ぎぃさんのやりたい放題チャンネル、進出

 ライトブルー全体に沈鬱な空気感が漂っていた。

 言うまでもなく超アンコウ皇帝率いる海の軍隊が、謎の島の怪物たちに返り討ちにされてしまったせいである。


「うぅ、ぅぅぅ、どうして、ハザド、なんであなたなの……っ」


 ルアーナはヒレで顔を覆い、涙をながしていた。

 彼女は幼馴染を失ったことで、深い悲しみの底に沈んでいた。

 ひとり怪物たちの島に残り、ルアル族のために殿を勝って出た英雄。

 

 残念なことに皆、そんな双槍の英雄の死を悲しんでいる暇などなかった。


「この海を離れるべきだ!」

「離れてどこへいくと言うんだ!」

「東か? 北か? 南か? いっそ西へいって、エンダーオ炎竜皇国に住まわせてもらうか?」

「馬鹿者どもが、先祖が守り抜いてきた里を、そう易々と捨てられるわけがないだろう!」

「馬鹿はどっちだ! ライトブルーにいたら俺たちみんなあのバカで愚かなアンコウ族と同じ目に遭うんだぞ!」


 魚人諸族は激しい議論を余儀なくされた。

 時間はあまり残っているとは思えなかったが、すぐに大移動の準備が始まった。


 海を凍らせることができる怪物たちにの島。

 ライトブルーの支配者、超アンコウ皇帝と、アンコウ族の壊滅……圧倒的な殺戮劇。


 魚人諸族は恐怖に支配された。

 幸いにして、あの黒い蛸たちの怒りの矛先の多くは、気に食わない傲慢なアンコウたちに向いた。だが、次は確実に自分たちであろう。


「じ、実際に上陸したのは、ルアル族だったはずだ! やつらを生贄に差し出せば、ほかの魚人族は見逃してもらえるかもしれない!」

「貴様、なにを言っているのかわかっているのか!? 我らが盟友を見殺しにするなど……!」


 魚人諸族の里長や長老、影響力のある勇者たちは、連日、自分たちのこれからの振る舞いについて議論を重ねた。


「生活基盤のすべてを捨てて、ほかの海に逃げたとしてどうする? 食料などすぐに尽きる。新しい海で新しい狩りを行えれば、いいが我々には新しい食べ物の食し方がわからない。先住している種族との衝突は避けられない。この大移動にはおおきな危険をともなうぞ」

「だからどうしたという! 移動しなければ、あの島の恐ろしい怪物たちの報復によって、みんな死んでしまうだけだ!」


 恐怖に支配されたシール族の里長は、みんなに向かって、迅速な、それも今すぐの避難を呼びかけた。


「何を選んでも賭けだ。玉砕を覚悟でアレと戦うか、大移動して大勢を犠牲にするか、あるいは怪物たちが水面下にこないことを祈るか」


 里長たちも勇者たちも悩みに悩み、水掛け論に陥るなか、会議に参加していたルアル族の姫ルアーナは「あっ」と声をだし、遠くをヒレで示した。

 

「ハザド……?」


 連日の議論で憔悴していたルアーナは、窓の外、向こうから大勢を引き連れてやってくる幼馴染の姿を見つけた。怪物たちの島においてきてしまった彼が、いまさら戻ってくるはずもないのに。


 でも、その影はどんどん近くなってきて、姿は鮮明になっていく。

 ハザドは帰ってきたのだ。生還を絶望されていたあの島から。


「ハザド!!!」


 ルアーナは老人が詰まった家を飛び出して、ハザドを迎えた。

 勢いよく抱き着き、顔を彼氏の胸にこすりつける。こすこす。

 ハザドはひどく驚いた様子で、最初は恥ずかしがっていたが、すぐに自分よりちいさな彼女の身体を抱きしめてあげた。


「ハザド、ハザド、まさか、生きていたなんて!」

「俺もびっくりだよ。絶対に死んだと思ったんだけどさ」

「どうやって帰ってきたの? 今まで何をしていたの? 5日も帰ってこないなんて! 心配をかけないでよ! 生きてるならはやく帰ってきなさいよ!」

 

