厄災島は慎重派

『全軍、第二種厳戒態勢に移行。登録されたメンバー以外、この島に近づく存在があればただちに捕縛せよ。ただし殺傷は禁じます。情報の少ない状態で、現地勢力との紛争状態に突入することは避けなくてはいけません』

 

 厄災の軟体動物は厄災島の黒い指先たちに指揮官たちに思念を飛ばす。

 指揮官たちはそれぞれの管轄する部隊、およびエリアの責任者に文明の利器をつかって指示をとばす。上からの命令は順次、下方へ流れていく。


 すべての個体に直接思念を飛ばすことはできるが、厄災島に存在する黒い指先たちの数はいまや30万を超えている。そのすべてに高度な命令を伝えるのは厄災の軟体動物でも消耗してしまう。彼女は緊急事態につき、長期戦の構えを見せたのだ。


 厄災島が異世界転移したかもしれないという仮説は、すぐさまフィンガーズギルドの知的存在たちのなかで会議の議題となった。


 ジオフロント内に建設された地下都市、巨大空間を支える13本の支柱都市のうち、都市の真ん中にある支柱──第一支柱都市で会議は行われる。

 円卓が築かれ、そこにドクター、李娜、エージェントG、厄災の軟体動物(少女フォルム・ホログラム)が座る。奥の一段高くなっている上座は空いている。地下都市の王が不在ゆえだ。


「異世界ということは、未知のウィルスが存在しているかもしれないぞ。そもそもわしらが活動できるだけの十分な酸素があるのかう?」

「さっき外にでた感じは大丈夫そうだったけど」

『そうとは限りません。厄災島はアノマリーコントロールの力で守られています。有害な大気から島を守っている可能性もあるかと思われます』

「それなら防護服をつくったほうがいいんじゃないかのう?」

「その前に大気成分を調査したほうがいいわ。あと水も」

『しかし、ダンジョン財団はその異世界に遠征隊を送り込んだのですよね。ならば我々も活動できると考えられるのでは』

「それはどうかのう、ぎぃさん。わしらは一般人じゃ。祝福者とは違う。やつらはタフじゃから、ちょっとそっとの環境の変化に耐えれる。そもそも、ここが本当に異世界なのか、異世界だったとして、指男がいる異世界なのか、前提を固められないからのう」


 厄災の軟体動物、ドクター、李娜はあらゆる可能性を考え、異世界の調査をはじめた。


「しかし、大気を調べるつってもわしは異次元科学しかやってこなかったしのう」

「生物学あたりはそれなりにやってきたわ。専門じゃないけど、ある程度は判断できると思うわ。たとえばこんな感じの装置をつくってもらえると助かるんだけど」

「うーん、たぶん無理じゃけど、やるだけやってみるかのう。外の様子を調べないことには島を出ることすら叶わんからのう」


 ドクターは悲観的によく知らない大気分析装置の開発に着手した。


 数日後。


「なんか上手くいったんじゃが」

「あれ、私が思ってたのと結構違う。でも、目的は果たせそう。すごい、これどういう原理でできてるの?」

「どういう原理なんじゃろうな」

「なんでその理解度で精密機器をつくれちゃうの……。まぁいっか。こほん、流石は型破りの天才ドクターね!」


 型破りにもほどがあるドクターは原理不明の未知の計器を開発し、厄災島の外の大気、海水、生息している微生物など、それらがおおよそ地球のものとおおきくは違わないことを確認した。


 およそ1か月にわたる入念な調査が完了する。


「どうじゃ、ダンジョン財団とは連絡はとれたかのう」

「全然だめね」


 娜は力なく首を横にふった。

 彼女は通信設備をつかって、ダンジョン財団の遠征隊がもちこんでいるであろう通信部隊との連絡をこころみたが、娜の呼びかけに応答する存在はいなかった。


「おかしいよ、財団が使ってそうな暗号通信にも連絡をいれたのに」

「ダンジョン財団がアルコンダンジョンを攻略するとすれば、それは大部隊のはずじゃ。異世界突入後、攻略拠点を設置して、ほうぼうに探索者たちを展開し、ダンジョンボスの捜索をするっていう流れだと思うんじゃが」

