とんでもない奴らだと再認識するイグニス
イグニスとともに俺たちはヴェヌイで一番おおきな建物の足元までやってきた。
青空のしたに精微な建築様式をもつ台形のそれがどっしりと構えている。
入り口は巨人でも出入りできそうなほどおおきな門で、そのまえは広々とした広場になっており、人々の往来が絶えない。聖職者の姿がおおいのは気のせいじゃない。
「うわあ、でっかいお城です!」
「にゃあ!」
ベルモットの城よりおおきく見える。
さぞ巨大な権力をもつ者がいるのだろう。
「天まで届きそうな勢いです!」
無邪気なセイの反応がうれしいのか、イグニスは薄く笑み、「この荘厳な建物が火教の大聖堂です。オリーヴァ・ノトスと呼ばれています」と誇らしげに言った。
「火教の大聖堂……村にいたころはその偉大さをたびたび領主様にお話で聞いてました。まさかこの目にする日がくるとは!」
「今日は中にも入れると思いますよ」
「本当ですか! やったあ!」
「ちょっといいですか」
俺は話の腰をおった。
あることを思い出したからだ。
「セイラムの火が禁忌だとか言ってましたけど、見つかったらまずいんじゃ」
「実をいうと、私もよくわかってないんです。あんまり座学は好きではありませんでしたから」
蒼い火。イグニスがラビに拉致されて、幽閉され、屋敷で働くようになってから、彼女はセイラムのもつ蒼い火に興味を示していた。
「災い、でしたっけ。火教で禁忌とされてるとか言ってましよね」
「そのとおりです。彼女は禁忌の蒼い火をどういうわけか使えるようです。でも、蒼い火がなぜ恐れられているのか、私でもわからないのです。珍しい火ですし、特殊な力を秘めているようですが……ですが、禁忌に指定されているとすれば、聖火司教たちはそのわけを知っているでしょう。なので大聖堂には近づかないほうがいいかもしれないですね」
「聖火司教?」
「大聖堂と重要な都市をおさめている火教の司教です。うちのひとりがここにます」
イグニスは大聖堂を見上げる。
司教といえば、教団のなかでもトップにあたる人物なのではないだろうか。
何人かいるような口ぶりだが、やはり、相当な権力者がいますね、これ。
しかし、イグニスのやつ、蒼い火についてなにも知らない雰囲気だな。
セイの危険性というか、抱えてる問題とかもあんまり把握できてないように思える。これは情報共有しといたほうがよさげだな。
「セイ、村でのことを話してもいいですか」
「師匠にお任せします。イグニスさんはいい人みたいですし」
セイはわりとイグニスに懐いているな。
これまでセイの秘密は不必要に広めなかったが、イグニスには事件のことを共有しておいてもいいかもしれない。
「イグニス、ちょっといいですか」
「はい、なんです」
「蒼い火の禁忌については部外者である俺はまったく理解がないんですが、セイが誰かにとって価値があるのは間違いないみたいです。実は教導師団とかいう悪い大人の集団に狙われたことがありましてね。その時はよってたかってセイのことを欲しがってまして──」
「ちょ、ちょっと待ってください。教導師団? マーロリの最高司祭直轄の秘密組織のことですか?」
イグニスは驚愕を顔をあらわす。
「らしいですね」
パール村でバチカルロ殿もおなじようなことを言っていた気がする。
マーロリ原典魔導神国の魔導司祭なるものが指揮する組織、とな。
「震える瞳の教導師団とか名乗ってましたよ。あとほかのタイミングで別の教導師団にも絡まれましたね。あいつらもセイのことで目の色を変えていたんで、同様に彼女を欲しがってたんだと思います」
ヴォールゲートでの旅、レヴィを助けた霧の漁村でも教導師団とぶつかった。
「そんな、まさか……教導師団を動かして、他国の土地にはいりこんでまで求めるものがセイラム様にあるというのですか」
「そうなんじゃないですか。俺も詳しくはわかってないんですけどね」
「一体どれほどの……それほどに蒼い火には意味があるということなのでしょうね」
イグニスは険しい顔をして、セイと視線を交差させる。セイは居心地が悪そうにたじたじし、「あ、あはは」と気恥ずかしそうにしていた。