 ルアーナは頬を膨らませ、宝石のような蒼い瞳を恨めしそうにゆがませる。


「まあ、ちょっといろいろあってさ。でも、大丈夫、すごく良いことになりそうな気はするんだ」

「どういうこと?」

「まあ、俺に任せてよ。ルアーナもみんなも必ず守ってみせるから。そのために長老たちに話をしないと」


 ハザドは彼にひっついてきたみんなに「ありがとう、ちょっと大事な話をしてくるよ」と言って、ルアーナとともに長老たちが連日騒いでいる屋敷のなかへ。


 ハザドの生還に、ルアル族の族長と長老たちは大変に喜び、みなが彼のもとに駆け寄った。ルアーナはどこか誇らしげにしており、後方で腕込みしている。


 ハザドは周囲を見渡す。広間にはルアル族だけでなく、シール族、バブル族、ドルニー族、カイリュウ族たちの重鎮たちも集まっており、険しい顔で、なんなら「大事な会議中になんか若造がはいってきんだが?」みたいな嫌な顔をしていた。


「あ、あの、こほんっ、ええと」

「しっかりしなさいよ、ハザド。なにか大事な話があるんでしょう?」

「うん、そうなんだけど……」


(この空気感で言って大丈夫かな……)


 ハザドは高鳴る心臓を押さえ、慎み深い態度をつくって述べた。


「あの、この海を、女神さまにあげてもいいですか?」


 言葉の意味がわからず困惑する重鎮たち。

 ハザドは恐る恐る意味をよりかみ砕いて説明した。

 

 ──数日後


 ハザドはルアーナに頭を撫でられながら、ルアル族の里門の近くで、最も豪奢な服装でたっていた。彼のまわりには各種族の重鎮たちが同じようにして待機している。


「痛い……」

「まだ頬のあざ引かないのね」


 先日の会議でシール族の族長にぶん殴られたほっぺが痛んだ。

 ルアーナはすこし離れた位置にいるシール族族長をムッとした顔でみやる。あちらの族長も頬にあざがある。誰かに殴り返されたのだろう。


「来たぞ……!」


 重鎮たちのうち誰かが言った。

 明るい海の向こう、黒い一団がせまってくる。

 

 それらは先日、島に上陸した際に戦った黒い蛸人たちだ。

 彼らは水中でも難なく活動できるようで、スイスイ泳いでいる。

 背中にある触手たちが推進力を生みだしているのだろう、かなりの速度がでている。なんなら水中のほうが得意なのかもしれない。そう思わせる自然な泳ぎだった。


 彼らは黒いねじれた槍を握っており、軍団の中央にいる蛸人たちに関しては、白亜の美しい鎧をまとっており、精鋭感を初見でも感じさせた。


 マジックアイテムで身を固めた軍勢だと、造詣があるものならすぐに理解する。門前でお迎えに集まっているものたちは、”島”の戦力をハザドより聞かされているので取り乱すことはない。ただ心の内で「まじか……」と再認識するだけだ。


 軍勢の戦闘、白と黒の凶悪な体色をしたおおきな魚が馬車をひっぱっている。

 大きな魚──シャチは首から「海のギャング!」と書かれた看板をひっさげているので、その恐ろしさを理解したものは震えあがることだろう。ただ、日本語で書かれているので、ライトブルーの魚人たちに意味が伝わることはない。


 およそ200名程度からなる軍勢が門からすこし離れた場所で柔らかい砂のうえに降りた。そこから馬車ひくシャチが進みでて、やがて止まり、尊き者が降りてくる。


 黒いドレスをまとった絶世の美少女だ。

 黄金の刺繡と飾りがほどこされた上品な服装だ。

 かたわらには2名の戦士をひきつれてる。右側には緑と黒の鎧を着込んだ破天の英雄。もうひとりは四つ腕の巨体の戦士。白い鎧を着込み、大きな体に見たこともない武装をひっさげている。