「私もそう思うわ。そのはずなのよ。だけど、ね……もしかしたらこの世界、私たちの推測とはまったくの無関係で、ダンジョン財団なんていないのかも?」


 十分な調査が終わったあと、厄災島は判断をせまられていた。

 

「厄災島より西に19kmに陸地があります。我々はあそこへいかなければいけません」

「そう、じゃな。ぎぃさんのいう通りじゃ」

「それしかないわね」


 円卓の空気は重たい。

 みんな机のうえに散らばった資料を茫然と見つめている。

 ドクターはコーヒーを飲みながら、未知の世界への恐怖を抱く。


(世界が違うってことは祝福の提供者がちがうってことじゃろ? どうしよう、こっちの世界換算でDレベル100越えとかが平気でうろついてたら。デコピンでわし砕け散るじゃろ)


 娜の危惧は陸地に向こうだ。


(地球と環境が似てることはわかったけど、海のなかには訳わかんないモンスターいたし、生態系が異なっているのは確実。よくわかんない蚊とかいたら、よくわかんない病気に感染して、免疫ぶちこわされて殺されたりありえるんじゃないの?)


 厄災の軟体動物は無表情のままだが、のしかかる責任感からか、美しい顔にはすこしだけ疲れの色がうかがえた。彼女は連日のように眠れていないのである。


(我が主が留守の間、この島を守るのが私の使命です。たとえどんなことがあろうとこの場所だけは守り抜かなければいけない。この世界のレベルが不明である以上、一手間違えて、厄災島を簡単に亡ぼせるような存在と紛争状態になってしまった場合、私たちは終わりに向かうことになる)


 外の状況がわからないことが最大の危惧だ。

 下手な手を打つことはできない。


 ただ、外の世界はおおきな興味の対象でもあった。

 厄災の軟体動物は金属の筒を大事そうにかかえる。

 ドクターはホログラム越しに金属の筒をかかえる少女をじーっと見つめる。


「そういえばぎぃさん、最近それを大事にそうにもっているがそいつはなんなんじゃ?」

『これは聖杯探知機マイケルです。厄災島を異常が襲ってから、マイケルがよく夢を見るようになりまして、おそらくこの世界に私の探し物があるのかと』

「この前言っていた聖杯とやらか、ふむ、どちらにせよ、わしらには外の世界へ踏み出す勇気が必要のようじゃな」

『ええ。減退現象も確認できていますし、このまま閉じこもっていてはやがて探索する力を失ってしまうでしょう』


 異世界に来たことによる祝福の減退問題が、厄災島にタイムリミットを与えていた。いつまでも悠長にはしていられない。


『艦隊をもちいて陸地を制圧し、部隊を上陸させるのが一番でしょうか』

「もうすこし段階を踏んでもいいとは思うがのう」

『もうすこし、ですか』


 ドクターは席をたち、円卓のまわりを歩きながら考えをのべる。


「おそらくじゃが、この世界にもわしらとほとんど同じような見た目の人類が存在するはずじゃ」

『それはいかなる論理からくる推測でしょうか、ドクター』

「近年の考古学の見解では、アルコンダンジョンが繋ぐ異世界とは、遥か昔に赤い血のアダムズに敗れた数多の神々の逃走先じゃ。絶滅の戦争。この世のすべての生物が死に絶えるほど苛烈で激しい戦いにアダムズが勝ち、ただひとりで玉座についた。そして、折り重なり繋がっていた世界は分裂し、次元という境界線がそれをわけた。アルコンダンジョンとはいわばトンネルじゃ。本来、交わることのないように敷かれた境界線に、イレギュラーにも2つの世界を行き来できてしまうバイパスが繋がってしまう現象のことなのじゃ。ただ、忘れてはいけないのは、このトンネルの向こう側と、こっち側は、絶滅の戦争以前は同じ世界だったということじゃ」