「指男、あんまり重要な情報は話さないほうがいいんじゃないのか」
「大丈夫ですよ、たぶん。それに伝えておいたほうが判断の助けになります。で、イグニス、どうしますか」
「セイラム様は正直、どこの勢力からしても注意を惹きすぎてしまう感じがありますね……マーロリが求めているのに加え、火教でも禁忌とされている。おそらくですが、水面下ではエンダーオ側もセイラム様のことで手を打っている可能性はあります」
「セイの捜索が行われてるとか?」
「はい。可能性はあります」
「イグニスはなにも知らないと?」
「私は良くも悪くも、教団からの指示を受けてませんでしたので。私は特別に才能があったのですが、扱い憎い小娘と思われていたのでしょう」
まあ、招集命令を無視して、ふらふら自分強化のために精霊狩りしてるくらいだから、素行に問題はあったのだろうな。
「ところで、その教導師団はどうしたのですか。彼らほどの聖職者ならば殉教しようとも、役目を果たす覚悟をもっていると思いますが」
「ええ。なのでだいたい死にましたね」
俺は指をパチンと鳴らしてみせた。
イグニスは顔をひきつらせる。
「まさか、フィンガーマン様ひとりで……? 教導師団を、2つも?」
「レヴィが戦ってたみたいですし、何人か見逃してます。だから厳密には1.5くらいですが」
「そんな……さすがはフィンガーマン様、ラビお母さんの上位者とは聞いてましたが、まさかそれほど苛烈な敵すらしのいでいたなんて。教導師団は考えうる限り、マーロリの最大武力なのですから」
あれでMAX? マーロリは意外と大したことないのかもしれない。
「あの、イグニスさん」
「はい、なんですか、セイラム様」
セイのほうから話だした。
「実は私、竜皇の娘らしいんですけど」
あっ。言った。そこまで言うのか。
「え?」
イグニスはキョトンっとする。目をぱちぱちさせ「すみません、どういう意味ですか?」と聞き返した。
「いえ、だからその、どうやら竜皇の娘らしいんです。ちいさい時に存在をなかったことにするために、辺境の地に送られたらしくてですね」
「……それは、また、えぇ……ちょっと」
イグニスは頭痛をおさえるようにおでこに手を添え、難しい顔をする。キャパオーバーしたらしい。無理もないか。話によれば竜皇はこの国、エンダーオ炎竜皇国の最高統治者にして、火教の最高司祭にあたるらしい。イグニスが幹部役員クラスだとすれば、竜皇は社長あたりの存在にあたる。
となると、セイは社長の娘みたいな感じになるはずだ。
「正直、いまこんなタイミングでいろいろ言われて困ってるんですが。とりあえず、セイラム様はウサギの動く城から出さないほうがいい気がします。絶対にトラブルに巻き込まれますし、なにより高貴な身分ですし……」
「それは嫌です! 師匠といっしょじゃなきゃ嫌です!」
「こう言って聞かないんですよ」
だからいつも連れてる。実際それが一番安全だったりする。
「あぁまさか、そんな、竜皇様にご息女が……いやでも、セイラム様、角とか尻尾は生えていないですよね?」
「竜皇とやらには生えてるんですか?」
「はい。ドラゴンですので」
すごい説得力だ。
「話を聞いてる限り、あんまり大聖堂には近づかないほうがよさそうですね。セイ、俺といっしょに外で待ってましょ。聞き込みでもしながら、おいしいごはんを探すんです」
「領主さまの言っていた大聖堂、一生に一度くらいは入ってみたかったですけど……」
「大丈夫ですよ、生きてればチャンスなんていくらでもありますから」
「それもそうですね。流石は師匠、英雄的楽観! わかりました! 師匠といっしょにいれるのなら、どこへでも! 聞き込みはお任せあれ!」
ここからは手分けすることにした。
イグニスとブラッドリーは招集されたという戦線に関する情報をもとめて大聖堂へ、俺とセイは、フワリとシマエナガさんを連れて、ヴェヌイの美しい街中を観光でもしながら、アルコンダンジョンに突入した南極遠征隊の残留メンバーがいないか、強者の情報を探ることにした。
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