしか火の恐れを学べないのさ」


 カイリュウ港制圧事件の9日後、オリーヴァ・ノトス大聖堂のヂーニ・ニーヂスタンは竜都へ緊急要請をおこなった。内容は『代行者』の最大数の派遣だ。同じ人間の国であるマーロリが侵略戦争をはじめたのであれば、ビビらせて引き下がらせるといった手段は効果が薄い。軍はそういうロジックでは動いていない。

 

 だが、野蛮な獣たち相手なら話は別だ。

 野蛮な侵略を効率的に押し返すには、圧倒的な力を示せばいい。

 陸地はお前たちごときが侵攻していい場所ではないのだと理解させればいい。

 

「ニーヂスタン様、代行者の方々がいらっしゃいました」


 カイリュウ港制圧事件から32日後、代行者たちがヂーニの前に姿を現した。

 ヂーニは内心かなりの緊張をしながら、集まった”濃い面々”を眺める。


 火教の最大戦力をやすやすと動かせるのは、火教のなかでも限られた者だけだ。それぞれの地区の最大権力者である聖火司教であれば要請ひとつで代行者たちを動かすことができる。現にこうして代行者たちは姿を現した。


 ただ、実際のところ『代行者』の武力を使いたがる聖火司教はいない。

 それは強行なことで有名なヂーニとて例外ではなかった。


 本当なら呼びたくはない。

 なぜなら『代行者』たちは制御しにくいからだ。

 問題児イグニス・ファトゥスを筆頭に身勝手なやつが多すぎるせいである。


(圧倒的な武と引き換えに、いろいろ置いてきたやつらが多すぎる)


 とはいえ『代行者』は火教と炎竜皇国のために尽くす聖職者たちだ。

 戦いのエキスパートであり、国を脅かすあらゆる脅威と相対できる国家の剣だ。

 

「君たちを信じよう。今回のような奇怪な事件には君たちのような象徴的で破壊的な武力が最適だ」

「作戦指揮はすべてこちらに任せていただけるとか」

「あぁいいとも。すべて君たちに任せる。事前の調査により得た情報はすべて渡す。好きなようにやればいい。事態を解決さえしてくれればそれで構わない」


 オリーヴァ・ノトス大聖堂は『代行者』たちに、必要な情報をあたえた。

 作戦指揮も一任した。はじめからおわりまで、すべて彼らの裁量にゆだねた。


「ところで、イグニス・ファトゥスがいないようだが」

「『あとで行く』とだけ聞いています。より優先度の高い用事があるんだとか。きっと精霊でも見つけたのでしょう。精霊喰らいにとても熱心な子なので」

「……聖火司教の要請をなんだと思って……こほん、そうか。ならよい」


 カイリュウ港制圧事件から33日後、火教が誇る最強の闘争者たち7名がヴェヌイより怪物たちの領域へ向かった。


「情報にあった黒い怪物ですね」

「さっさと駆逐しちまおう」

「久々にシャバの肉を掴める」


 ”黒い壁”を越えたすぐ直後、代行者と黒い怪物たちは衝突した。

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