水の都市ヴェヌイ、到着
ウサギの動く城がミズカドレカを離れて数日後。
揺れ動く青芝の庭のむこう、青空と緑の大地は地平線に寸断されている。
泳ぐ雲と、蒼穹の彼方、深い森のなかを進む。
山が目の前にせまってきた。ウサギの動く城はとまらない。
緩やかな山の傾斜を上って、その頂点にたどりつけば、雲と同じ高さからずっと向こうにある都市とさらにその奥、青空よりも深い青がかすかに見えた。
「前方に都市を確認しました、ご主人様」
ラビはうやうやしく頭をさげる。
俺は「あそこがヴェヌイですか?」とイグニスにたずねると「間違いありません」と肯定の返事がかえってきた。
「ヴェヌイは南東の地では最大の都市です。海に隣接している港街から内地へつづく要所にあります。火教の伝統的な大聖堂もあって、私が応援要請を受けて向かう予定だったのもあそこです」
「ふむ。では、接近しましょう。あぁでも近づきすぎないでくださいね、ラビさん。ウサギの動く城のまま近づくのは余計な混乱を生むでしょうから。この移動要塞は山のふもとにでもかくしておきましょう」
「しかし、ご主人様、それではいざとなった時すぐに火力支援を行えません! ラビは反対です、このまま乗り込みましょう!」
「別に戦争しにいくわけじゃないですから。穏便に済むならどんなものごとだってそうするべきでしょう」
屋敷のなかに入り、食卓の長机にみんな集合する。
着席しているのはセイにフワリにブラッドリーに、シマエナガさんとレヴィだ。
ラビとイグニスはそれぞれにお茶と焼き菓子を給仕してくれている。
「とりあえずは現地に乗りこんで情報を収集する方向で。イグニスは本当にいけるんですか?」
俺はラビとイグニスを交互に見やりたずねる。
イグニス・ファトゥス。
数日前にガチサイコに捕まり、ウサギの動く城に永久就職&永久投獄がきまったあまりにも哀れな女。
ラビいわく「彼女はわたしと同じで屋敷に縛られています」とのことだったが、どうやらあの文言は嘘だったらしいと、ミズカドレカを出てから判明した。
厳密にはイグニスは完全に屋敷精霊化しているわけではないらしい。その証拠に彼女はラビとは違い、生まれ変わるまえの火の精霊との契約がまだ生きている。ゆえに火炎をあつかえる。
「正しくは半分屋敷精霊、といったところでしょう。私が精霊と一体化していたおかげで完全に転化することはまぬがれてまして……なので母である私が許可をだせばしばらくの間、屋敷の外で活動することは可能です……」
ラビはジト目になりながら、すごく不服そうに事実をのべる。
イグニスは申し訳なさそうに肩身をせまくしている。
「ラビさん、必要なことなんです。イグニスが一緒にいればいろんな物事がスムーズに運びます。わかりますよね?」
「ご主人様がそういうのならラビは構いません。ええ、私はこの屋敷に縛られているというのに、娘は自由にお出かけできるということに不満も持っていませんとも」
700万%不満を抱いている顔だ。
「しばらくしたら戻ります。それまでこの場所を守っててください」
「わかりました……レヴィ様もいることですし、ラビはさみしくなんかありません。必ず帰ってきてくださいね、ご主人様」
ウサギの動く城は都市よりほどほど離れた地点で一時停止した。
久しぶりに敷地の門をくぐって外にでる。
門の外は深い森林になっていた。
都市の方角は確認してあるので、ここからは徒歩で向かう。
ふりかえれば屋敷を背負う巨大なウサギの姿があった。
真っ白で赤い瞳、おおきなお耳と後ろ脚を誇る、バカでかジャンボウサギだ。
俺がラビに「グロテスクな見た目なんとかなりません?」と苦情をいれたところ、ラビットマジックでまともな見た目にかえてくれた。だいぶ可愛いので、これなら背中に屋敷を背負っている巨大ウサギというだけで、恐いところはないと思う。
フワリの背中にみんなで乗りこむ。
先頭には、フワリをすっかり乗りこなす猫使いとなったセイラム、その後ろにウサミミの刑から一時的に解放されたイグニス、恐る恐る彼女の腰に手をそえる俺、最後尾にブラッドリーと続く。
レヴィについてだが彼女はウサギの動く城においてきた。
理由は語るまでもなく儚いためだ。
現状、あの城はかなり安全だし、水源が常設されている。
レヴィは池にいる限りは儚死することはない。
あの子のことを考えれば無暗に連れまわさないほうがいい。
「指男よ、その女は裏切らないのか?」
猫タクシーで都市に向かってる間、ブラッドリーは大きい声で俺にたずねた。
わざわざイグニスに聞こえるように言ってるような気がした。
「そいつは火教の代行者なのだろう。あのウサギメイドに無理やり屋敷に縛り付けられていたからこれまで従順にしていただけにすぎないと言っていたが」
「たぶん大丈夫ですよ。俺の不利益になるようなことをすれば最大の報復をすると約束してますから」
イグニスはちらっと肩越しにこちらへ視線をやってくる。
「私は裏切りませんよ。すでにフィンガーマン様に忠誠を誓ってますから」
「裏切る人間はまず相手を信用させるものだ」
ブラッドリーは冷たい声で刺す。
「もちろん、たった数日の関係です。信頼できないのも無理はないです。でも、よく考えてください。私は半分は屋敷精霊になってしまってます。ラビお母さんの言う通り、私が屋敷の外に出られるのは一時的なもの。活動限界を迎えれば屋敷にもどらなければなりません。結局あそこが私の家であることは変わりないんです。この束縛から解放されるには、ラビお母さんを倒す必要がありますが……現実的ではないですから」
「結果として敵対できないというわけか。利害だけの関係は信頼できるが、危うくもあるな。俺はお前を疑っている。それを忘れるな」
おお、ブラッドリー、警戒心強いですね。俺とは大違いだ。俺なんか数日一緒に暮らしてるせいか、ちょっとイグニスと仲良くなってる気さえしてたのに。いや、本当によく世話してくれるんだよ。ごはんとか、掃除とか、洗濯物とかさ。まじでありがたいよ?
