厄災島を襲った異常

 ──ドクターの視点


「うぅ」


 サイレンが室内に鳴り響く。

 本能的に危機感をあおられる心臓に悪い音だ。

 

 ドクターは机に手をかけ、たちあがる。

 頭をおさえる。床に頭を打ったが、幸いと血は出ていない。


「いったぁ~まったく、いまの揺れは、なんじゃあ?」

 

 冷汗をかくドクター。地震にしては突発的で威力がすごかった。

 なにせ研究開発棟の建物ごと揺れ、椅子に座っているドクターの身体ごと浮いてしまうほどだったのだから。


「まさかまた襲撃がはじまったわけじゃあるまいな?」


 3週間前のジョン・ドウの大襲撃が蘇る。


「ああ大丈夫じゃ、自分でたてる。ありがとのう」


 ドクターは手をあげて、助けようとしてくる黒い指先たちを静止する。

 スマホをとりだし、連絡するのは李娜リーナーだ。

 

「お、出た、娜か? 無事かのう?」

『すごい揺れだった──顔近ッ、ビデオ通話なってるし!」


 娜はPCで応答したが、その画面に映るのはドクターの鼻息で白く曇った画面だった。


「おう、すまんのう」

『まったく気を付けてね、ドクター。で、そっちは大丈夫そう?』

「うむ、いろいろ散らばってるが、まあ大丈夫じゃろう」


 ドクターはあたりを見渡しながらいう。


「いまの揺れはおぬしのほうでまた何か爆発でもさせたわけじゃないのか」

『いつも爆発させてるみたいな言い方やめてほしい。過去2か月でのジオフロント内での火災24件のうち、24件はドクターの研究室で起きてる事実を受け止めてほしいな』

「指男ならわしの倍は燃やすぞ」

『なにその彼の信頼のなさへの信頼は……』

「とにかく事故じゃないのならよかった。いや、あるいは悪かったのかのう。あと可能性はエージェントGがどこかでやらかしてる可能性があるが」

『過去2か月間でおきた迷子99件のうち99件が彼女だからね。でも、あのエージェントGのこと。なにか考えがあって仲間であるわたしたちの認識すらあざむこうとしてるだけだから、特に心配する必要はないよ』


 娜は自信をもっていう。


「そうかのう。なんちゅうか、あの子には指男と同じような香りがする気がするんじゃが……」

『とにかくぎぃさんに聞いたほうがはやいと思う。彼女は厄災島で起きるすべてを把握してるだろうから』

「でも、あの子、いま睡眠中じゃないかのう」

『いまの衝撃で起きてると思う。サイレン鳴り響いてるし。てか、サイレンまじでうるさいね。これじゃあぎぃさんの思念聞こえないじゃん』

「これじゃ予算の無駄遣いじゃな。指男に怒られてもしらんぞ」


 ドクターと娜は通話をきる。

 研究開発棟をでて、建物の外にやってくるとサイレンの音はいくばくかちいさくなった。ただジオフロント内のいたるところに警報装置がついているので、地下都市には街中に響き渡る空襲警報のように遠くから間延びした音が響いていた。

 

 ドクターは研究開発棟の向かいで営業しているファミレスに足をふみいれ、コーヒーを注文。店員はもちろん黒い指先ブレイクダンサーズだ。


「ぎぃさん、聞こえるかのう」


 虚空に話しかけるドクター。


『……はい。聞こえていますよ、ドクター』


 寝起きっぽい少女の声が脳内に響いた。


「えーっと、とりあえず今なにが起きておるんじゃ?」


 恐ろしく雑な質問だ。しかし、いましがた地下都市を襲った突き上げるような衝撃体験はそれだけで共有可能なものなのだ。


『……。すみません、よくわかりません』

「あれ、Siriみたいになっちゃった……すまん、わしの質問が悪かったのう」

『いえ、そうではなくてですね。今何が起きているのか本当にわからないのです』

「ぎぃさんがわからないのか」


 ドクターは思う。それってつまりもう誰にもわからないってことじゃね、と。


『現在、厄災島地上部に配置している2300体の黒き指先の騎士団を動員して調査にあたらせていますが、地上では特に異変はおきていないようです。さきほどの衝撃以外は』

「外側からの攻撃ではない、と」

『はい。艦隊らしきものも見当たりません。衛星兵器の攻撃が懸念されますが、その形跡もありません』

「じゃよなぁ。アノマリーコントロール化した厄災島はダンジョン財団本部と同じ防御力をもっておるんじゃ。どんな崩壊論者も、どんな要注意団体も、攻撃をしかけるのは難しいというものじゃ」