 門前で待っていた魚人たちはみな、膝を砂のうえについた。

 ハザドに事前に伝えられていた通り、一切の粗相なく、神を歓迎するのだ。


 ハザドが重鎮たちに伝えたのは以下の通り。

 すべての魚人諸族が服従を選ぶのであれば、島への攻撃に対して、報復は行わない。


 この条件は、魚人族たちが無事に生き残るためのほぼ唯一の手段のように思えた。ただ、シンプルな嘘である可能性も十分にあった。


 なにせ島への攻撃で、すでにかなりの数の蛸人を殺害しているのだ。

 報復ゼロというのは信じがたい。当然の意見だった。


(でも、信じるしかない、俺たちは、それしかできないんだ……)


 魚人諸族の重鎮たちは、腹をくくり、遂行する。服従を。

 しばらくの沈黙がながれた。長すぎる沈黙だった。

 重鎮たちはおおきな圧に呑みこまれそうになりながら、ピクリとも動かない。


 そのさまを見て、感情を宿さない少女の顔に、笑みがすこしだけ綻ぶ。

 

『服従の準備ができているようで、なによりです』


 ようやく聞こえてきた声。

 頭のなかに直接語りかけてくる奇妙で、綺麗な、心地よい声。

 魚人族たちはみな、眼前の者がおおいなる支配者であり、自分たちはこれからあの美しい神の庇護下にはいるのだと、心ですんなり納得してしまった。


(ようやく本当の意味で、支配圏を得ました。民を手に入れた。なんと心地よいのでしょう。これで私も立派な女王といえるでしょう)


 長い沈黙は感動ゆえだった。

 少女、神、否、厄災の軟体動物にとって飛び跳ねたくなるほどの感動だ。

 そうあるべきだと今まで心の中で、本能でわかっていたが、ようやく実現した。

 乾いた心が満たされる。支配の渇望が満たされる。

 大人になりたかった子供が、ようやく成人できた。そんな感動だ。


『魚人族の英雄ハザド、まえへ来なさい』

「ひっ、は、はい!!」


 ハザドは腰を低くしたまま、ズザーッと女神のまえへ。

 女神は手を叩き合わせ、その間に空間の歪みを生じさせ、二振りの槍をとりだした。ぽいっとハザドに賜る。一本は2つのパーツがねじれて組み合わさった黒いねじれた槍、もう一本は燃えるような槍だ。ルアル族の勇者装備、緋色サンゴの槍であった。


 輝きながらゆっくりと落ちてくるそれを、ハザドは砂底すれすれで受け取る。

 ハザドは目を見開く、黒い槍を手にした途端、巨大な力に呑みこまれそうになったのだ。冷たいものが這ってきて、肉体を呑みこむような感覚。


(なんだこの黒い槍、やばすぎる……っ!?)


 緋色サンゴの槍のほうからは温かい物があがってくる。冷たい侵食とぶつかると、力が相殺しあう。恐ろしいちからに呑まれるのを喰いとめてくれているようだ。


(サンゴの槍、数日前より遥かに魔力が増してる?)


 ハザドには自分が最強になったんじゃないかと思えるほどの無敵感があった。

 女神としてはただ「槍使うならうちで量産してるの使う? あとこれ忘れてたから、ムゲンハイールに放り込んでちょっと良い物にしておいたよ」くらいのつもりであげたものだ。

 しかし、ハザドの得た感動は彼女の期待をおおきくおおきく上回っていた。


『下がりなさい』

「は、はい!!」


 ハザドは受け取った槍に期待を感じていた。


(これほどの宝物を賜ってくれるなんて……女神さまは俺に期待されているのかな? 厳格だが良いお方だ。反乱とか起きないように魚人族と、島の方々を平和的につなぐの頑張らないと)


 ハザドはやる気を新たにした。


 それから5日後、厄災の軟体動物は手に入れた魚人諸族のテリトリーの調査をおこなった。ライトブルーと呼ばれる海域はどこからどこまでなのか。ライトブルーのうち魚人族が住んでるのはどこまでなのか。


