ぎぃさんのやりたい放題チャンネル、制圧

 領主の兵から逃げきったドクター、李娜、ハザドは姿を隠すことにした。

 人目につかない港の倉庫に逃げこみ、厳戒態勢のつづく通りを遠目に眺める。

 

「まずいことになったのう。トラブルが転がる雪玉のように膨れてきおった」


 視線を足元にもどせば、壁に背をあずけて李娜に回復薬を投与される。


「ハザド、すまんのう、わしらにもっと力があればよかったんじゃが」

「ありがとう、ハザドはよく頑張ってくれたわね」


 ふたりの科学者は全身に切り傷打撲をつくった痛々しい風体の戦士に感謝をつげる。ハザドは穏やかに笑み、滲む汗をぬぐい応じた、ただ一言「女神さまに頼まれた仕事ですので」と。


『パワー! やー! パワー! やー!』

「そのちいさい人形はずっと喋ってますが……」

「本体がもともと壊れてるみたいなもんじゃから、模造体も似てしまってるんじゃろうな。似なくて良いところばかり似るんじゃ。まぁ気にせんでくれ」


 ドクターは人形をぎゅっと雑に握って、『ミニ・ムゲンハイール』にしまった。

 物陰からヌルッとエージェントGが姿をあらわした。


「おお、エージェントG! よかった、無事じゃったか」

「こっちは平気。そっちは何かあったみたい」


 エージェントGはハザドをチラッとみる。

 ドクターは「実はのう」と、さきほどのゴタゴタについて話しはじめた。


 使節団はカイリュウ港で、異世界の温度感を知らなければいけない。

 文明レベルがいかほどなのか、どういう文化があるのか、どれだけ”違う”のか。

 すべては厄災島の勢力が、この世界に紛れて、指男ならびにダンジョン財団の捜索を円滑に進めるための準備のはずだった。


 お尋ね者になることは計画に盛り込まれていない。


「エージェントG、ごめんなさい、私たちのほうでトラブルを起こしてしまって。あなたの計画に支障をきたしてしまったわよね」

「ないよ。大丈夫」


(これだけ私たちがことを荒立てたというのにエージェントGのプランには支障がないとでも? それだけの修正能力があるというの? あるいは私たちの行動すら織り込み済みだった?)


 エージェントGはいつも通り「(計画? 元から)ないよ。(申し訳なさそうにしなくても)大丈夫」と、やや言葉足らずに応じていたが、そのことが李娜に伝わることはない。

 

「ところでエージェントG、そっちはなにをしておったんじゃ?」

「ん、領主の(兵士たちを倒して)、(異世界戦力の)脅威を確認してきた」


 エージェントGは腕を組み、サングラスの位置を指でなおす。


(ハザドの見聞とも一致する。魔導の世界、闘争者の水準は赤い血より幾分低いかな。私たちの力はこっちではやや逸脱したモノに見えるかも)


 単独行動中、エージェントGは兵士の群れをしばくことでこの世界の武力に対する認識を深めた。リオブザル級冒険者をうっかり倒したことはなにかの手違いなどではなかったのだ。


「(厄災島戦力と衝突しても負ける)リスクは低そう。(落ち着いてから調査再開できる。死への)怯えはもう不必要だよ、ふたりとも」

 

 李娜はハッとしてエージェントGの真意に気づいた。


(『領主の脅威を確認した』『リスクは低そう。怯えは不必要だよ、ふたりとも』……そういうことだったのね、エージェントGは最初からそのつもりだったんだわ)


 エージェントGがハザドの隣に腰をおろし、彼の頭をポンポンして「よしよし」と、仲間を守ってくれたことのお礼をしてるのを横目に、李娜はドクターへちいさな声で「ぎぃさんに連絡しましょう」とつげた。