 アノマリーコントロール化した場所はいわば聖域である。

 海を航行していて偶然たどり着くことはないし、探したとて見つかりもしない。  

 衛星にも映ることはない。だから攻撃のしようがない。


『……待ってください』

「どうしたんじゃ?」

『これは……いや、そんなことは……』


 ぎぃさんの眠たそうな声が、ちょっとずつ緊張感を帯びてきた。

 ドクターは脳内に注ぎ込まれる少女の声に耳を澄ませる。

 目の前に温かいコーヒーが置かれる。ブレイクダンサーズの店員にお礼をいい、コーヒーカップ片手に店をでる。


『ドクター、動画サイト閲覧できますか』

「え? 動画? できるんじゃないかのう」


 厄災島には通信基地が備わっている。ジョン・ドウらの襲撃から3週間が経過したいま、あの襲撃によって破壊された設備はすでに復旧が完了していた。


 ドクターはスマホで議員系Vtuberのアーカイブを再生しようとする。

 だが、お住まいの地域ではこの動画は視聴できませんと表示されてしまう。

 それどころかすべての動画が視聴できず、サムネも表示されない。


「これは……EMP攻撃? 電子機器がダウンしたのか? いや、違うのう。地下都市内の設備は動いておる。スマホも使えるし、動画アプリも起動自体はしておる。これはどういうことになるんじゃ」

『地上からの報告では、星の位置がおかしいとのことです』

「星?」

『はい。どうやら厄災島そのものの座標が変わっているようなのです』

「そんなことある……!?」

『普通ならばないでしょう。私たちはいま異常現象に直面していると考える必要がありそうです。私はオド・アクラスより厄災島全体の黒き指先の騎士団を動かします。ドクター、娜ととも地上部を確認していただけますか。黒き指先の騎士団では得られない情報があるかもしれません。護衛をもっていくことを忘れずに』

「わかった、任せておくれ」


 ドクターは娜と合流し、地上部へのエレベーターに乗りこんだ。


「あれ、なんか寒くね」

「厄災島は赤道に近い座標にあるはずなのに……本当に移動しているのかも」


 ふたりは港にやってきた。

 ジョン・ドウから拿捕した艦を停泊させ、整備している場所だ。

 巨大なフリゲート艦が停泊している横の岸壁、海の向こうを眺めてたたずむ少女を見つける。片手でジャケットを抱えて、片手で巨大なノルウェージャンフォレストキャットを撫でている。


 黒いスーツのフォーマルな格好を好む彼女は、南国の暑さに浮かれているのか白いシャツを袖まくりして着こなしていた。彼女のまわりにはたくさんの動物が集まっていた。犬に鳥に牛にひつじ。巨大なノルウェージャンフォレストキャットのノルンとコロンと、ちいさな子猫6匹も集まっており、さらに岸壁のした水面を見やれば、スマートシャチのミス・ブラックも寄せて引く波から顔をだして、彼女を見上げている。


「なんかすごい光景……」

「いいハンターは動物に好かれるのじゃ。この異常事態にみんな安全な場所を求めて、あの子の近くという安心を手に入れたのじゃろう」


 少女のそばにドクターと娜が近寄る。


「エージェントG、あなたなら何が起こったかわかる?」

「陸が見える」

「え?」


 ドクターも娜も驚いて、餓鬼道の見つめる方向を見やる。

 ふたりには特に何も見えなかった。

 

「指男はそろそろ南極についたかな」

「あぁ、そういえばそうじゃのう」

「向こうが大変みたい」

「船が襲撃されたらしいのう。なんとあの『顔のない男ノーフェイス』だそうじゃ」

「待って、ドクター、違うよ」

「どうしたんじゃ、娜」


 娜は冷汗を浮かべ、真犯人に気が付いた名探偵のように目を見開く。

 それを不思議そうな目で見つめるのはドクターと餓鬼道。


「そっか、エージェントG、そういうこと……アノマリーコントロールとその総帥は強力な因果関係をもっているという。指男がむかった先は南極で封印された魔導のアルコンダンジョン。その先には異世界がひろがっていると言われてる。アノマリーコントールは飛び越えたんだよ、総帥である指男が別の次元に移動したことでついていったんだ、島ごと! つまり私たちは厄災島が転移したのに巻き込まれて魔導の異世界にきちゃったんだよ!」

「なるほど。納得じゃ。しかし、よくそこまで飛躍できたのう」


(うんん。すべてはエージェントGが気づいていた。いきなり指男のことを話題にだしたのは、私とドクターに現在の異常事態と指男の所在地が深く関連していることを示唆するため。流石はエージェントG。もう答えにたどりついてたなんて!)


 娜はスーパーエリートエージェントの恐るべき洞察力に敬服する。


(へえ、そういうことだったの。ここ異世界なんだ)

 

 当の餓鬼道は娜の心中など知るよしもない。














 



















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こんにちは

ファンタスティック小説家です

あるいはムサシノ・F・エナガです


2023/8/19『俺だけデイリーミッションがあるダンジョン生活 2』が発売しました! 

ちょっと間が空いてしまいましたが、無事に続刊することができました!


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1巻と同様に大幅加筆修正しておおくりします!


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