 厄災の軟体動物にとっては、自分の資産を数えるようなものであり、銀行にたまっている預金の数字を見て、嬉しい気持ちになるのと似ているものだった。厄災の軟体動物は種として支配者になることが運命づけられているのだ。


(ふふ、これで我が主も喜んでくださるはずです)


 もっともそのままでは悪の魔王になるところを、この無垢な乙女はすでに恋をしていた。己が信じる幸せを主に届けたかった。


 誰だって支配者になりたいはず。

 支配する民や土地が増えるのは嬉しいことだよね。

 立派なお城もほしいよね。兵もたくさんほしいはず。

 

 そうやって厄災の軟体動物は本能的に考える。

 ゆえにこのちょうど良いタイミングで領海を得ることにしたのだ。


 5日かけてしっかりと自分の領地を勘定したあとは陸へ目を向けた。

 

「ええ、その、我々がライトブルーと呼んでる地域は、地上の人間族からは『オリーヴァ海』と呼ばれている地域の、陸のすぐ近くにあたる海域でして──」


 ハザドは人間族と交流があったことから、陸に関する情報を女神に伝える役も担った。


「ハザド、問います。我々の軍は陸にいるそのエンダーオ炎竜皇国の軍とぶつかった場合、勝利をおさめることができるでしょうか」

「え」


 ハザドは冷汗をかく。

 勝負論すら発生しない質問に思えたからだ。


「恐らくは、十分な勝率かと、思います。人間族は魚人族と地上でのちからは大きく変わりません。お、俺は魚人族としてはかなり腕がたつんですが、以前、カイリュウ港の冒険者に手合わせを願われた時、その、けっこう勝てたので」


 緊張しながら発現するハザド。自分の発言次第では、馴染みのあるカイリュウ港があの蛸人の軍に破壊されるのでは、と嫌な想像がとまらない。


 女神は考える。


(海。こちらから攻めやすく、人間からは攻められづらい。最初の領地としては悪くないですね。戦争状態になってもそれなりに有利に立ち回れそうです。しかし、荒々しいことはドクターや李娜リー・ナーの言う通り控えましょう。人間には人間のやり方があります。我が主もそれを望むでしょう)


『当初の予定通り、ここを起点にカイリュウ港に上陸、支配圏を拡大し、我が主を捜索することにしましょう』


 異世界に来てから45日目。

 厄災島は十分な安全を確保したと結論をだし、フィンガーズギルドメンバーより、ドクター、李娜、エージェントGの3名をカイリュウ港へと送り込むことになった。案内人としては魚人族よりハザドが抜擢された。


 使節団メンバーは港にシートを広げて、お弁当を食べながら作戦会議をする。

 はてさてどうやってあの19km先にある陸にたどり着こうか、と。


「ドクターなら船作れそう」


 エージェントGはおにぎりをもぐもぐしながらつぶやく。


「いや、エージェントG,造船舐めすぎじゃて。流石にわしの専門外にもほどがあるのう。小舟ですら作れないと思うが」

「でも、ジョン・ドウから拿捕したフリゲートや強襲揚陸艦を動かすわけにもいかないでしょ? あんなので上陸したら威圧感与えちゃうよ」


 李娜は困った顔をする。


「うーん、仕方ないのう、ちょっとやってみるかのう」


 46日目の朝、厄災島の港に古風な帆船が一隻停泊していた。


「なんかできたわ」


 ドクターは怪物エナジーを片手に、晴れやかな笑顔を浮かべていた。一夜にして世界観にあった船をつくりだすことなど彼以外にはできない離れ業だ。

 

「流石はドクターね! それじゃあ出発進行!」


 厄災島の使節団はその昼、無事にカイリュウ港に上陸を果たした。




















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書籍のほうで苦しんでるのと、お金稼げるサイトに浮気してるせいで更新遅れてます。ちょんとホームでも仕事するので許してください。これから頑張ります。


ファンタスティック小説家

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