「え? どういうことじゃ、娜」

「エージェントGには最初から一貫した目的があったのよ、ドクター」

「一貫した目的……?」

「最も効果的で効率的な手段を選んだ。彼女はどんなことも上手くこなす絶対的な自信があった。混乱を起こし、領主に兵を動かさせ、足元がおるすになったところで領主に接触し、すでに交渉を済ませたんだわ」

「え? まじで? エージェントG、すごすぎじゃね?」

「彼女ならそれくらいするわ。そして判断した『リスクは低い』と」

「リスクは低い……まさか、そういうことなのか」

「エージェントGのミッション成功率は100%。彼女は必ず仕事を完遂する。失敗はない。彼女が決めたことはつまり世界の決定事項よ。変えることはできない。彼女はすでに明晰な頭脳で計算を終えているんだわ。こちらの強力な手札から展開されるもっとも有効な戦略。認めるしかない。私とドクターは甘ちゃんだったみたい。一般人の尺度で物事を見過ぎたのよ」


 李娜とドクターは、通信機で厄災島へ連絡をいれ、1時間後、カイリュウ港に厄災島より出動した強襲揚陸艦が4000体もの黒沼の怪物たちを乗せて来航した。


 『黒き指先の騎士団The Knights of Black Fingers 』は異世界に侵攻を開始したのだ。


 怪物たちの出現に、カイリュウ港の人間は驚き、おののき、抵抗をみせたが、人類の鋼剣は、未知の材質の黒くねじれた槍のまえに何の効果も発揮しなかった。


 不思議なことに怪物たちは、人間をまるで傷つけることはなく、鮮やかにそして速やかに沿岸部を制圧し、人々をいくつかの地点に集め、まとめて管理し、武装者は武装解除させ、それでも抵抗するものは縄で縛りつけた。


 圧倒的な武力は、まるでひとつの生物のように効率的に動き、市街地を越えたのち、街を囲む城壁すら制圧し、領主の屋敷をおさえてしまった。


 鍛えてきた軍をついに動かせて、とても楽しそうに指揮をとるぎぃさんの横で、使節団メンバーは、支配されゆく都市を眺めることしかできなかった。


「人類が制御できない厄災のちからを解き放つのが、まさか異世界が最初になるとはね。厄災の軟体動物、どこから来たのかすらわからない謎の多い生物だけれど、本来彼らは慈悲とは無縁のはず。それが人を傷つけず制圧することもできるとはね」

「多少は手荒にするのかと思ったが……大人が赤子をなだめるのに暴力を使う必要はないということかのう? 約束通り、残虐なことは控えているようじゃが、これも指男のもとで軟化された結果なのじゃろうか」

「(厄災。指男のしつけは有効みたい。ところでなんでこんなことに?)」

「これが女神さまの、軍隊のちから……」


 ふたりの科学者は厄災のあり方に、畏怖と感銘を馳せ、エージェントはどうしてぎぃさんが出張ってきているのか思考をさき、魚人は威光をまえに口を半開きにして茫然としていた。


 1時間後、黒く濡れた軍勢は、ひどい恐怖を蔓延させながら、未曽有の悪夢をふりまき、なすすべのないカイリュウ港は完全に制圧されてしまった。


 2時間後には都市のまわりに最初の黒い壁が築かれた。外敵は支配者の許可なくして、この実効支配地域に一歩とて踏み入れることはできなくなってしまった。


 3時間後、厄災の軟体動物は都市と周辺地形を把握しおえ、効果的な防衛設備の建造を開始した。驚異的な能力、神話の軍勢、そして物量。すべてが逸脱していた。


 4時間後、カイリュウ港内の黒沼の怪物の数は3万を超え、人々は抵抗する意思を完全に喪失し、新しい支配者を受け入れざるを得なくなっていた。


 入植完了後、人々はそれぞれの生活に戻るようにうながされた。黒く邪悪な怪物たちが当たり前にいるカイリュウ港の新しい日常はこうして始まったのだ。


 

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