『ちいさな指男』

 冒険者組合で派手にリオブザル級冒険者を倒したのち、使節団はすぐに追われる身となった。エージェントGが倒してしまったカインザッツという冒険者は、カイリュウ港をおさめる領主の懐刀だったのだ。

 そのため街の治安を脅かす重大な危機かつ領主のメンツを潰すよそ者となった彼らを探すため、街には兵士が慌ただしく駆けるようになった。


 エージェントGは「行ってくる」とだけ言い残して、トラブルのすぐあとから別行動をはじめた。残された李娜とドクターとハザドは潜伏して待つことになった。


「あの、大丈夫なのですかね、この状況」

「ハザド、安心して。すべてはエージェントGの手のひらのうえよ」

 

 李娜は確信をもった顔で、不安そうな魚人の肩に手をおいた。

 

「いや、それはどうじゃろうな。流石にこれはミスなんじゃないかのう」

「ドクター、あなたはわかっていないわ。エージェントGの思考を」

「今回のはポンコツなのではないのか? 意外とそういうところあるぞ、あの子」

「いいえ。彼女は状況をより俯瞰的にみてるわ。例えるなら私たちは盤上の駒、彼女は駒を動かすプレイヤーと言ったところね。その視野の広さは計り知れないわ」


 李娜は目元に怜悧な眼光をひからせ、スーパーエリートエージェントの先を読みつくした一手に戦慄していた。


(エージェントG、ドクターは彼女が手を滑らせてしまって大きなトラブルを作り出したと考えているみたいだけど、それはフェイク、本質はもっと先にある)


「トラブルが起きると言うことはどういうこと」

「え? 普通に物事が上手く行かなくなるって意味じゃないのかのう?」

「違うわ。波紋が起きるってことよ。私たちはひとつの組織・国家を代表してきているわ。でも、いまの手探り状況では物事を判断するのに時間がかかりすぎる。時間は有限よ。今の状況下においては。だから、エージェントGは一石を投じた。異世界という完全アウェイにおいて、混乱を使い、つけいる隙を見出したのよ」

「いや、たぶん、あの子は指男と同じタイプだから、そこまで深く考えてはな──」

「浅いわ。ドクター、浅い」

「そ、そうかのう?」

「財団の最も優秀とうたわれるあのエージェントGよ? それじゃまるでただのポンコツじゃない」

「うーむ……言われてみれば、たしかにあのスーパーエリートエージェントがただのミスをするはずもない、かのう?」


 ドクターは徐々に考えを改めていった。まるで選択問題で選んだ最初の答えを疑いだすとキリがないように、考えば考えるほど、エージェントGの行動すべてに意味があるような気がしてくるのである。


 ドクターは別れる直前、大通り横の路地での会話を思い出そうとする。遠くを見つめるエージェントGの横顔はなんと言っていただろうか。


「慎重になるべき」

「確かにそうじゃな。これ以上、問題を大きくすると後戻りできなくなる」

「目的は変わらない」

「そうじゃな。わしらは財団あるいは指男と合流しなくてはならん」

「緊急時こそ冷静に」

「その通りじゃな、エージェントG」

「行ってくる」

 

(あの子の横顔、ずっと遠くをみていた。まさか……あの「行ってくる」は、作りだした状況が彼女の思惑通りに動いていて、時が熟したから行動を開始するという意味だったのかのう? 今思えばあの時の足取りには迷いがないように思えた)


 ドクターの期待とは裏腹に、エージェントGが大通りを通りかかった兵士の集団についていき、人気のない路地裏におびきよせてボコし、脳筋を発揮してこの世界の脅威について「武力はこっちが優勢」と、再検証をしている頃、ドクターと李娜はあっけなく別動隊の兵士たちに囲まれてしまっていた。


「どうしてわしらがお尋ね者だとわかったのじゃ!」

「たった1時間前に起こった事件の容疑者情報が出回るなんてはやすぎるわ!」

「隊長! 件の変な白装束の老人と子供を発見! 魚人もいます!」


 ふたりはハザドを責めるよう見やる。


「いやいや、俺はフード被ってますので手掛かりには……あの、まじで、言いずらいですけど、その白衣とかいう服装のせいかな、と……」

「ええい、いまは責任を押し付けあっている場合ではないぞ。ハザド、どうにか倒せんか?」


 3名を囲む兵士はすでに十数名はいそうであった。

 ハザドは布で包んである双槍を解き放ち、突破口を開こうと戦った。

 想定外だったのは、領主の兵のなかには、ハザドでさえ容易に倒せない実力者が揃っていたことだった。


(あ、あれぇ……? 俺、女神さまに強い槍2本もらって無敵になったつもりでいたのに……この人間たちめっちゃ強くないか?)