「当然、指男もお前を信用してるわけじゃない」
「いや、実は俺はけっこう──」
「俺をしてこいつほど警戒心の強い人間を見たことがないくらいだ。だから、イグニス・ファトゥス、妙なことはするんじゃないぞ」
「……わかっていますとも。でも、ひとつ信じてほしいことがありまして、実はメイドとして奉仕するのは意外と嫌いじゃないことに気づいたんです。上位者に仕えること……ウサギの動く城の一員であることは、実は誇らしいことなのでは、と思うように──」
「あっ、壁が見えてきましたよ!」
セイが前方を指さして声をあげた。
後ろでごちゃごちゃ言い合っていた俺たち3人は一斉に前へ視線をやる。
白く立派な城壁は横に伸びて、その向こうにある背の高い建物群をおおっている。
城壁には等間隔で印が彫られており、荘厳な雰囲気をまとっていた。
城門にたどりつきゲートハウスに入る。
剣をもった兵士たちがギョッとした視線を向けてきた。
「なんだあのバカデカい毛玉は……」
「とんでもない毛量だ」
「あれは、猫、なのか?」
みんなフワリにビビっているらしい。
「こほん、失礼、それは怪物、だろうか?」
ゲートハウスで一番偉そうな兵士が警戒心を最大にしてたずねてくる。
「分類的にはそうなりますね」
「まさか怪物を飼いならして騎乗するとは……いったいあんたらは……」
見るからに同様しているゲートハウスの兵士たち。
フワリは威厳あるので近くを歩かせておくだけで、怪物使いとしての名声が得られるため連れてきたのだが……これは想像以上に恐がられている、か?
思えばミズカドレカで俺がフワリを連れ歩いていたのは、俺の存在がすでに浸透したあとだったか。
まずい。ちょっとミスったかもな。いきなりフワリを見せびらかすのは刺激が強すぎたのかもしれない。
「師匠、セイにはわかります。これはトラブルの予感です」
「セイちゃん、言われなくても師匠にもちゃんとわかってますよ」
やれやれ、面倒ごとは避けたかったが。
「私に任せてください」
緊張感が高まるなか、イグニスはひょいっとフワリをおりる。
白いマントからちょこっと手を出して、何かを兵士の長にみせる。
すると兵士の長は顔色をかえて、今度はえらくかしこまった様子で「ようこそ、ヴェヌカへ!」といって、最敬礼をした。
それに続いてほかの兵士たちも最敬礼して道を開けてくれた。
ゲートハウスをあとにし、街の中に侵入することができた。
俺とブラッドリーとイグニスはフワリをおりて、周囲を観察しながら歩くことにした。
左右に白い綺麗な建物が立ち並ぶ通りには、露店がぎっしりと出ていた、人々の往来は絶えず、活気のいい声がとびかっている。
「イグニスさん、さっきはすごかったですね。あれは一体なんなのですか?」
セイの問いにイグニスは懐からペンダントを取りだす。
「これは火教の最高位聖職者の証です。特に高名な聖職者だけがもっているものなので、火教の威光が届く場所でならたいていの融通は効きます。これ一個あればエンダーオを西から東へ、1クリスタも使わずに旅できますよ」
「わあ、イグニスさんってすごい人だったんですね。感動しました」
「そうなんですよ。私はすごい人間だったんです。……ちょっと前までは、ええ、本当に」
イグニスはこちらを見ながら、徐々に自信を失っていき、言葉尻をすぼめていった。
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こんにちは
ムサシノ・F・エナガです
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スターシステムが好きなので、あの人っぽい受付嬢も地味に存在していたりします。探してみてくださいね!
あとまだ星★★★をいれてない人は、お祝いだと思ってこの機会に作品を★★★をつけて作品を評価してくださるとうれしいです!
よろしくお願いいたします!
ムサシノ・F・エナガ
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