『異なる神の祝福があふれる世界であれど、そこに住む民はおなじ人類ということですか』

「そういうことじゃ。話せばわかる相手だと思う。じゃから、黒い指先たちでは、異文化交流の使節団として、その、あんまり都合がよくないかもしれないのう。ましてや最初から武力という最終手段をもちだすのは余計な紛争状態を招く可能性があると思うのじゃ」

『ドクターのいう通りかもしれません。力によるネゴシエートはあくまでこちら側が強者である前提でのみ有効です。この世界の一般市民がひとりで厄災島を亡ぼせるほど強い可能性は十分にある以上、うかつなことはしないほうがいいでしょう』

「そうみたいね。……ぎぃさん、黒い指先たちに言葉を話せる個体はいないの?」

『残念ですが、私の種族には人類ほど達者な発声器官は存在しません』


 厄災の軟体動物は喉を手で揉み、口をぱくぱくさせる。


「私は種族のなかでも特殊な個体ですから、こうして肉体を人類に近づけることで言語を話すことができますが、私未満の個体には不可能なことです」


 さまざまな条件・適正を考慮し、選出された調査部隊メンバーはドクター、娜、エージェントGとなった。


「まじかぁ、わしらがいくしかないのかのう……まぁぎぃさんはこの島の心臓だし、全軍を指揮するためにも離れるわけにはいかないから仕方ないんじゃけど……」

「大丈夫よ、ドクター。私たちは非戦闘員だけど、ちいさくて可愛い女の子と、枯れてて無害そうな老人という交渉上のアドバンテージがあるわ」

「それ舐められるだけじゃねえかのう?」

「なにより! 私たちにはエージェントGがついているわ!」


 娜は頬を染め、わくわくした表情で餓鬼道を手でしめす。

 餓鬼道は円卓の一角で沈黙をたもったまま腕を組んでいる。


(なんというクール。厄災島が異世界転移したあとも、一度も焦る表情を見せず、この異常事態にまったく動じていない。おそらく彼女の頭のなかではあらゆる状況を想定したシミュレーションが完了しているんだ。流石はエージェントG!)


 娜の敬服する餓鬼道には、厄災の軟体動物でさえ目を見張っていた。


(餓鬼道。我が主のお目付け役としてダンジョン財団の諜報部より派遣されている人物。有能のふりをした無能なら腐るほどいますが、無能のふりをした有能はあまりいない。どんな人間も彼女のふるまいを見れば、きっと無能だと騙されてしまうでしょう。しかし、この私の目はごまかせません。この厄災島で迷子になりまくっているのは、私の追跡を撒くため。事実、彼女が迷子になると私でさえ見つけることができない。彼女はどんな状況でさえ余裕をもっている。彼女はあまりに有能すぎるゆえ、無能を演じていても、その凄みが溢れ出てしまっているのです。彼女なら信頼できます。こうした緊急事態には、これほど心強い味方はいません)


 厄災の軟体動物は餓鬼道へ大きな信頼をよせていた。

 もっとも、みんなから信頼を寄せられる餓鬼道は葛藤していただけだ。


(ギルドメンバー食堂のディナータイムまであと40分。お腹空いた。どうしよう。おむすび食べちゃおうかな。でも、食堂の今日の献立はカレーだし。カレーがいいな。うん、絶対そっちのほうがいい。もうすこし我慢しないと。いやでも、けっこう空腹が────)


 非情に悩ましい決断をせまられていた。


 そんな時だった。 

 円卓の会議室にサイレンが鳴り響いた。


 ドクターと娜は驚愕の顔になる。

 餓鬼道は無表情のままバッグからおむすびを取りだす。

 厄災の軟体動物はこめかみをおさえ、眷属より思念を受け取った。


『地上部隊より連絡がありました。どうやら外部勢力が攻撃をしかけてきたようです』

「なな、なんじゃとォッ!?」

「こう、げき……!?」


 円卓にこの1か月で最大の緊張感が走った。




























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