 ハザドが驚く一方で、敵方もまた想定外の事態に動じていた。


「ぐっ、この魚人、これほどだったのか」

「以前からちょこちょこ顔をだしてるやつだとは聞いていたが、驚いたな」

「カインがやられるわけだ。強すぎる」


 領主の兵のうち、その特別な実力者たちは、元リオブザル級冒険者パーティ『激流』の面々である。腕を買われ、ヘッドハントされた彼らは、かつては冒険者組合最強の称号を得ることを許された英傑なのだ。

 この状況において真に驚くべきことは、斬りこみ隊長であるカインザッツを失っているとはいえ『激流』の、人類の頂点に近しい3名の英雄の、歴戦の連携に対して、ハザドひとりが渡り合えてしまっていることのほうなのだ。


 ただ、戦力を足し引きした場合、ハザドは劣勢だった。いくらハザドが厄災島のテクノロジーで強化されたこの世界における破格のマジックアイテムを使ってようと、単騎では最強の英雄たちの連携を崩すことは叶わない。


「大人しくお縄についてもらおうか、よそ者ども」

「これ以上、抵抗するのなら命の保証はないと思え」


 李娜は単眼鏡で兵士たちを見ながら「一番高いのがあの3人で25,26,27ね」と、Dレベル換算の実力を評価していく。


「ドクター、どうしよ、28のハザドじゃだいぶキツそうだけど」

「ええい、やむをえん、まだ動作不良が目立つから使いたくはなかったが」


 ドクターは袖をまくり、腕時計の仕掛けを作動させ『ミニ・ムゲンハイール』から、ひとつの人形をとりだした。李娜は「そ、それは!」と目を見開く。


 焦げ茶色のコートと羽織り、サングラスをかけた身長20cmほどの人形、ゆっくり立ち上がるその姿は赤木英雄意外の何者でもない。


 それこそ『ちいさな指男』であある。


 ──その試みはちょっと前からはじまった。

 始まりは李娜が”黒いダンジョン因子”を研究させてほしいと、指男に申し出た時だ。応用生物学の才女は彼の特質的な力の秘密を分析し、あわよくばその力を生物兵器に反映させることができないかと考えた。


 試みが着々と進んでいくなかで、同研究はドクターにも興味をもたれた。「わしもちょっとやってみようかのう」「そんなノリで生物の神秘にちかづけるわけないでしょ」李娜はこの分野に関してだけはドクターに干渉してほしくなかった。


 なぜなら、嫌な予感がしたからだ。

 自分が専攻してきた分野で、多くの時間と、労力と、情熱を注いできたのに、あるいは、もしかしたら、この異常能力を有する老人ならあるいは……すべてをすっ飛ばして成すのではないか、と。そんな予感がしていたのだ。


 幸いなことにドクターが指男のクローンをつくりだそうとしているなどという話はまったく聞かなかった。


 それもそのはず。

 ドクターは別に生物学的なクローンを作ろうとはしていなかった。

 指男から髪の毛一本を本人の許可を経て回収し、翌朝、奇跡を起こしただけだ。


「とっておきの秘密兵器じゃ! わしにコレを使わせるとはの!」

「ドクター……まさかすでに完成していたの!?」


 『ちいさな指男』はドクターの手のひらのうえで、球体関節を動かし、手をもちあげ、人形は口元をぱくぱく動かした。


『カリカリ、カリカリ、エクスッカリバ────!』

 

 不気味な駆動音をともなってつぶやき、指を鳴らす人形。

 直後、黄金のひかりが爆発し、『激流』のメンバーのひとりを吹っ飛ばし、三軒向こうの屋根に墜落させた。

 常軌を逸した事態に、兵士たちはおののき、見るからに動揺がはしる。

 兵士だけじゃない。ハザドも目を点にしている。


「なんだ、あの訳の分からないマジックアイテムは!?」

「俺に聞くな! とにかくあれはヤバイ……!」

『カリカリ、カリカリ……──』

「ま、まずい! またあいつ指を鳴らすつもりだ!」

「く、来る!」

『──クリスマスキャロルがぁ~流れる頃にはぁ~』

「「「…………は?」」」

「しまった、3分の一の確率でなぜかカリバーキャンセルからの突然キャロリはじめるのじゃ!」

「兵器として致命的すぎる動作不良!?」


 『ちいさな指男』は、ドクターの掲げる手のひらのうえで腹の立つサイドステップをしながら歌い続ける。ハザドはその間も『激流』ふくめた兵士たちとぶつかり、どうにか時間を稼ぐ。鼻歌の前奏からはいり、演奏時間3分25秒しっかり歌い切る。


「いまのはちょっとした不具合じゃて。恐るべき兵器の本領はここからじゃ!」

「まさかフルコーラスで歌うなんて、すごいわね。こんな危機的状況でも余裕をみせつけるとは。流石は指男の模倣体といったところかしら?」

『カリカリ、カリカリ……──』

「まずい、あのマジックアイテムに指を鳴らさせるなぁ!」

「くそ、この魚人のせいで呑気に歌わせてる間もあのじじいを攻撃をできなかった!」

『みゃーお! おにゃーお! ん~! ミャーオォ────っ!(反響する音)』

「「「……ぁ?」」」

「なんということじゃ! 6分の一のいきなり猫になるをここで引くとは!」

「もうそれ兵器って呼ぶのやめない?」


 ハザドがボロボロになりながら、『ちいさな指男』のにゃんにゃんタイム、たっぷり3分を稼いだのち、どうにかエクスカリバーを引き、『激流』もろとも周りの兵士を黄金の爆発で倒しきったことで、ドクターたちは窮地を脱した。


 本物には遠く及ばずともDレベル60をくだらない『ちいさな指男』の疑似フィンガースナップを前に、リボブザル級の冒険者たちはなすすべなく壊滅した。

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